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剥製

 俺の前で寝ている人間。彼女こそ俺が人生で愛したたった一人の人間。

 彼女だけが心の支えだ。だから、一緒にいたい。

 俺一人で寝るのは寂しいから一緒に寝ている。

 「今日も綺麗だね」

 俺は愛人の腕に触れる。体温を感じない。

 指と指を重ね合わせる。鼓動すら感じない指を絡めとり、つなぎ合わせる。

 彼女は寝ている。やけに白い肌。それも愛おしい。

 薄い桃色の唇に接吻をする。味はしない。冷たいだけ。

 俺は寝ている彼女の姿を見て、自然と頬が緩む。

 「変わらないね。君は」

 白いドレスに身を包んだ彼女の体に抱き着く。

 照明が反射して彼女の白さが一層、際立つ。

 それは彼女の美しさが際立っている証拠でもある。

 美しい。まさに芸術。永久に保存したい。

 「君と結婚して今日で3年だ」

 3年前、俺と彼女は婚姻届を出した。

 今でも覚えている。プロポーズを受けた時の彼女のこれ以上ない幸せそうな笑顔。写真にして飾りたい程の笑顔だった。

 もう一度、彼女の笑顔が見たい。俺は彼女の顔に手を伸ばす。

 ダメだ。彼女の眠りを妨げることはしたくない。

 「短かったね」

 彼女との思い出が蘇ってくる。

 初めてのデート。映画館に行った。緊張し過ぎて映画の内容を覚えていなかった。

 君はガチガチの俺を見て、和ますように笑った。おかげで緊張が解れた。

 映画を見た後は君が行きたいといったレストランに行った。食事中に談笑したのが何気に一番楽しかった。

 そのあと、夜景を見に行った。夜景に見とれる君の顔。未だに覚えている。

 何かに目を奪われる君も綺麗だった。でも、そんな君も見れない。

 いつでもいいから目を覚まして欲しい。何年、何百年かかってもいいから目を覚まして欲しい。

 君が目を覚ましたらたとえ死んでも顔を見に来る。

 「あの時間に戻りたいね」

 あっという間だった3年間。でも、人生で一番幸せな時間だった。

 あの時間を永久にループしたい。無茶苦茶な願いをしてしまう程、愛おしかった。

 そんな無茶苦茶な願いでも、君が目を覚ませば叶えられる。

 頼む、目を覚ましてくれ。

 こう願い続けて5年。未だに願いは叶わない。この世に神はいないのだろう。

 「どうやったら君は目を覚ます?」

 君が目を覚まさなくなってから5年。今日まで俺は出来ることをしてきた。

 目を覚ましても不自由が無いよう、君の姿を永久に保存した。

 あの時のまま。俺が愛したあの頃の君のまま。

 俺はすっかり老けてしまった。君が見たらびっくりするかな。

 「俺もああするしかないのかな」

 5年前。全てが止まったあの日。仕事が終わり家に帰ると宙づりになった君がいた。

 机の上には「また会いましょう」とだけ書かれた手紙が置いてあった。手紙は今も大切に保存している。あの手紙は君を感じることが出来る唯一の物だから。

 あれから君は何もしなくなった。だから代わりに俺が全ての面倒を見てあげた。

 俺も同じことをすれば、君は目を覚ますかな。

 一週間、宙づりになった人間と保存状態の良い剥製が見つかった。

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