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あの日、夢を見た。
最後の砦の苦しい夢を。
人の気配がしない昏い街に、見知らぬ誰かと自分一人。
その誰かは言う。
「ここから先は立ち入り禁止だ。」
先に見えるのは、明かり一つない、何も見えない空間。
そこに何があるのか、どんな場所なのか全く分からない。
ただ、危険だとは思わなかった。
「なぜ?」
「希望が見えるから。」
「この場所では希望が見えてはいけない。」
私の問いかけに、…彼は答える。
明かりがないのに、希望が見える。
そんな不思議な言葉に首を傾げた。
彼は続けて言う。
「当分の間、君の居場所はこの家だ。」
先程まではなかったはずの、白い家を指差した。
一際目立つ白色が、この街から浮いているように思えた。
鍵はついていなさそうだが、それ以外はなんの変哲も無い家。
「家から出たら…ちょうど今来てしまった。」
「早く家に入れ。」
押されるようにして家に入った。
ドアを閉めて、少しくすんだ窓から外を見る。
ズルズルと何かを引きずるような音。
耳が痛くなるような高い音。
言葉では言い表せない、ひどい不快感が押し寄せてくるような音。
いろいろな音が聞こえてきた。
「あいつだ。」
彼がそう言ったのと同時に、なにかの姿が見えた。
ゾッとした。
肉塊のような…いや、黒いモヤのような……何かの残骸を寄せ集めたような…………?
「あまり見るなよ。記憶が上書きされる。」
彼の言った意味は分からないが、あれを長く見ていたら、危険な気がした。
気分が悪くなってきて、視線を外した。
「…あ、あれは何なんだ。」
彼に質問したが、返事が返ってこない。
不安を覚えて彼の方を見ると、案の定彼はもういなかった。
これからどうしろというのか。
不快な音が響く中、ただ一刻も早くこの時間が過ぎ去って欲しいと願っていた。
あの日から、毎日毎日あの場所にいる夢を見る。
妙に現実味があって、不気味な夢だ。
あれから1度、あいつに捕まったことがあった。
幸いにもそこで目が覚めたが…その日は一日中気分が優れなかった。
最近はあの夢のせいでろくに寝られないし、色々なことに集中出来ない。
…そう、きっとあの夢のせい。
今日あの夢で、あいつを殺す。
もう二度と見ないように。
「来たのか」
いきなり声をかけられ、反射的に声のする方を見た。
そこには幾日ぶりかの彼がいた。
「ああ、久しぶりだね。」
「君が何をやろうとしているかは知っている。」
思ってもいない言葉をかけられた。
何故か辺りの街が消えたような気がした。
「忠告するぞ。あいつを殺したら見えるはずの希望も見えなくなる。」
彼の言っていることは本当に不思議でたまらない。
もう決意したことなのだ、と心の中で思うと、周りがぱっと白一色になった。
どこまでも続く白い空間だ。
「…もう決めたのか。」
「上手くいくといいな。」
彼は悲しい顔でそう言ったきり、私の前に現れなかった。
それからしばらくして、遠くからあいつが来た。
何故か弱っているようで、目の前で倒れ込んだ。
あとは、とどめを刺すだけだ。
あぁ、やっと…
手応えはなく、かすかに聞こえる軋む音だけが響いていた。
最初から希望はそこにあった。
ただ、見ないふりをしていただけで。
こんな運命、全部。
夢のせいだ。