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あや
(――これで、よかったんだよね?)
高校の頃からずっと親友だと思ってきた里奈と、まさかこんな風に仲違いする日が来るなんて。
胸の奥にチリリと走る痛み。全然辛くないと言ったら噓になる。けれど、彼女の本心を知ってしまった以上、以前のように何でも話せる親友に戻る事はもう出来ない。
一体いつから、こんな風になってしまったのだろう。
一緒に看護師を目指して切磋琢磨してきたあの日々は、すべて偽物だったのだろうか。
試験前にファミレスで夜通し問題を出し合ったことや、初めての採血練習で震える手を握りしめ、励まし合ったこと。そんな瑞々しい思い出さえも、里奈にとっては自分の優位性を確認するための舞台装置に過ぎなかったのかと思うと、暗い虚しさが足元から這い上がってくる。
よく考えてみれば、就職活動の時だってそうだった。穂乃果がこの病院に就職すると知るやいなや、里奈は「穂乃果のパパにに口添えして一緒に働けるようにしてほしい」と必死に頼み込んできたのだ。あれもすべて、自分を利用するためだったのだろうか。
当時は、初めて看護師として働く場所に気心の知れた友人がいてくれれば心強いし、お互いに支え合えると思って快諾した。けれど、最初から里奈がそんな風に思っていなかったとしたら――。
(――でも、もういいんだ)
深く息を吐き出し、胸の奥の痛みを逃がす。
傷口が完全に塞がり、痛みが消えてなくなるまでには、しばらく時間がかかるかもしれない。学生時代から一緒に積み重ねてきた、約十五年分もの思い出を綺麗に整理するのは、そう簡単ではないだろう。
けれど、いつまでも過去に縛られて自分を安売りするのは、もう終わりだ。
ナースステーションのドアをくぐると、同僚の彩美がこちらを見るなり、「あ!」と声を上げた。
「ねぇ、安住さん……もしかしてエステにでも行ったの? なんだか、今日は一段と雰囲気が違うみたい」
「えっ、そ、そうかな……? 気のせい、じゃない?」
「いやいや。気のせいじゃないでしょ。肌のツヤもそうだけど、表情っていうか……オーラが違う気がする。そのリップもすっごく似合ってるし。さては……いいことあったでしょ?」
「そ、そんな……っ、何もない、よ?」
図星を突かれたような気がして慌てて否定するが、彩美の言葉にあからさまに動揺してしまった。
しまった。と思った時にはもう遅く、彩美がニヤニヤとした表情を浮かべながら肘でつついてくる。
「そこ、何やってるんですか? 申し送り始めますよ」
師長の声で我にハッとして、慌てて姿勢を正す。そのすぐ横で彩美がごめんねと小さく謝るのが見えて穂乃果も小さく頷き返し、手元のバインダーに視線を落とした。
「あら? 斎藤さんは? 遅刻?」
師長が不審そうに周囲を見回す。言われてみれば、いつもは要領よく前列にいるはずの里奈の姿がない。
ロッカーで会った時、少し突き放すような言い方をしてしまったからショックで動けないでいるのだろうか?
(いや、違う……。里奈はそのくらいで萎れるような女じゃない)
もっとしたたかで、腹黒い。自分の欲しいものを手に入れるためなら、親友の椅子だろうが何だろうが笑顔で奪い去っていく、そういう執念を持った女だ。
じゃぁなぜ――?
嫌な予感が背筋を駆け抜けた、その時だった。
「すみません、遅れました!」
ナースステーションのドアが開き、里奈が駆け込んできた。少し乱れた前髪を直しながら、申し訳なさそうに身を縮めている。だが、その表情には微塵の反省もなく、むしろさっきの衝突など最初からなかったかのような、平然とした色が滲んでいた。
「斎藤さん、珍しいわね。次からは気をつけなさい」
「はーい、すみません」
気のない返事をしながら、里奈がチラリと穂乃果の方へ視線を向けた。その瞳の奥にねっとりとした暗い悪意が潜んでいるような気がする。その目に捉えられた瞬間、穂乃果の背筋にぞわっと冷たいものが走る。
だが、それ以上何かが起こるわけでもなかった。朝礼が終わると、里奈は何事もなかったかのようにさっさと自分の持ち場へ向かっていく。
(一体、何を考えているの……?)
嵐の前の静けさのような里奈の態度に、穂乃果は不気味な予感を拭えないまま、その後姿を見詰めた。
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