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第二話 一難去ってエベレスト
─────前の《300枚の報告書事件》の翌日。
私はあのあと死ぬ気で1日で300枚を再度書き上げ、なんとか無事受け取ってもらえた。
受け取ってもらった後、私は廊下でそのまま爆睡していた。倒れたのかどうかは知らない。
気づいた頃には幹部第三席の朱鷺に蹴り飛ばされていた。
「いたいです」
半分寝ながら呟く。
「どけ。邪魔だ」
再度思い切り蹴られる。革靴は硬いし尖っているし、ピンポイントで胃に当たってそろそろ吐きそうなのでやめてほしい。
「なんって口と足癖の悪い………──────」
思わず思ったことが口に出てしまったが、気にせずにもう一度寝る。もう眠たいしか頭に無い、いわば脳死状態。
「寝るな阿呆。上司には敬意を示せ無能野郎が」
“無能”とは、流石にクるものがある。大体上司というなら部下の何百何千という仕事を少しでも肩代わりしてくれればいいのに。私はしましたよ、肩代わり。
疲れと理不尽で募った怒りの感情が暴走しはじめる。
そもそも私との立場も大して変わらないというのに、よく上司などと豪語出来たなと思う。年下のくせに。
「酒も飲めねぇガキがよく喋りますね。なんとプライドだけがお高くとまっている顔だけの幹部だこと。」
いつもよりいっそう重く感じる体を起き上がらせながら、舌を打って睨みながら言う。
「は?お前────」
「それじゃ、私はもう自室で寝ますよっと」
彼は何かを言いかけていたが無理矢理遮る。
喧嘩をする気はさらさらなかったので、踵を返し手をひらひらさせながら足早に自室へと向かう。ちなみにここは全寮制である。
少し、言い返して気分が良くなった気がする。
こういうストレス発散方法は良くないとわかってはいるけれども、不可抗力というものである。
さぁ寝ようと少しばかり嬉しい気持ちで自室の扉を開ける。今はもう部屋の一角にあるベッドしか見えない。
身体は我がベッドを求めている。求め続けている。
ああ、あの目の前のふかふかに包まれたい。
いやなことも、仕事も、人間関係も、全部、ぜんぶ忘れて、永遠にぬくぬく過ごしていたい。
扉をしっかりロックし、髪ゴムをさっと外しながらベッドの側に駆け寄ったかと思えばそのまま勢い良くダイブする。
少しだけ壁に頭をぶつけたがこのくらいどうってことない。
今はなにより、この真っ白であったかい入道雲のようなふかふかを全身で堪能する。
ソレと同時に眠気が襲ってきたとき、おもむろに作業机の方に目をやった。
───────つかの間の現実逃避は、いつも途端に終わりを迎えるのだ。
何もないはずの作業机の上には天井まで届くのではないか、というくらいに高く積まれている書類がひとつ、ふたつ、みっつ…………
絶望しか湧かない。
今の私には災難という言葉がぴったりと当てはまるだろ う。
何故この世は私にだけ残酷なのか。私は前世で大罪でも犯したのだろうか。
─────ああ、でも今はこの眠気に抗えない。
そうして、私はふかふかと絶望の気持ちを同時に抱きながら深い眠りへと落ちていったのだった──────。
あれから何時間夢の中に滞在していただろう。
窓から差していたかんかん照りの日光は、とっくのとうに辺りを気高くも優しく照らす月明かりになっていた。
まだまだ重く感じる、でも先程よりかは軽く感じる身体を起こしてベッドから立ちあがる。
そのとき窓越しに見えた月は満月だった。道理で明るいワケだ。
しばらく、ぼうっと月をみていた。
月はいつも星達ときらきらまばゆく輝いているのに、自分はどうしてこんなに惨めな灰色に似た生活を送っているのだろう。
この物理的でもある天と地の差に絶望すると同時に、月に対する憧れが止まない。常に太陽という強い光に照らされているだけの美しい星。私も、そういう存在になりたい。誰かに照らされていたい。光が欲しい。あの遠き空へ、今すぐにでも羽ばたきたい。
そもそもこの仕事に就いた経緯はなんだったろうか。覚えていない。
今は全て放り出して全てから逃げたいという気持ちだけしか生きていない。
作業机の書類の山を見て思う。
あまりにも捌ききれない多い仕事。わざわざ幹部がやらなくても良い雑用。
ああ、全部クソ喰らえだ。くだらない、すごくくだらない。
もう辞めたい。本当にやめたい。
でも今はこの書類を全て捌かなければならない。
─────選択肢なんて、元よりひとつしかない。
『与えられた仕事を全て仕上げる』
これ以外無かったのだ。
なんて、残酷な話だろう。
そんな感傷もほどほどに、とりあえずこの山を全部片付けなければならない。
今夜も徹夜確定だ。いや、今日この夜で全部終わるか怪しいところ。
とりあえず頑張るしかない。気合いだ。
そうして私は一旦書類を机からすべて降ろし、早速一番上に積まれている書類の作業に移った。
ちなみにその内容は『経費Ⅰ』。ⅠということはⅡ以降もあるのだろう。先が思いやられる。
負の感情をひとまとめにしながら、作業開始である。
────そして、翌朝9時。
10時間程パソコンと睨み合いをしていたので目が痛い。
あの書類の山はまだ半分も終わっていない。
経費シリーズは攻略し、今は軍事シリーズの作業を進めている。
もう何日も前からエナジードリンクとお友達だ。そろそろ骨が溶けてもおかしくない。
そろそろマトモな固形物を口にしなければと思うが、そんな時間があれば作業の一つや二つ出来るはず。
とにかくコンマ1秒でもドブに捨てたくないのだ。
────それでも、人間には集中力の限界というものがある。
現在9時半。そろそろ遅めの朝食を摂ろうと思う。コンビニでいい。
机にあった五千円札を適当に取ってから、足の踏み場の無くなった地面に散らばっている書類共をどかして自室を出る。髪の毛は解いたままだがもうなんかどうでもよくなってきた。
────廊下をふらふら覚束ない足取りで歩いていると、誰かと軽くぶつかってしまった。
「あぁっ、すみません。大丈夫ですか?」
咄嗟に謝る。
「楓さん…!大丈夫です。それとおはっす」
ぶつかってしまったのは後輩だった。
この子、柏木 慧之は前髪を格好良くオールバックして、ちゃんとしたスーツを着ている、まさに普通の会社員。私の言う事もはいはい聞いてくれるので可愛がっている。
失礼な話だが、ぶつかったのが後輩で心底良かったと思う。これがあのひとやあのひとやあのひとだったら殴り飛ばされていた。
いや、命があるかどうかも怪しかった。考えるだけで恐ろしい。
「ああ、柏木くん。おはようございます。」
ありもしないIFの世界線に思考を戦慄させながら後輩に挨拶を返す。
「髪、下ろしてるの珍しいですね。」
「あはは、ちょっと面倒くさくなってしまって…。」
まさか後輩と出くわすなんて思ってもいなかったので少し恥ずかしい。この子の前ではもうちょっとちゃんとしていたかった。
……こういう事は前にも一度だけあったのだが。
「まさか、また仕事ッスか…??」
後輩が心配そうに尋ねてくる。
「……っはは…そうですよぅ……」
諦観が入り混じった苦笑いをしながらそれに答える。
「もしよかったらオレ、手伝いましょうか?今丁度手隙なんで…」
─────ああ、この子はきっと、八百万の神々のうちの一柱なのだろう。すごく、美しく見える。その背後からまばゆい日光が溢れ出しているみたいだ。
「っ、良いんですか!?!?」
「全然!いいんですけど、幹部だけしか見てはいけない資料とかじゃないですか?大丈夫です?」
本当に賢い子だ。そんな事も心配出来るとか、本当に有能な後輩を持ったことだ。
今の地獄のような環境でも君が居てくれるだけで落ち込んでいる気分も少しは上がるというもの。
「だぁいじょぶ大丈夫!!もしあったとしても君の記憶だけ消しますから!お願いします!!」
もうとにもかくにもただひたすらに手伝ってほしいので藁にもすがる思いで頼み込む。
「ひぃ、怖いこと言わないでくださいよ…まぁ手伝いますけど」
えへ、と自分の胸を軽く叩く後輩。
それを微笑ましく見ながらふと思い出す。
私はコンビニに行きたかったのだ。
「その前にコンビニ寄っていいですか?今から向かうところだったんです。」
「もちろんもちろん。付き合います!」
後輩の背に見えぬはずの尻尾が勢い良く振られているのが見える気がする。
「奢りましょうか?手伝い賃の前払いということで……」
「………………お願いします……!!」
長く悩んだ末、ウィンク&ピースをする後輩の姿はなんともギャルだった。
───そして場面は変わり、役会建物内部のコンビニにて。
ここは建物の外(敷地外)に出るなら上からの許可を貰わないといけないので、大体色々といつもここのコンビニで済ませている。
私はいつもの如くカ□リーメイトや他栄養補助食品を次々とカゴに入れていく。
なんていうかもうガッツリしたものは食えない。もしかすると私の体はとうに終わっているのかもしれない。
正直、かなりヤバい。
「柏木くん、好きなもん入れていいですよ」
「楓さん……ご飯類、買わないんですか…………??」
そんなので生きてるンすか……?と言わんばかりの目線を向けられる。その視線には心配の感情が孕んでいるように見える。
「あ────……また次買います。今日はそういう気分でもないので。」
後輩には申し訳ないが、本当の事を言ったらとっちめられそうなので適当に躱す。
「………そっすかぁ……絶対身体壊さないようにですよ?オレ、真面目に心配してるんす。過労死とかホントシャレになりませんよ、楓さんの場合。」
おそらく、微妙に躱された事に気付いたのだろう。さっきとはうってかわって真面目な表情に変わる。
彼の言っている事がごもっともすぎて不意に乾いた笑いがこみ上げてくる。彼なりに真剣に言ってくれているのだろうが。
「あははははは。それなです。本当洒落にもならない。」
私はそれに笑いながら返す。
「笑い事じゃなくって!」
「……まぁ、私は今これで生きて行けているので、暫くは大丈夫でしょ。 さあさ、何欲しい?」
「………メロンパン、お願いします。」
後輩が若干不服そうな顔をしてから棚のメロンパンを指差す。
「はい。これだけで良いの?」
後輩がこくりと頷く。
「じゃあ会計してくるので、柏木くんは外で待っていてください」
「はーい。ありがとございます」
────それから数時間後。
時刻は午後一時。
私はあのあと会計を済ませ、後輩と一緒に自室へ戻り、後輩の手を借りながら無事全ての書類を攻略したのであった。
後輩が居てくれたおかげで作業時間がかなり楽だった。
互いに色々愚痴ったり、とにかくお喋りをしながらする作業は楽しかった。
───喋る相手というのは、必要なのかもしれない。
まぁ、部屋に招いた時に『うわ、なんなんすかこのエナドリの墓場!?あんた馬鹿なんですか、死にたいんですか!?こんな量絶対死にますよ!!?カフェイン中毒って知ってます!?!?』と怒られたのだが。
本当に仲間想いで仕事も出来る良い子だ。どうしてこんなところで働いているのだろうか。もっと良いホワイトな大企業に勤められそうなものなのに。
……考えても仕方のないことだ。安易に人のテリトリーに踏み入ってはいけない。
私は後輩の去った部屋を、ぼうっと作業机にもたれ掛かりながら見て、また思考を巡らせる。
ああ、四六時中こうやって何もかもを考えている気がする。脳が疲れると分かっているのに。考えれば考えるほど無駄だと分かっているのに。
─────どうしても、現実逃避をしてしまう。
私の悪いクセだ。
怒られているときも、考え続けて。
仕事をしているときも、考え続けて。
危険ランクとの戦闘中も、食事をしているときも、布団に入って意識を失う直前までも。今でさえ、常に何かしら考えているのだ。
時と場合にもよるが、脳味噌の使い過ぎだ。
考えるのがいやになってくる。
それでも、ソレも何故か何故かと脳が追及する。
そんなの知らない。考えたくない。
私は布団に近付いて倒れ込む。相変わらずきみはふかふかだなあ、なんて言いながらまた意識を遠のかせる。
まだ昼間だが、一旦脳をシャットダウンしようと思う。
何も考えなくていいように。
コメント
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待って待って全然違うかもしれんけど!!へっぽこ考察かもしれんけど!!!いまちょっと読み返してみて、もしかして柏木くんって13話で亡くなってた楓チャソの友人説……!? いやまた別の人かもしんないけど、もしそうだったらつらたんなんだが😭 頼む違ってくれ〜〜!!違ってたとしても楓チャソのお友達が死んじゃうのには変わりない😭😭皆幸せになってくれ〜〜〜〜!!!! 続き楽しみ🫶🏻
とても面白かったです😍😍 続きが楽しみすぎる…どれだけかかっても待ってます!!! 本編の方も楽しませていただいてます♪ありがとうございます!
願わくば私もこのエベレストを片付けに参上したいところでした😇😇 楓ちゃん頑張ってくれー!!!