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どうも皆様、サカナです
うぅ〜やる気が出ない
ダラダラと2万1500文字😭
後半本当にひどい、 小説書けなくなってきちゃった…こんなもん読まないでくださいな…
最近本当にいけない、この前の絵茶の件についても、この場をお借りして謝罪いたします…
誠に申し訳ございませんでした🙇
それにリクエストが進んでいない…本当に勝手ながら、今は書けないかもしれないです😭
夏休みで書けなかったのにいつ書くのって話なんですけどね、誠にすみません
とりあえず
ばちばちのNLでスペイン×オーストリア帝国、スペイン→オーストリアです
⚠️旧国、えっち、NTR描写あり、結婚してる⚠️
ハプスブルク家
まあ、誰もが少しくらいなら聞いたことがあるだろう。
長きに渡り広大な領土を治め続けた、現在のオーストリアの貴族であった彼ら。
しかしながら、ハプスブルク家はもう一つある。
元々の血筋であるオーストリア系と、分家となるスペイン系だ。
オーストリア帝国という、ロシアやイギリスのように力が強いわけでもない国が、どうして広大な領土を得ることができたのか。
それは何百年も前の出来事であった。
「御国様、ご準備はよろしいでしょうか?」
「はい」
時は16世紀初頭。
オーストリア、もといハプスブルク帝国は、強力な婚姻外交をしていた。
北へ南へ、東へ西へと一族の男女問わず、あらゆる国の王侯貴族に結婚を申し込み、政略結婚を成し、子を産んで王位を受け継ぎ、やがてハプスブルク帝国がその地を戴く。
ヨーロッパでも広大な領土を得るのに、特段強い力はいらなかった。
必要なのは外交技術。
他国と良い関係を結び、一族に嫁がせるか、嫁いでもらうことで帝国を広げる。
此度の婚約に関しても、それとなんら変わらなかった。
一つ今までと違う点があるとするならば、嫁ぐのがハプスブルク家の娘ではなく、ハプスブルク帝国の化身とも言える少女であったことと、嫁ぎ先もスペイン帝国の化身らしい青年であることだろうか。
貴重な真っ白い布地に金糸の刺繍が繊細に施されたドレスに身を包み、ドレスと合わせた白い花々の頭飾りは美しく、きらきらと輝く色とりどりの宝石たちが散りばめられたティアラがよく似合う。
ペリドットのようなキラキラと輝いていた瞳に影を落とす彼女には気が付かず、 これほど美しい花嫁は見たことがないと言って、多くの人が褒め称えた。
皆、この先に待ち受けるであろう広大なスペイン領土の方に目が眩んでいる。
オーストリアは1人そう思い、感謝の言葉を並べて笑みを作った。
『他は戦争をさせなさい、汝、幸運なオーストリアは結婚せよ』
その言葉通りとなった。
普段よりもずっと豪華でボリュームもあるドレスは動きにくかったが、こんな国家として重要な結婚をさせられることの方が、足取りを重くする。
一年前、外交の過程で婚約することになったあの日のことを、オーストリアはよく覚えていた。
国家としての繁栄を第一に、例え御国であろうともオーストリアの気持ちは二の次で決まったそれ。
数日前、馬車に乗ってスペインのマドリードに到着した際、祝福されて婚約を強調されながら、少し居心地悪く感じたことも記憶に新しい。
ああ、いよいよ結婚式が始まる。
夫についてよく知っているわけではない、政略結婚とは常としてそんなもの。
妻を軽んじ、同衾するにも粗雑な者であったらなどと、おかしな感情が揺れる。
王族に限ってそんなことはないだろうとわかっていても、どうも何かしら不安に付き纏われる。
身を案ずることは後だ。
兎にも角にも、子を産めば役割は果たせる。
それだけを考えて臨まなくては。
スペイン帝国──トレド大聖堂にて──
美しい伝統的な大聖堂の中は、聖母マリアが見守る厳かな空間であった。
高い壁にはスペイン帝国とハプスブルク家の紋章が飾られており、淡い蝋燭の神秘的な火が空間を甘く明るく照らす。
ステンドグラスから注ぐ夏の陽光は、金と銀の十字架が目立つ祭壇を一等目立たせた。
先に入場している新郎の元まで、侍女に支えられながらゆったりと歩を進める。
ベルベットのドレスがきらりと光り、動くたびにヴェールがひらひらと踊った。
トレド大司教に一礼し、振り向く。
ゲストたちはニコニコと楽しそうだ。
ふと隣を見やるオーストリア。
自分の横に立つ背の高い彼こそ、彼女の花婿であった。
黒いダブレットには金糸の刺繍。レースの襞襟をきっちり着こなして、大きなエメラルドのブローチが眩しい。
位置の高い腰におさまった装飾剣は静かに存在を主張し、線の細い綺麗なかんばせとは対照的な力強さを与えていた。
これから人生を共にするのが彼で、自分は帝国の繁栄を担っていると考えると、どうしても重圧を感じてしまう。
一方でまた、スペイン帝国の側はオーストリアの美しさにドギマギと胸打たれていた。
彼女の凛とした清楚で綺麗な顔には、白が本当に似合っている。
今夜は彼女を抱けて、それから一緒の宮殿で生活できて、そのうち自分と彼女の子も産んでもらえて、この先ずっと人生を共にしてもらえるのだ。
こんな幸せがあるのかと、スペイン帝国は自分の肩ほどしかない小さくも大きな帝国を背負うオーストリアに心からの好意を寄せていた。
ヴェールの中から少し見上げられた時の、あの綺麗な瞳といったら。
新大陸でどんなに良い宝石を見つけたとして、もうそれらを美しいとは思えないだろう。
お互いに緊張と期待が混ざり合う式の中、いよいよトレド大司教が言葉を発する。
「父と子と聖霊の御名によって、アーメン」
鐘が響く。
聖歌隊が麗しい声で歌う。
神聖さを体現したようなこの大聖堂で、結婚式の開始を宣言した。
続いて、トレド大司教は分厚い聖書を取り出し、読み始める。
何度も読んだはずの聖書だが、その言葉一つ一つをじっくりと噛み締め、いよいよ嫁に行くのだという意識が芽生えた。
「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない」
コリント人への手紙13章、トレド大司教は厳かに、そして穏やかに読み上げる。
やがて聖書朗読が終わると、トレド大司教による説教が始まった。
「この婚姻は神の御意志により、聖なる御国様を結びつけ、キリストの教会を守る聖なる同盟なり 」
プロテスタント、オスマン帝国、その他様々なことが、今後の問題として湧き出てくるだろう。
その時協力し合えるのは、同じカトリックの国だけ。
まさにスペイン帝国は良物件だった。
カトリック大国であり、新大陸にも土地を持ち、強く、財力も恐ろしいほどにある。
相手方の嫁に自国の御国を捧げたほどだ、絶対に引き止めてやるという思いが伝わるだろう。
この結婚は帝国の繁栄だけでなく、キリスト教を守るための結婚でもあった。
「誓いの言葉を」
「太陽の帝国の名において、汝オーストリアを妻とし、命を賭して汝を守り、愛し、全てを捧げる。神の御前で、この愛と忠誠を誓う」
大きな声で宣言された言葉は本当にただの結婚式のようで、オーストリアは不思議な気持ちになる。
ゲストもざわついているようだ。
お互い利益目的に結婚したのに、命を賭して守り愛する?
外面を意識しただけの言葉かもしれないが、神に嘘をつくようなそんな言葉、口から出てくるわけがない。
とんだ虚言癖の男と夫婦になったのかと、オーストリアは内心モヤモヤと不安が募る。
「キリスト世界の守護者の名において、汝スペイン帝国を夫とし、神の御導きの下、末永く栄えさせんことを誓う」
2人の誓いの言葉が終わると、トレド大司教が指輪を祝福し、聖水を振った。
スペイン帝国が銀の指輪をオーストリアに。
オーストリアが金の指輪をスペイン帝国に。
それぞれ指輪を交換して、ますます夫婦らしくなる。
「我、汝らを婚姻に結ぶ」
トレド大司教がそう宣言し、聖歌隊はアヴェ・マリアを高らかに歌い始めた。
新郎新婦は祭壇に跪き、トレド大司教が手を置く。
「全能の神よ、この夫婦に子孫と平和を与えたまえ」
祈りが始まり、聖水が振られる。
これで婚姻のミサは終了だ。
祈りを受けた新郎新婦は立ち上がり、手を取り合った。
2人でゲストに一礼すると、大きな拍手が、大聖堂いっぱいに広がる。
決して愛し合ったわけではない。
だが確かに、オーストリアとスペイン帝国の結婚が宣言された。
「ふふ、良き結婚式ですね。キリストの守護者たちが結ばれるとは…」
「スペインのやつ、やたらと嬉しそうですね、教皇様」
「美しく敬虔な花嫁をもらったのです、さぞ喜ばしいことでしょう」
「いいなぁ、あんなに良いお嫁さんをもらえるなんて」
「妬んではいけませんよ。地道な努力こそが、貴方にも縁を結ぶのです」
「はぁい」
「何が結婚式だ、大国が揃いも揃って…このままじゃ、更にハプスブルク帝国を助長させるだけだろう…スペインのバカが」
「全くだな、フランス?嫁に浮かれて気の抜けたスペインくらい、軽く捻ってやろう」
「ふん…俺が土に還すか、お前が海に沈めるか、どっちが早いかな」
「そりゃあ私だろう。まあ、期待して待っていてくれたまえよ」
スペイン帝国とオーストリアだけではない。
ゲストたちだって、様々な思いがあってこの先に参列している。
この先、命を賭けて守ると誓ったスペイン帝国は、永き繁栄を誓ったオーストリアは、果たして。
いつまで続くというのだろう。
婚姻のミサが終わり、スペイン帝国とオーストリアは手を取り合って退場していく。
ゲストの拍手がいつまでも響き渡り、聖歌隊もまた負けじと歌う。
スペイン帝国の手は、大きくて暖かい。
足だってうんと長いから、自分なんておいてさっさと外に行けるだろう。
なのに、歩幅の小さいオーストリアに合わせて、スペイン帝国は自然な動作でエスコートしてくれる。
少しくらいなら、心を開いてもいい。
男性とこんなに近づいたことはないから、まだまだ戸惑うことも多いけれど。
ドキドキと変に高鳴る気持ちを抑え、オーストリアは真面目な顔を崩さず、大聖堂の外へ。
すぐ目の前には豪華な馬車があり、運転手が扉を開けてくれている。
「グラシアス、さぁ乗って、オーストリア」
「あ、ありがとうございます…」
手を差し出して乗せてくれるスペイン帝国に身を任せ、向かい合って座る2人。
なんだか気恥ずかしい気もする。
しかし重要人物である2人だけの時間がそう取られるはずもなく、すぐにオーストリアの侍女とスペイン帝国の侍従が1人ずつ乗った。
「出発いたします」
扉が閉まると同時に運転手の声がかかり、鞭の音が鳴る。
馬がいななき、蹄が地を蹴った。
「お嬢様、ヴェールを」
出発してすぐ、侍女は被り続けていたヴェールを取り外してくれる。
これは儀式の最中花嫁の神聖さを保つためのものだそうだが、なにぶん視界が白くぼやけてしまう。
ようやく色鮮やかな世界に戻り、オーストリアは小さく礼を言った。
「わぁ、綺麗な顔だね」
声のした方に振り返ると、目をキラキラさせたスペイン帝国がじっとこちらを見てきている。
「やっぱり可愛い子だなぁ、こんなに素敵な子を妻にできたなんて、まだ信じられないよ」
スペイン帝国はオーストリアの両の手を握り、陽の光のように穏やかな声で言った。
「これからよろしくね、オーストリア。君の為なら全てを捧げられるよ」
にこやかに愛を囁かれ続け、どこか手慣れた様子のスペイン帝国に少しばかりの不信感。
「…ありがとうございます、スペイン帝国様。気に入っていただけたようで何よりですわ」
ふっと笑いかけてみる。
どうせ笑顔を返して頷くだけだ、社交辞令的な返事に、むしろ機嫌を損ねるかもしれない。
…そんなオーストリアの思いとは裏腹に、スペイン帝国は綺麗な顔を朱に染めて照れていた。
「……? 」
「…や、やっぱりだめだ、君はあまりにも綺麗だから、急に笑わないでくれ、心臓に悪い…///」
オーストリアはきょとんと首を傾げ、スペイン帝国はそんなオーストリアにまた胸を打たれる。
馬車の中は妙な雰囲気に包まれ、平和そのもの。
侍女も侍従も、これなら上手くやっていけそうだと安心して報告できる。
スペイン帝国の住まうアルカサル宮殿に到着するまで、スペイン帝国はずっとオーストリアの手を握っていた。
「皆様、到着いたしました」
「あぁ、わかった。降りようか、オーストリア。この後は祝宴だから、緊張しないでいいよ」
「はい」
侍女と侍従が先に、その後スペイン帝国がオーストリアを支えながら馬車から降りる。
ふわりと広がるドレスに汚れはなく、白いそれはオーストリアを引き立たせた。
「俺の宮殿は君の宮殿でもある、これからどうか自由に過ごしてくれ」
「なんとも…立派なものですね」
「ふふ、だろう?」
にっこりと笑ってオーストリアの手を引くスペイン帝国は、豪華絢爛な宮殿をスイスイ進む。
ここでパーティが行われるのだから、それはきっと、童話のように素敵な光景なのだろう。
その主人公の1人になれたことが、オーストリアは堪らなく嬉しく思った。
いくら平静を装ったところで、女の子であることに変わりはないのだから 。
あぁでも、結婚式でなければ、もっと喜べただろうか。
祝宴に関しては、あまり大きなことはなかった。
スペイン帝国が祝宴の開始を宣言して、あとは豪華な食事を皆で食べて、美味しいお酒を飲んで、素敵な音楽に合わせて踊って。
普通の舞踏会となんら変わらない。
「楽しい?」
「…えぇ」
ずっとオーストリアの手を握り続けていた旦那様は、踊りの上手な人だった。
キラキラした衣装も似合っていたし、顔もかなりかっこいい。
どちらかといえば、綺麗、というのかもしれなかった。
そんな人と踊れることは、ある意味レディの憧れでもある。
だが、例えこの人がオーストリア好みの男性だったとしても、嬉しくはなかった。
帝国から道具として見られていたことが、あまりにもショックで、悲しくて、わかりきっていたことでも辛いものであるから。
楽しい、ああ楽しいとも、踊りも音楽も大好きだ。
これが本当にただの舞踏会なら、私はもっと笑っているけれど。
祝宴が終わった先のことを考えると、このまま時間が止まってしまえばいいのに、 そう願わざるを得ない。
「新大陸の食材はどれも美味しくてね、君にも是非食べてほしい。それとも、肉や魚の方が好みかな」
「ありがとうございます、スペイン帝国様。…どれも美味しゅうございますね」
スペイン帝国から寄越された食べ物を、淑女らしく小さな一口で少しずつ食べ、味わい、ふわりと微笑む。
「それは良かった、沢山食べておくれ」
政略結婚のはずなのに、スペイン帝国は真っ直ぐに好意を向けてくる。
オーストリアは望まぬ結婚に悲しみ、憂いていたのに、同じ状況であるはずの彼は全くそんな素振りがない。
この人となら、あまり嫌ではないかも。
そう思わせてくれただけで、オーストリアは十分だった。
夜が来る。
結局、終わりまでずうっとオーストリアの側にいたスペイン帝国と共にゲストたちの見送りを終え、次は最後の儀式。
侍女たちに案内されたのは、寝室。
蝋燭の火があたりを照らし、きらりと装飾が反射している。
「お着替えをいたしましょう、こちらへ」
「はい」
「また後でね、オーストリア」
「…はい、スペイン帝国様」
寝室のすぐ近くの部屋に分かれて入り、明日からはここが自室となると聞かされた。
確かにハプスブルク家の紋章が描かれたタペストリーや、自分の部屋に置いていた本が仕舞われている。
本当にスペインに定住するのだと、故郷が恋しくなった。
侍女はオーストリアの着ていたドレスを脱がせ、代わりにシルク素材の夜着を着せる。
重かったティアラやネックレスなどのアクセサリー類を外し、真珠の耳飾りと指輪だけ残された。
「お嬢様、どうか良き結果をお待ちしています」
「わかっています。私の役目ですもの」
いつも優しく触れてくれる侍女の手は、スペイン帝国よりずっと小さくて、頼りない。
でも、スペイン帝国より、ずっと安心できる手だった。
この夜を無事に終えて、皆を安心させなくては。
少し時を戻して、こちらはスペイン帝国の部屋である。
オーストリアがどんな気持ちで臨もうとしているか、彼はまだわかっていない。
しかしながら、うっすら嫌われていそうだと思い、慣れないエスコートを頑張っていたのだ。
「なぁ、俺の花嫁を見たか?あんなに綺麗な子がこの世にいるなんて、信じられないよな!」
「御国様、動かないでください」
侍従に服を着替えさせられながら、スペイン帝国は延々と話し続ける。
オーストリアが静かだから自分も黙っていたのだが、とうとう抑えられなくなったらしい。
「仕方ないだろう、胸が高鳴るんだ!今からあんな小さな子に突っ込むのか?あぁどうしよう、壊してしまいそうで怖いよ、でも初夜はやり遂げなくっちゃな…でも無理をさせたら可哀想だ」
「御国様、お言葉が」
「悪い悪い、でもお前だってそう思うだろう?俺の肩ほどしか背がなくって、精巧なからくり人形かと思った!」
「御国様、動かないでください」
口と同時に体が動いてしまうスペイン帝国は、何度も侍従に叱られながら、夜着を着る。
黒く上質なそれは、スペイン帝国を儚げな印象にした。
顔だけは綺麗なのだ、顔だけは。
堅い衣装も似合うのだけれど、薄い一枚の布でも十分に魅力が引き出される。
アクセサリーは何もない。
それなのに、輝くような美しさを誇る。
侍従は、もう少し落ち着いた姿を見せれば、奥様も惚れてくださるのでは、と思った。
そんな失礼なことを思われているとは露知らず、着替え終わったスペイン帝国はさっさと寝室へ行ってしまう。
そうして再会した2人は、素朴な夜着姿もまた綺麗、と内心意見を揃えた。
「オーストリアは白が似合うな、とても素敵だ」
「ありがとうございます。スペイン帝国様も、よくお似合いでございます」
「だろう?ふふ、君の隣に相応しくと思って、新調したんだ」
「まあ、そうなのですか」
いくらか緊張も解れたのか、スペイン帝国は式の時より柔らかく笑い、オーストリアに積極的に話しかける。
オーストリアもある程度笑みをこぼすようになり、スペイン帝国も嬉しくなってついつい話しすぎてしまいそうだった。
寝室は流石王家のものというか、御国の住む宮殿らしい豪華なもので、オーストリアは質素な物を好むからか、現実味がなく見える。
天蓋付きの大きなベッドに、ビロードのカーテン。燭台に灯る小さな光。
ここでスペイン帝国が寝ているのだとしたら、それは立派な絵になるだろう。
2人でそうして話していると、トレド大司教が入室した。
初夜というのは、決して快楽目的ではない。
子孫繁栄というのはもちろん、この行為は神聖なものとされ、これを無事に終えることでようやく結婚式が終わるのである。
「主よ、子宮の実りを与え、汝の教会を守らせたまえ」
トレド大司教は聖水を振り、祈り、新郎新婦は応えた。
ラテン語で告げられた祈りの言葉を心に刻み、立ち上がる。
トレド大司教と侍女たちは退出し、一部貴族たちと共に外で待機していることだろう。
「さ、儀式を終えよう」
「……そうですね」
スペイン帝国はオーストリアの手を取り、ベッドへ導いた。
ふかふかのベッドに腰掛け、オーストリアの肩を優しく抱くスペイン帝国。
「君と夫婦になることが決まって、俺はとても嬉しい。でも、君は不安そうだね。何か気になることがあるのかい?」
「…まさか。私はスペイン帝国様の花嫁になった身、何か不満など」
オーストリアの唇に、その細くて長い指が当てられる。
「正直にお言い。俺は君を責めたり、誰かに言いつけたいわけではないから。ただ、大切な妻の真意が知りたいだけなんだ」
ね、と優しく微笑む彼は、本当に美しい人だ。
快活でにっこりと笑いかけてくれていた時は太陽のようであったのに、しんとなりを潜めたその顔は、月のような繊細さがあった。
こんなに優しい顔を、声をした人が、怖いとは思わなかった。
でも、本当は結婚が嫌だったなんて言えるわけがない。
「……きちんと務めを果たせるのか、私では力不足なのではと、思っているだけです。スペイン帝国様はお気になさらず、今の言葉も忘れてください」
「…うん、教えてくれてありがとう」
花嫁の務め
それは様々あるが、子を残すことが最も重要である。
正統な血筋を後世に残し、王位継承権を引き継ぎ、帝国を正しく繁栄させる必要があるからだ。
それだけを考えていればいい。
オーストリアは自分の気持ちに蓋をして、スペイン帝国とベッドに横たわる。
「わっ」
「どうぞ、スペイン帝国様」
凛とした顔は、真っ直ぐにスペイン帝国を見つめていた。
重力に従って服がシーツの上に広がり、細くて綺麗な体が浮き出るようで、その姿は海を漂うくらげにも近い。
「…綺麗だ、本当に」
スペイン帝国は生唾を飲み、喉を鳴らす。
そしてゆっくりとオーストリアに覆い被さり、抱きしめた。
「…何をなさっているのですか、儀式を終えるはずでは」
「あぁ、そうだね、ちゃんとする…でも、君があまりに美しいものだから、可愛いものだから…」
オーストリアの華奢な体を包み込むほどの体格差がありながら、スペイン帝国がオーストリアに触れる手は優しく、剣術の賜物であろう荒れた手がくすぐったく感じるほどだ。
首筋に頭を擦り付けて甘える様子は、大きな犬のようで、不覚にも愛らしいと思わされた。
「……」
真面目に儀式を終えようとしていたオーストリアも、この触れ合いに何も言えない。
心地良い、と思ってしまったからだ。
結婚は嫌だけれど、この人は嫌じゃない。
オーストリアはほっそりとした腕でおそるおそるスペイン帝国を抱き返し、さらりと大きな背中を撫でてみた。
「オーストリア…!」
「…来てくださいませ」
オーストリアは微笑んだ。
口角を緩め、スペイン帝国に笑いかける姿は、朝の式で見たマリア像のように美しい。
「痛かったら、すぐに言うんだよ」
スペイン帝国はそっとオーストリアの夜着を捲り、オーストリアは恥ずかしさに顔を赤らめてそっぽを向く。
くすりと小さく笑うスペイン帝国がオーストリアの手を握って片手で腰を持ち上げると、一度も使われたことのないであろう秘部へ、軽く自身を押し付けた。
「…ほ、本当に入る、のですか…?」
「君は…小さいからね、わからない。すごく痛い思いをさせるかもしれない…いや、多分、確実に…」
「………ゆ、ゆっくり、お願いします」
スペイン帝国はもちろん、と言わんばかりに頷くが、オーストリアの側はそうもいかない。
受け入れようと思っても、やはり初めてのことは怖かった。
オーストリアは無意識にスペイン帝国の手を強く握り、目を瞑ってこれから来るであろう痛みに堪えようとする。
先っぽがオーストリアの秘部に触れ、少しずつ侵入してくるが、オーストリアは不快感と異物感、そして敏感な部分が擦れて痛みもあった。
緊張でじんわりと汗ばんできたオーストリアを落ち着かせようと、スペイン帝国は動きを止めてオーストリアの顔色を伺う。
「っふ…ふっ、ぅ…」
「まだ血は出てない、それなのにこんなに苦しがって…本当に大丈夫かい?」
「つ、続けて、ください」
スペイン帝国は更に腰を進めるが、引っかかりが強く、オーストリアの悲鳴も大きく、より悲壮感を増していった。
「…そうだよね、ごめん、ごめんね、痛いよね、ごめんね…」
初めて感じる下腹の鈍痛に苦しんでいると、 やがてオーストリアに鋭く痛みが走り、引っかかりが和らぎ、シーツには赤い染みができ始める。
じんわりと少しずつ広がるそれは、オーストリアの苦痛を目に見えてわかりやすくした。
「っいや!!いたい、いたいっ!!」
お腹の中が苦しい、変な感じがする、怖い、助けて、と一心不乱に言いながら、オーストリアは瞳から大粒の涙をこぼし、パニックになって バタバタと手足を暴れさせる。
「落ち着いて、落ち着いておくれ、ごめん、ごめんねオーストリア、どうか泣かないで…」
模範的な淑女である彼女のそんな姿に、スペイン帝国は胸が締め付けられた。
証拠となる血痕は、可哀想だが残っている。
初夜は達成したと見ていいだろう。
「終わろう、もう終わろう、ね、だから落ち着いて、ゆっくり息をするんだ」
スペイン帝国が彼女を刺激しないようにゆっくりと自身を引き抜くと、付着していた血が垂れ、服とシーツを汚した。
そのことは特段気にする様子もなく、泣き続けるオーストリアを慰める。
「もう大丈夫だよ、オーストリア。まだ痛い?痛いよね、本当にごめんね…俺にどうして欲しいとか、ある?言える?」
「…だきしめて、ください」
長いまつ毛を濡らし、うるうると見上げてくるオーストリアは愛らしくて仕方がなく、スペイン帝国は啜り泣く彼女を抱きしめた。
「あぁ、目を擦らないで、傷ついてしまうよ」
スペイン帝国の腕の中で、オーストリアは小さく頷く。
「痛いのは、きらい、です」
「俺も嫌いだ。嫌なことをさせたね、ごめんね」
「いいんです、儀式には、必要なことですもの」
「そっか…俺と結婚してくれて、ありがとう」
「こちらこそ。不束者ですが、お世話になりますわ」
ようやく落ち着きを取り戻したオーストリアを撫で、2人は抱き合ったまま眠りに落ちた。
あんなに嫌がっていたオーストリアも、やはり夜を共にすれば変わるようで。
スペイン帝国に体を預けて、穏やかに寝息を立てている。
「オーストリア、目覚めてくれないか」
愛のこもった優しい声に起こされて、オーストリアはゆっくりと目を開く。
なんだかすごくよく眠れた、温かくて、この場から離れたくない。
とろんとした目でゆるりと見上げると、昨日旦那様になったばかりのスペイン帝国の顔が映った。
「寝起きでも綺麗なお顔だこと…」
「オーストリアもね」
ちゅ、と額にキスを落とされ、オーストリアはくすぐったそうに身を捩る。
カーテンから注ぐ夏の陽光に当てられ、エメラルド色の瞳が煌めいていた。
ずうっと見ていたら海に引き込まれたような錯覚に陥る、そんな色。
「ほら、もう起きる時間だよ 」
ぽんやりしているうちに見つめすぎたのか、スペイン帝国は恥ずかしそうにくしゃりと笑って、オーストリアの頭を撫でた。
コンコンコン。
2人がベッドに寝たまま戯れていると、朝日を受けて光る豪華な扉からノックの音が聞こえた。
「入れ」
スペイン帝国はすぐに返答し、失礼します、という声と共に扉が開く。
「お嬢様、湯浴みとお着替えを致しますので、こちらへ」
「えぇ」
「旦那様も、昨夜と同じ部屋まで向かいましょう」
「わかった」
それぞれの侍女と侍従に連れられて、オーストリアとスペイン帝国は寝室を出た。
「昨晩はお疲れ様でした。ハーブ水をご用意しているので、お身体を清めましょう」
「はい」
するするする、と薄い夜着を脱がされ、 オーストリアの傷ひとつない玉肌が露になる。
イヤリングと指輪を外されてタオルを巻き、浴槽には爽やかな匂いが立ち込めていた。
オーストリアは侍女に支えられながら片足ずつ水につけ、肩までゆったりと浸かる。
「ふぅ…」
「お身体に触れますね、失礼致します」
優しく丁寧に身を洗われ、汗も何もが流れていく。
オーストリアは優雅に手で水を掬い、暇を潰していた。
「本当にここでやっていけるのでしょうか…」
「お嬢様なら、必ずや素晴らしい妃になれることでしょう。貴女様は聡明で、麗しくて、文化的なご趣味にも富まれています。こんなに素晴らしい女性は他にありません 」
「ありがとう。嫁いでしまった以上、その言葉に相応しくあれるよう務めなくてはなりませんね」
「既に十分なほど務めていらっしゃいますよ」
オーストリアは侍女の言葉に微笑み、昔から付き従ってくれたこの子に礼をしなくては、と考える。
給与、休暇、贈与、今までで1番喜んでくれたのは確か…
そう思い至ったところで、侍女はオーストリアの身体を洗い終えたらしい。
浴槽から上がるように言われ、オーストリアは一度考えることをやめ、素直に従った。
肌触りの良いタオルで身体を隅々まで拭かれ、本日のドレスを選ばれる。
明るい黄色?それとも落ち着いた青色?
情熱的な赤色に、魅惑的な紫色も美しい。
キラキラと宝石飾りの多いものも、控えめながら細やかな装飾があるものも、オーストリアは全て似合ってしまう。
ドレスだけではない。
アクセサリーも合わせなくてはならないのだ。
ロシアからもらったルビーやガーネットのイヤリング、フランスからもらった真珠のネックレス、イタリアからもらったコーラルのブレスレット。
ダイヤモンドが散りばめられたシシィの星も忘れてはいけない。
花飾り、宝石飾り、リボンだって素敵に違いない。
侍女たちは悩みに悩んだが、最終的には、一寸の狂いもない繊細な刺繍が施され、新緑のような若々しさと貴婦人のような高貴さを兼ねる緑のドレスが選ばれた。
アクセサリーには一際目を引くようなペリドットでできたリースに、美しいシシィの星が特徴的なネックレス、鮮やかに輝くトパーズのブレスレット、そして薬指にはスペインとの結婚を象徴する銀の指輪。
「本日もとびきりお美しゅうございます、お嬢様。儀式の成功を確認したのち、朝食となりますので、スペイン帝国様とお向かいください」
「わかりました。では、ごきげんよう」
侍女が扉を開け、オーストリアは優雅にドレスのフリルを揺らしながら部屋を出る。
お付きの侍女を連れて、オーストリアはスペイン帝国を待った。
一方、オーストリアの侍女の1人とスペイン帝国の侍従の1人、そしてトレド大司教は、昨晩新たな夫婦となった2人が過ごした寝室で、儀式の成功を確かめている。
真っ白いシーツには赤い痕がくっきりと残っており、オーストリアは無事に処女を散らして儀式を終えたようだ。
「よかった、これでお二人は正式に夫婦となるのですね」
「今後はお二人のお子様にも期待したいところです、あぁ、楽しみで仕方がない」
「めでたき今日という日に立ち会えたことを、光栄に思います。神に感謝を…」
皆一様にスペイン帝国とオーストリアの結婚を喜び、祝福した。
両一族に繁栄がもたらされる、その第一歩たる2人の婚姻の成功は実にめでたい。
そのおめでたさは、長く続かなかったが。
少しずつ、夫婦は絆を紡いでいた。
「オーストリア、昼は太陽が照って暑いだろう?ゆっくり昼寝でもしよう」
「いけませんよ、仕事はまだまだありますもの」
「今張り切るのはお天道様だけでいいのさ。ほら、おいで」
一歩ずつ距離を詰めていた。
「きゃっ!…もう、ドレスが汚れてしまいますわ」
「洗えば大丈夫だよ、もし嫌だと言うのなら、新しいものを買おう」
「そういうことではありません。私たちは王族なのですよ、こんな昼間から眠りこけるだなんて、はしたないと思われてしまいますわ。わからない方ね」
花嫁は新妻に、そして奥様として馴染んでいった。
「いいじゃないか、俺たちは国を繋ぐ役目を担ってるんだろう?だったら、繋げた後は自由にしていいんだよ」
「立場というものをお考えになって、スペイン帝国様」
「その堅苦しい呼び方をしないでおくれ、俺が悪かったよ」
「わかってくださったのなら良かったですわ、あなたさま」
「かわいい子だな、君は」
「あなたさまの私ですもの」
幸せを分かち、愛おしそうに互いを見つめ、心身ともに誰よりも綺麗な夫婦だった。
ただ、この2人の間に子は生まれなかった。
国の化身から新たな子が生まれない、それは国の繁栄か滅亡そのものを意味した。
新たな国が生まれないくらい栄えているか、この今いる国たちだけで徐々に滅びゆくか。
王族は 近親結婚を繰り返し、純血を保った。
王になる者は、世代を経るたびに体が弱く、精神的におかしな者、奇形児、その他様々なハンデを背負う者が増えていた。
そうして訪れた1700年のこと。
カルロス2世が亡くなると、このスペイン帝国には後継者がいなかった。
かつては元気の有り余っていたスペイン帝国も、この頃は体の不調が増えている。
継承戦争が勃発し、スペイン帝国とオーストリア帝国は、利害が一致しなかった。
フランス王国とスペイン帝国が手を組み、オーストリアはイギリスの側だったのである。
いよいよ結婚生活が破綻し、概念としては敵国同士となり、オーストリアは、本国に連れ戻されることになったのだ。
「このブローチを預けてもいいかな」
オーストリアの出発の日、スペイン帝国は結婚式にも身につけていたエメラルドのブローチをオーストリアの小さな手に握らせた。
一点の曇りなく輝くエメラルドは、こんな時にも美しい。
「せめてもの気持ちだ。俺の代わりだと思ってほしい。君がお金に困ったら、売ってくれても構わないから」
「そんなこと、決して致しませんわ。どうか…どうか、お元気で」
「あぁ。君も、どうか無事でいてね」
2人の会話は、この時代にはこれきりだ。
このスペイン継承戦争はユトレヒト条約により終結を迎え、スペイン帝国はブルボン家が引き継ぐことになる。
フランスとスペインの合併は禁止され、スペイン帝国は、オーストリアとの再開すら叶わぬ動乱に巻き込まれていく。
オーストリアは、愛しい旦那のブローチと古びた結婚指輪を毎日身につけることしかできなかった。
何百年もの時が経って、20世紀のことだ。
スペイン帝国はかつての栄光を失い、フランコ体制下のスペインになっていた。
第二次世界大戦では中立国としているが、20世紀きっての悪者であるナチスに傾きつつある国である。
目まぐるしく情勢の変わり続けていたある日、スペインはナチスに彼の官邸へ招待された。
「ようこそいらっしゃいました、スペイン。歓迎しましょう」
「用件を話せ、お前と関わっていると知られれば碌なことがないのでな」
「まだあのことを怒っているのですか?まあ、いいとしましょう。では、こちらへ」
ナチスはくるりと踵を返して官邸の奥へ進み、スペインはそれについて行く。
背中に定規でも入っているのかというほど正されて姿勢に、どこか読めない気味の悪い目つき。
スペインにはこのドイツを名乗る悪党がどうにも嫌いだったが、立場の違いは歴然だった。
ナチスは地下室に繋がる入り口を開くと、さらに奥へ進む。
「…おい、どこまで行くつもりだ。まさか、俺を殺してここに隠す気か?」
「私の一言で握り潰せるというのに、なぜそんな手間をかけると?少し頼み事をしたいだけですよ」
「参戦はしないぞ」
「はは、いずれそうも言っていられませんよ」
一歩一歩階段を下ってゆくと、鋼鉄の扉が固く閉められていた。
ナチスが小さな鈍色の鍵で開錠し、ギィィ…と耳障りの悪い音を立てて扉が開く。
見た目通りの分厚い扉に隔てられたその部屋の中には、1人の女がいた。
ふかふかとは言えないような簡素なベットに、病院の患者が着るような薄い服。
オリーブ色の瞳はどこか生気がなくて、表情もなんだか浮世離れしている。
「…オース、トリア…?」
「えぇ、そうですよ。彼女はオーストリア、私の妻なんです」
「…は?」
ナチスは放心するスペインを放ってオーストリアの元まで歩み寄ると、部屋の隅に置いていたワイングラスに、どこからか取り出されたワインを注いで、何かを混ぜ、彼女に飲ませた。
「良い子ですね。そうです、しっかり飲みなさい」
「っおい、今オーストリアに何を飲ませた!」
ぼけっとその様子を見ていたスペインが我に帰ると、ナチスからグラスをひったくり、地面に叩きつける。
パリン!といとも簡単に割れたそれを踏みつけて、スペインはオーストリアに駆け寄った。
「大丈夫かい、オーストリア!怖かっただろう、ここにいたんだね…来るのが遅くなってしまってすまない、すぐこんなところから出よう!ほら、手を出して」
ナチスのことなど忘れ、愛しい妻に語りかけるスペインは、何百年ぶりに輝いている。
彼女は指輪もブローチもしていなかった。
きっとナチスのやつが取り上げたのだろう。
だが、彼女が目の前にいるだけでスペインは嬉しくて仕方がない。
ずっと敵対してきたんだ、ずっと離れていたんだ。
しかし、思いが溢れているスペインとは対照的に、オーストリアはなんの反応も返してはくれない。
ぼんやりスペインとナチスとを交互に見比べては、困ったように視線を迷わせる。
「…どうしたの?オーストリア、ほら、早く行こう…?」
そんなオーストリアの違和感に気がつき、スペインの心に気持ち悪い何かが巣食い始めた。
「…まったく。グラスはまあ、いいとしましょう。それより、私の妻に許可なく触れないでいただきたい」
不愉快だ、と言いたげにスペインの手をオーストリアから払い除け、ナチスはオーストリアを撫でる。
「…その子は俺のものだ」
「大昔の話でしょう」
「離婚なんかしていない、まだ俺と婚姻関係にあるはずだ」
ぐっと固く握られたスペインの拳の薬指には、錆びながらも輝きを失わぬ金の指輪。
オーストリアとお揃いだった、オーストリアからもらった、大切な大切な思い出の品。
「ですから、それも大昔のことでしょう?離婚してるとかしてないとか、どうでも良いんですよ。今、この人は私と結婚しているのですから」
先ほど、スペインはオーストリアが指輪もブローチもしていないと確認した。
それはわずかに誤りがある。
オーストリアの指には一応、確かに指輪がはめられていた。
しかし、それはスペインのあげた銀色のシンプルな指輪とは程遠く、ナチスがつけている指輪と同じデザインの、一粒の宝石がよく目立つもの。
ナチスはオーストリアを手に入れて、スペインの痕跡を捨て去り、自分で上書きした。
きっとそんなところだろう。
「そんなことは認められない」
「なぜ?」
「彼女は俺の妻だからだ!」
スペインが感情的になって叫ぶと同時に、ナチスに身を委ねていたオーストリアが、ぱったりと倒れ込んだ。
「オーストリア!!おいお前!俺の妻に何をしたか言ってみろ!ただじゃおかねぇからな! 」
「はぁ、そうですか。妻の目がなくなった途端そんな態度を取るとは、裏表の激しい人だことで」
「そんなことはどうでもいい!あのワインだろう、何を混ぜた!」
怒りに燃えたスペインが怒鳴り散らすものの、ナチスは余裕だと言わんばかりのマイペースさで、スペインの神経を逆撫でていく。
「アモバルビタールという、尋問などに使うものですよ。アルコールと併用させることで、一時的な記憶障害を引き起こせることが判明しましてね」
「記憶障害だとっ…!?」
「普通なら薬が抜けるまでの数日分の記憶しか失わない、または覚えていられないのですが…」
ナチスはオーストリアの頭をさらりと撫で、続ける。
「何度も続けていたせいか、脳神経の一部に損傷が起きたようでして。彼女の頭からは記憶がすっぽりと抜けているんです」
「ぇ…は…?」
「ふとした思い出から、約束事も、重要な過去や、自分が何者で、どんなことをして、何を好んだのかすら、忘れてしまいました」
ですから、とナチスは更に話を続けていたが、スペインにはもう何も聞こえなかった。
頭を殴られたような衝撃に襲われて、ぐわんぐわんと目の前が歪む。
気がつけば、ただ一言だけを呟いていた。
「お前はなぜ、そこまで残酷になれる?」
答えは返ってこなかった。
あるのは、元の彼女が失われたという事実一つのみ。
「オーストリア、今日の気分はどう?」
スペインは甲斐甲斐しく世話をした。
日を追うごとにできないことが増える彼女を。
毎日スペインも気が付かぬ間に薬を飲まされ、その度に気を失って、起きても記憶を失って。
四六時中ぼんやりとベッドに横たわり、話しかけても反応してはくれない。
言葉を忘れているのか、感じることができていないのか、それすらもわからなかった 。
時折部屋を追い出されて、その間にナチスはオーストリアを抱く。
反応のない彼女の小さな体を揺らして、後処理は全てスペイン任せ。
ほとんど意識のない彼女を犯して何がしたいのか、そんなこと知りたくもない。
大切な初体験の記憶を痛みに染めた自分も人のことを言えない、そう思ったこともある。
今はそのことすら覚えていないのだが。
「少しちくっとするよ。君は痛いのが嫌いなのに、ごめんね。でも君のためだから…」
オーストリアは食事を取らなかった。
口元に何かを持って行っても、喉を詰まらせて終わり。
なんとか点滴で命を繋いでいるものの、それだっていつまで用意できることやら。
痩せ細る彼女が可哀想でならなくて、かつての健康的で可愛らしいあの子へ戻ってほしくて、スペインは神へ祈りを捧げることしかできなかった。
どうか、どうか、あの悪魔から我らをお救いいただけますように。
それとも、手を汚しきって信仰の薄れた自分の祈りなんて、神様は受け取ってくださらないだろうか。
悲観するスペインとは裏腹に、願いは神へと届いたらしかった。
ナチスは段々追い詰められていたのだ。
「あのクソガキは調子に乗りすぎたんだ、ね、オーストリア…君を解放してやれる日も近づいてきたよ」
ベッドで横になる彼女を撫でてやり、優しく語りかけるスペイン。
愛しい君のためなら、なんだってできる。
命を賭して守ると決めた君のためなら、なんだって。
しかしまだ、時期ではない。
待っていておくれ、オーストリア。
きっと大丈夫だから。
暗いペリドットはぼんやりとスペインの輪郭をなぞり見て、瞼を閉じた。
あなたが大丈夫と言ってくれるのなら、なぜだか本当にそんな気がしてくるから。
安心して身を任せられる。
もう何もわからなくなってきたけれど、確かにそう思えたような、 気がする。
「すみません、スペインさん。たくさん持ってもらってしまって」
「気にしないでくれ。俺がしたいだけなんだからさ」
自分の肩ほどの背で小柄な彼女が、身に合わないくらいの量の 資料を運んでいたので、スペインは手伝いをしていた。
「お優しいのですね」
「その通りだよ、君にだけね」
「ふふ、おかしな方ですわ」
至って平穏。
彼女は上品に笑って、ペリドット色の綺麗な瞳を向けてくる。
「そうですわ、おかしなことと言えば、最近不思議なものを見つけたのです。聞いてくださる?」
「もちろん。何を見つけたの?」
頼まれていた場所に資料の山を置き、詳しく聞こうと近く椅子へ二人で腰掛けた。
彼女はわざわざ2人分のコーヒーを淹れて、休憩モードである。
「見覚えのない隠し金庫です。私の部屋の壁に埋まっていたのですけれど…タペストリーに隠れていまして、お洗濯しようと思って取り外したら、壁紙が剥がれかけていたところがあって、そこで見つけました」
「隠し金庫か…中身は何だった?」
「それが、わからないのです。パスワード式で…壁紙にはメモが走り書きされていて、ヒントは書かれていたのですが、心当たりがなくって」
そう言ってスマホの画面から写真を見せられると、見たことのある字でこんなことが書かれていた。
『aniversario de boda』
と。
「これは…」
「スペイン語ですよね?」
「…心当たりがないって言ってたね。この言葉の意味は、わかる?」
努めていつも通りに振る舞うが、どうも気分が落ち着かない。
もしかしたら、もしかしたら、そんな期待が止まらなくて苦しくなってくる。
「検索しました。結婚記念日、と」
「…そうだよ、スペイン語でこれは結婚記念日って意味だ。…まさか… 」
「何かわかりましたか?」
「ははは…まあ、多分ね。失礼かもしれないけど、これから君の家に行ってもいいかな?」
スマホを仕舞った彼女に普段通り笑いかけることができ、どことなくホッとした。
焦ってはいけない、期待も良くない。
いつも通りに接していればいい。
「構いませんよ 、仕事はある程度終わらせていますし」
「ありがとう」
2人はコーヒーカップを片付けて、帰り支度に取り掛かった。
「ねぇ、スペインさん」
「なんだい?」
「あの金庫には何が入っているのでしょうか」
「さぁね、俺もわからないよ」
「意外ですね。パスワードがわかるなら、中身も知っているかと思っていました」
「心当たりがあるってだけだよ」
「そうなのですね」
なんの変哲もない会話を繰り返しながら、2人は歩く。
彼女の家は近いところにあるから、すぐに着いた。
「こちらです」
そう言って案内する彼女の後ろを黙ってついて行く。
綺麗にされている木の床と革靴がぶつかって鳴り合う。
彼女の部屋には高級そうなラグが敷かれていて、豪華なベッドの近くの壁には、確かに金庫らしきものが埋められているようだった。
近づいてみると、あの走り書きも健在である。
「随分と古いね」
「昔からあったのでしょうか…全く気が付きませんでした」
「開けてみるね。…確証はないけど」
「お願いします」
結婚記念日。
もしこれが、百年以上前のものなら。
7桁の数字を、一つ一つ確かめるように入力する。
1
0
7
1
5
2
5
1525年7月10日。
スペインとオーストリアの、結婚記念日。
「頼むから、開いてくれ…」
藁にもすがるような気持ちだった。
カチッ。
その音を聞いた途端、スペインの目頭がかぁっと熱くなった。
「あ、開いた…!」
「すごいです、スペインさん!本当に開けられるだなんて!ねえ、頼んでばかりで申し訳ないのですけれど、中身を確認していただいてもよろしいでしょうか?」
「俺はいいけど…中身を見てもいいの?」
「もちろんです!何を入れているかなんて、身に覚えがありませんし…それに、私のことですもの。スペインさんが開けられるパスワードにするだなんて、きっとスペインさんに開けてほしかったのでしょうね」
にっこりと微笑む姿は、あの時から変わらない。
「そう、なのかな…じゃあ、開けるね」
「はい。お願いします」
彼女はいつも、俺のことを応援してくれた。
影から支えて、ずっと側にいてくれた。
震える手を抑え、金庫の取っ手を掴む。
長い間放置されていたせいか、錆びついて中々簡単には開かない。
引っ掛かりがなくなって、金庫が開く。
中には…
「…このブローチと、指輪は…!」
大きくてくすんだエメラルドがはめ込まれたブローチ。
シンプルな銀色の錆びた結婚指輪。
俺がオーストリアに預け、贈ったアクセサリーだった。
そしてもう一つ、古く汚れた紙に書かれたメモ。
これも壁紙の文字と同じように走り書きされたもので、筆跡は記憶を失う前のオーストリアのものだ。
今では誰も書かなくなってしまった字形。
世界で一番愛おしい文字の羅列。
「何が入っていましたの?私にも見せてくださいな」
後ろからオーストリアにせがまれて、俺は金庫の中に隠されていた3つの宝物を出した。
「これだよ」
「やはり古いものばかりですね…私のものだったのか、それとも誰かのものなのでしょうか」
オーストリアは、やっぱり覚えていないようだ。
悲しく寂しいけれど、それは仕方ない。
悪いのはオーストリアではなくて、あの悪魔である。
「……さぁ、ね。でも、この指輪は俺とお揃いなんだよ。つけてみる?」
「いいのでしょうか… 」
「いいよ。ここにあったし、これは君のものだよ」
君にあげた1525年からずっと、この指輪はオーストリアだけのものだ。
ナチスが捨ててなんていなかった、彼女が、彼女自身の手で隠していたんだ。
このブローチと一緒に。
「なんだか、不思議ですね。私はこの指輪を覚えていないのに、指輪は私の指を覚えているみたいにぴったりです」
それはそうだろう、君は何年その指輪をつけていたことか。
そう言いたいの我慢して、似合っているよ、とだけ告げる。
錆びた指輪が似合うなんて言ったら、怒られてしまうだろうか。
それでも言いたい言葉だった。
彼女の記憶喪失は全く治ることはなく、 そのまま新たな人生を歩み、今は新たな記憶を少しずつ刻んでいる。
スペインはそんな彼女を支え続けているが、過去のことは聞かれたこと以外教えていない。
思い出せないことを言ったって、責任感の強い彼女を傷つけて終わる。
そんなことは望んでいなかった。
自然に思い出してくれれば嬉しい、今の熱意としてはそのくらいだ。
「このブローチにはまっているのは…エメラルドでしょうか」
「そうだよ、エメラルドは色が抜けやすいからね。もうずうっと昔のものだし、劣化しちゃったみたいだ」
錆だらけの金具部分と、色落ちして光も返さないエメラルド。
売られてしまったと思っていたのに。
大切に持っていてくれたという事実が心を温める。
あの子は優しい、改めてそう感じられた。
「綺麗なものだったのでしょうね、きっと。スペインさんの目のように素敵な緑色で、輝いていたに違いありません」
「そうなのかな、どうだったんだろうね」
古いブローチをオーストリアに手渡そうとすると、やんわり突き返される。
しまった、こんな劣化したブローチいらないか。
「ごめんなさい、そのブローチはスペインさんがもらってくれませんか?どうにも、私よりあなたのほうが似合う気がして」
オーストリアはシルクのハンカチでブローチを拭い、少しばかり艶が戻ると、俺の服にそっと付けてくれた。
僅かながらも懐かしい重量感。
「やっぱり素敵。スペインさんはアクセサリーの似合うお方ですね」
「…ありがとう、オーストリア 」
約束を守ってくれて。
「ふふ、金庫を開けてくださったせめてものお礼…なんて言い方はおかしいですね、新しいものをご用意してお渡しすべきなのに」
「ううん、これが一番嬉しいよ。本当に嬉しい、ありがとう 」
「そう…ですか?それなら良かったです」
「あ、ねえオーストリア、指輪はどうしたい?欲しいかな?」
「えっと、欲しいです。スペインさんがお持ち帰りされたいのなら、お渡しいたしますが 」
そう言って指輪を外そうとする彼女の手を握って止め、欲しいのならそのまま持っていてほしいことを伝えた。
「俺とお揃いでもいい?」
「はい。むしろ、少し嬉しいくらいですよ」
「そりゃあ照れるな。俺も、君からこれを付けてもらえて嬉しい限りだよ」
今はもう恋人ですらない君に、あの時の面影を感じてしまった罪悪感。
それを上回ってしまうくらいには嬉しかった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るね。体には気をつけて、何かあったらすぐに呼んでおくれ」
これ以上の長居は失態を犯してしまいそうで、ついそそくさと切り上げてしまう。
オーストリアはそんな俺にも嫌な顔一つせず、見送らんとばかりについてきてくれた。
君とは夫婦だったね、オーストリア。
今、君は俺のことをどう思っているのかな。
俺はね、君のことをまだ愛してる。
重いって思われるかもしれないけど、夫婦という証明もできないけど、愛しているよ。
きっと、永遠に。
「あぁ、俺はなんて手癖の悪いやつだろう」
オーストリアの金庫に仕舞われていた古いメモを片手に、スペインはため息をつく。
でも、これだけは一人で読みたかった。
きっと泣いてしまうだろうから。
「許してね、オーストリア」
『拝啓 春風のそよぐ季節になって参りましたね、愛しのあなたさま
これを読んでいらっしゃる方は、 スペイン様だと信じておりますが、もしそうでないのでしたら、これは即刻燃やしてくださいませ。
さて、お時間がありませんので、簡潔に書かせていただきます。
スペイン様、私、最初はあなたとの結婚が嫌でした。
ずっと帝国にいて、仕事をしていたかった。
でも、あなたと出会えたことを後悔したことはありません。
毎日が楽しかったのです。
あなたのエメラルドに恋をしてしまったあの結婚式の日から、不安はさっと霧散して、日に日にあなたとの距離が縮まることに喜びすら感じていました。
好きです、スペイン様。
私はあなたを愛しております。
ずっとずっとお慕いしております。
手紙でしか伝えられなくてごめんなさい。
今、私の元に悪魔が侵略してきているのです。
奴が辿り着いたらきっと、私は殺されてしまう。
だから、この手紙に託しました。
どうか届いていますように。
愛しています、スペイン様。
ずっとずっと、私は永遠にあなただけを見つめています。
敬具』
コメント
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久々の小説心から待ってましたありがとうございます🙇🙇🙇 どこまでも紳士的で初夜でもめっちゃ優しいスペイン最高に尊いです、スパダリ過ぎる、、、責任感が強くてエレガンスなオーストリアと本当お似合い、好き辛い、、、記憶喪失になってしまったのが悔しいです、、、おでこ擦り合わせてキャッキャウフフしてて、、、!