テラーノベル
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翌日。僕はひりひりと痛むほほとあとのついた足首を保冷材で冷やしてもらいながら、さかえ義兄さんに無言の笑顔を向けられていた。
義兄によると、僕はリビングで話をしている間に突然意識を失うようにソファに座り込み、そのまま自分のほほを殴り始めたのだという。
慌てて止めようとしたが、それでも僕の手は止まらない。そのうちほほを殴る手が手のひらからこぶしに変わり、ほほも赤くはれるどころかうっ血し始めたのを見て、慌てて正面から抑え込んで耳元で叫んだそうだ。その声で目覚めた後、僕はいろいろと胸の内にしまい込んでいたこれまでの体験を洗いざらい吐かされた。
ジオラマを購入してから毎日、磯の臭いに悩まされていたこと。
同時に、浜辺に「何かが流れつく」夢を毎日見ていたこと。
磯の臭いは部屋中に充満し、さらには僕の後をついてくるように、リビングなどでも臭い始めていたこと。
ジオラマの海の中に浮いている異物が、浜に向かって移動しているように見えたこと。
そして今日――夢の中で浜に打ちあがった「何か」が僕の足をつかみ、海のほうへ引きずり込もうとしたこと。
すべてを白状させられたあと、なぜか僕は、朝からさかえ義兄さんの作った卵とじのかつ丼を食べさせられた。そして義兄はどんぶりを手にした僕にニコニコ顔でこう言った。
「さすがにその量の隠し事、お兄ちゃん悲しくなっちゃうよ」
「義兄さんに対してでなくても伏せていたと思いますが、それについては謝罪します」
それはそれとして、とかつ丼を食べ終えた僕の腕からどんぶりを奪い取り、自分のと合わせてシンクに運びながら、義兄は難しい顔をしてため息をつく。
「このジオラマ自体、ちゃんとした技法とか、作法にのっとって作られたものではないんだろうね。だからいろいろなものが混ざりこんだ、混とんとしたものになってしまったんじゃないのかな」
「混ざりこんだ、ですか?」
うん、とうなずく声。その後深い深いため息と同時にさかえ義兄さんが言葉を継いだ。
「まず、『えびすさま』ね。漂着物を神と崇める習俗のご神体としての『死体』。そして多分、水の中に引きずり込もうとしたのは、水死体って意味で言えば、大陸の『溺死鬼』とかかな」
溺死鬼。確か中国語で「鬼」って言葉には「人でなし」という罵声の意味ともう一つ「怨霊」という意味があったはずだ。今回の「鬼」は後者だろう。
「中国では『溺死』っていうのは、特に怨霊化しやすい死因の一つと言われているんだよ。死の直前苦しみぬいた分、同じ苦しみを他者にも味わわせなければ、未練が強すぎてあの世へ旅立てないほどにね」
「……なるほど」
僕は、さかえ義兄さんの言葉に飲まれてうなずくしかなかった。――その時だ。
ぴんぽん、とインターホンが鳴った。
コメント
1件
だいぶ核心に迫ってきましたね……! 無意識に自分を殴り始めたシーン、本当に背筋が冷えました。「えびすさま」と「溺死鬼」という二つの異界の存在が一つに混ざっているという義兄さんの分析、すごく納得できるのにゾッとします。最後のインターホン、何の知らせなんでしょう。続きが気になって仕方ないです……!