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花に嵐 4-2



昼の学食は、予想通り凄く混んでいた。

どうにか日替わりランチCセットをモノにした俺は、きょろきょろと辺りを見回す。

窓際の席に目を向けると、目当ての人物をやっと見つけることが出来た。人の間をすり抜けてそこにたどり着く前に、顔を上げた縁がにぱっと笑いかけてくれる。


「席取ってくれてありがとな、縁」

「全然。2限が早く終わってくれたから」


どうぞ、と目の前の荷物をどかしてくれた。俺がそこに座ると、きょろりと周りを見た縁が首を傾げる。


「あれ? 璃空は一緒じゃないの?」


びくっと肩が揺れる。あー、と言いながら割り箸を割った。


「今日は別の奴と食べるって断られた」


2限は別の講義を取っているけれど3限は同じだから、前までは昼休みは一緒に食べていた。そこに縁が混じったりすることもよくあることだったが、断られることは殆どなかったのに。

明らかに肩を落としてしまっていたのか、縁はムッと眉を寄せた。


「別の奴の名前聞いた?」

「いや、そこまでさすがに聞くのはどうかなってさ」


気にならないと言えば嘘になる。でもそこまで聞くのは、友だちにしてはやりすぎだと思ったのだ。璃空だって、時々は別の奴と食いたいだろう。避けられているかもしれない、という考えを頭の外に追い出して、味噌汁に口をつける。


「……本当にばかだよ、もう」

「えっ、ごめん。何て言った?」


縁がぼそりと小声で何か言ったようだったが、味噌汁うめぇ、なんて思っていた俺の耳には届かない。ううん、と首を横に振った縁が笑みを浮かべる。首を僅かに傾げながらもう一回味噌汁に口を付ける。


「それで、僕に聞きたいことって何?」


ごくん、と口の中に入っていた分の味噌汁を飲み込んでお椀を置く。箸もお椀の上に置いて、姿勢を正す。つられるようにして縁の背筋も伸びた。


「ごめん。こんなこと聞くのは失礼だって自覚があるから、先に謝っとく」

「えっ、う、うん。そんなに折り入ったことなの?」

「た、多分。それで……、俺が聞きたいのは」

「うん」


すうっと息を吸って吐き出して。腹を決めてゆっくりと口を開く。


「縁って恋人とどんな事する? あと、されて嫌なこととかあったら、教えてほしい。勿論、答えたくなければ答えなくていいから」


ぱち、ぱち。ゆっくりと縁の瞼が瞬かれて、少しの沈黙。ふっと息を零したのは、縁だった。かと思えば、握り拳を口元に当てて肩を揺らしている。


「……笑うな。自分でもバカなこと聞いてる自覚あるし恥ずかしいから」

「ふふっ、あはは。ごめんね。バカにしたんじゃないんだ。あまりにも洸ちゃんが初心だったから」

「はいはいどうせ俺は経験ゼロですよ。恋愛のれの字もわかんないような経験値ナシ男ですよ」

不貞腐れたように言えば、ごめんって、と笑いながら言われる。全く謝られている気がしない。確かにバカにしているわけではないだろうが、恥ずかしさは増すばかりだ。気を取り直して、箸を手に取って生姜焼きへ伸ばした。つやつやの汁が垂れないようにご飯に乗せるようにして、噛み付く。うん、おいしい。


「そりゃあ恋人だったら、手をつないだりとかキスしたりとかかなぁ」

「手を繋ぐとかキスって、自然としたくなるもの?」

「多くの場合はね」


じゃあ俺の場合はどうなんだろう。いまだに『好ましいとは思う』以上の感情を抱いていない。これじゃあ一生キスなんて出来そうにない。したくなる時なんて、今まで一回も感じたことがない。思うことと言えば、横顔きれいだな、くらいである。


「まあでも別にそれをしなきゃ恋人じゃないわけじゃないから。焦らなくていいと思うけど」

「でもこう……、さ。なんかあるじゃん」

「なんかって?」

「なんかだよ。このタイミング、って時」

「それが、したいな、って思った時かなって僕は思うけど」

「確かにそうか」

「うん」


妙に説得力がある。

じゃあもしもその雰囲気になったとして、俺は出来るだろうか。

例えば、あの夕暮れの教室で、璃空と縁がしてたみたいに。

ドクン、と心臓が変な音を立てる。ドキドキというよりも、少し不穏なそれ。よくわからなくて、胸に手を当ててみるが、もうすでに不穏の影はなく、いつも通りのリズムに戻っている。


「璃空には聞いてないの?」

「え、あぁ、一回聞いてみたんだけどな。でもその時の璃空が、ちょっと悲しそうっていうか、苦しそう? でさ。ごめん忘れてくれ、って切り上げちゃったんだよな」


その時の璃空の顔は、今でも鮮明に覚えている。見た瞬間に、やってしまった、と思った。傷付けてしまったと言えばいいのか、踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったのが、すぐに分かったから。なかったことにして、すぐにゲームの話に変えたのだ。


「……そっか」


縁の声まで少し沈んだように聞こえて、咄嗟に謝る。


「ごめん。やっぱり聞くべきじゃなかったよな。聞けるの、お前と璃空くらいだから甘えちまった」

「あ、ううん! むしろ僕は洸ちゃんに頼ってもらえて嬉しいよ!」

「……うぅ、お前ホント良い奴だよ、縁。ありがとな」


思わず緩みそうになった涙腺を誤魔化すように、腕で顔を隠す。大げさだよ、と縁は朗らかに笑ってくれるのがまた救いだった。

もしかしたら璃空には、ドン引きされてしまったのかもしれない。こう考えれば、避けられてしまうのも頷ける。

縁に対してそうしたように、ちゃんと前置きしてから聞けば、また違ったかもしれない。なんでも話せる相手だから、と突然直球で聞いてしまったのはマズかったと思う。三限の時に時間があったら、ちゃんと謝るべきだろう。


「ね、洸ちゃん。ちょっとだけアドバイスしていい?」

「ん、うん! 頼む!」


再開していた食事をいったん止めて、縁を見る。

縁は真剣な顔で、びしっと人差し指を吐き出してくる。


「キスは絶対に、洸ちゃんが本当に相手のこと好きだなって思った時にしなね。あと、嫌なことは本人に聞いてみるのが一番いいよ。最後に、一時の感情に流されて後悔しないように、ちゃんと話すこと。わかった?」

「――――わかった」


神妙に頷けば、よかった、とまたいつも通りの笑みを浮かべた縁。

本当にいい友だちを持ったと思う。適当にすればいいよ、なんていう奴じゃなくて本当に良かった。こんなに真剣に考えてくれるのだから。

本当は、璃空からも何かアドバイスがもらえたらよかったけれど。

これ以上璃空を困らせないようにしよう。

そんなことを考えなら、淋しいと思う気持ちを日替わりランチCセットと一緒に、腹に落とし込んだ。





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