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その日。
最初に気づいたのは、悠真だった。
「……蒼」
まだ眠そうな声。
蒼は毛布に顔を埋めたまま返事する。
「んー……」
「なんか、明るい」
その一言で、蒼は目を開けた。
部屋の中が、ぼんやり白い。
いつもの街灯の色じゃない。
もっと柔らかくて、薄い光。
蒼はゆっくり起き上がる。
カーテンの隙間から、光が差していた。
二人とも、しばらく動けなかった。
「……嘘だろ」
悠真が立ち上がる。
カーテンを開ける。
その瞬間。
朝日が部屋いっぱいに流れ込んだ。
空が青かった。
ちゃんと。
雲があって。
太陽があって。
遠くのビルがオレンジ色に照らされている。
世界が、朝になっていた。
「……は」
悠真は言葉を失う。
蒼も窓の前で固まっていた。
何ヶ月ぶりなのか、もうわからない。
でも確かに。
朝だった。
鳥の声まで聞こえる。
風が揺れる音。
世界が、“動いている”。
悠真は思わず笑った。
「やば……」
声が少し震えている。
「朝だ」
蒼は窓を開ける。
冷たい空気が入ってくる。
でもその空気は、ずっと夜だった頃とは違った。
朝の匂いがした。
懐かしくて。
少し泣きそうになる匂い。
二人は急いで外へ飛び出した。
エレベーターなんて待てない。
階段を駆け下りる。
マンションの外。
雪が朝日に照らされて光っている。
眩しかった。
ずっと暗闇に慣れていた目には、少し痛いくらい。
悠真は空を見上げる。
「青……」
その言葉しか出なかった。
蒼も黙ったまま空を見る。
朝焼けが街を染めている。
誰もいない道路。
静かなビル。
でも景色は確かに、生き返ったみたいだった。
「撮るぞ!」
悠真が突然言う。
「絶対撮る!」
蒼は少し笑う。
「はいはい」
カメラを回す。
震える手で。
悠真がレンズへ向かって言う。
「……朝です」
声が、少し掠れていた。
「やっと、朝が来ました」
カメラが空を映す。
青空。
朝日。
光る雪。
その全部が、信じられないくらい綺麗だった。
蒼が後ろで小さく呟く。
「ほんとに来るんだな」
悠真は振り返る。
その顔は、少しだけ泣きそうだった。
「来たな」
動画を投稿すると、コメント欄はすぐ埋まった。
『うわあああ』
『朝来た!!!』
『鳥肌立った』
『なんか泣きそう』
『空綺麗すぎる』
『ずっと見てきたから感動やばい』
『よかった……』
画面の向こうの人たちも、一緒に喜んでいた。
そのことが、なんだか不思議だった。
遠い世界なのに。
触れられないのに。
ちゃんと繋がっている感じがした。
昼。
本当に昼だった。
太陽が高く昇る。
雪が少しずつ溶けていく。
二人は川沿いへ歩いた。
前に、蒼が一人で座っていた場所。
あの夜は真っ暗だった。
でも今は違う。
水面が光を反射して、きらきら揺れている。
「明るいだけで、全然違うな」
悠真が言う。
「うん」
「なんか……世界戻った感じする」
蒼は少し考える。
それから静かに答えた。
「でもまだ、俺らしかいない」
悠真は黙る。
風が吹く。
川の音が聞こえる。
確かに朝は戻った。
でも。
世界が元通りになったわけじゃない。
それでも。
希望みたいなものは、少しだけ戻ってきていた。
帰り道。
悠真は突然立ち止まった。
「なあ」
「ん?」
「次の動画タイトル決めた」
蒼は笑う。
「早いな」
悠真は青空を見上げた。
「“朝を忘れかけていた世界で”」
蒼は少し黙ってから、
「……いいじゃん」
と答えた。
空はどこまでも青かった。
二人はその光の中を、ゆっくり歩いていった。