「…あ、もしもしお父さん?」
私は電話越しにお父さんと話していた。
「お父さん、私一人暮らしだったじゃん?でも、何日か前から小さい女の子と暮らすことになったんだけど…」
私がそういうと、お父さんは電話越しでも分かるような驚いた声で言ってきた。
「え?お前金足りるのか?」
そう焦って言うお父さんに私は言った。
「そのことで電話したんだよ。私の隣、空き部屋でしょ?その空き部屋と今の部屋、両方の電気代とかって払える?」
そう聞くと、お父さんはなぜ?と質問をしてきた。
そりゃそうだ。急に娘から連絡がきたと思えば今の部屋ともうひとつの空き部屋が欲しいと言われるのだ。私だってお父さんの立場だったら疑問に思う。
「実はね、私、女の子に新鮮な料理を振る舞いたいんだよ、自分の作った料理で。でね、女の子、魚が好きらしいから、自分が買ったり釣った魚を空き部屋の方で調理したいんだ。
もし、今の部屋で調理中、女の子が覗いてグロテスクな魚の中身なんて見たら嫌な思いしちゃうだろうなーって…」
勿論、この理由も嘘に決まっている。だけど、奇縁ちゃんからのお願いには、嘘でも理由をつけなければならない。それに、魚などの血に人の血を混ぜれば、気づかれないだろう。
奇縁ちゃんのお願いを聞いたのは、お父さんに電話する前の日の夜だった。
「お姉さんの隣の空き部屋って、使える?」
奇縁ちゃんは相変わらず表情ひとつ変えずに、淡々と言っている。
「まあ、お父さんがお金を払ってくれれば使えると思う…」
私が曖昧な返事を返すと奇縁ちゃんはそれでもいいのか、笑いを浮かべた。勿論、目は笑っていない。
「ごめんね、お姉さん。こんな大きなお願いしちゃって。それで私がまたお願い聞くのも公平じゃないと思うし、お姉さんの夢聞かせてくれる?」
私はずらずらと言葉を並べる奇縁ちゃんを前に言った。
「有名な漫画家になることだけど…他だったら……。…みんなに認められたら寿命で死にたいとかかな」
私が苦笑気味に言うと奇縁ちゃんは不思議そうな顔をした。
「そしたらお姉さん、他の人と同じになるよ?別に特別になることが夢じゃないんだ?」
私はこれ以上何か言うと変なことを言ってしまい、奇縁ちゃんに追い詰められると思ったため、スルーしてお父さんに電話を繋げた。
経緯はこんなものだが、お父さんの返答次第で計画が狂う場合もある。
私は誤魔化せたかと内心不安に思っていると、お父さんは電話越しに口を開いた。
「…まあいいだろう。その代わり、その二人の女の子に会わせて貰うからな」
お父さんは半分おふざけでそんなことを笑いながら話している。きっと電話の向こうでは笑った顔をしているんだろう。
「…わかった。じゃあ、隣の部屋と今の部屋のお金、よろしく頼むね」
私はそう言って電話を切った。
「…あ、人数言ってなかった……」
私が電話を切ると奇縁ちゃんは多少イラつきを含んだ顔で言った。
「…私、会うって言ってないけど」
「まあ、隣の部屋使うには必要なことだからね」
私が仕方がない、という風に微笑を浮かべると、奇縁ちゃんは溜め息をこぼした。
「絶対に隣の部屋も使うから。私と美輝ちゃんのこと、漫画の材料にしてもいいから、失敗しないでね」
そう言い終わるかと思っていたら、「ああ、あと」と付け足した。
「美輝ちゃんは絶対に会わせたら駄目だからね」
多少の怒りと冷静さの間にいるような雰囲気でそう言い、私を睨んで、奇縁ちゃんは美輝ちゃんのことを起こしに部屋へ行った。
「せーいやっ」
遥輝先輩が俺の名前を呼びながら家の前に来る。
俺たちは警官に憧れて勉強を一緒にしている。警官に憧れている、と言ってもほぼ警官と同じようなものだった。
今日、とある家に来たのも、普通に仕事として警官をやっている人に頼まれ、調査を、とのことだった。
「本当に入っていいんですかね…?」
俺が遥輝先輩に不安ながら聞くと遥輝先輩は軽々と言った。
「まあ…いいだろ。俺ら頼まれてここまで来てるんだし。鍵だって預かってるしな」
そう言うと遥輝先輩は、預かった鍵でその家の扉を開け、入っていってしまった。
「ちょ、流石に靴は脱げよ…」
学生時代の遥輝先輩に対する言葉遣いが慌てて出てきてしまったが、遥輝先輩には聞こえていなかったらしい。
俺が家に入り靴を脱ごうとしていると、遥輝先輩が短く、うおっ、と大きな声で言ったのが聞こえた。
「おい!青也!!やばいぞこの家!」
「まあ…確かにハエは多いですね…」
焦る先輩を他所に俺が淡々と言うと、先輩は、そこじゃねえ!と大声で言ってきた。
「リビングやべぇんだよ!」
先輩が焦っている光景が珍しすぎて、俺まで靴のまま、ずかずかとリビングに踏み入っていた。
すると、ゴミ袋が山積みになり、机の上にはいつのかも分からないカップラーメンとサンドイッチの食べかけが置いてあった。問題はそこではない。
壁や床、机には所々に血がついており、机の横には、左から、男の死体、女の死体が雑に並んでいる。男の死体も女の死体も、どちらも腹部と喉に血がべっとりとつき、固まっている。
「…DVしてたんかな」
遥輝先輩がぼそっと呟いているのが聞こえ、俺は先輩を睨んで言った。
「…先輩本当に殴りますよ」
「お前が俺に勝てるわけねぇだろカス」
俺が睨んで言うと、先輩はもっと睨んで怒って言い返してきた。
「…とりあえず、机の上に置いてある紙とか確認しましょ」
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