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下敷きにした数名が十分にのびているのを確認し、辺りにざっと視線を巡らせる。
決して広くはない休憩所が、いまやどこを向いても黒服を身につけた男たちでごった返していた。
一様にギラギラとこちらを敵視する眼差(まなざ)しは、連中の魂胆を端的に表しているようだった。
──引っ捕らえにきたんじゃねえな。 そうすると口封じ。
しかしこいつら、下っ端(ぱ)の猟犬だとは思うが、どこの所属だ?
“影”の他にもこんな奴らがいるなんて知らなかった。
もっとも、組織図を隅々まで把握しているわけじゃないが。
「よぉ、死にたくなかったら二階行くんじゃねえぞ?」
ともあれ握斧を取り上げつつ、床に転がる一名を目線で示す。
肩から侵入した弾丸が、内部でどのような悪さをしたのか定かではないし知りたくもないが、完全に意識を失っている。
“普通は死なないよ”と、彼女は言った。
しかし、普通ってなんだよと虎石は思うのだ。
小口径による銃創ですら、人の命脈を容易に絶つ。
時には、致命的な当たりどころで無いにも関わらず。 “銃で撃たれた”というショックが人を殺すのだ。
ところがあの小娘の拳銃は、見た通りバカデカく、銃口が吐き出す閃光も半端じゃねぇ。
そんなモンに撃たれた日にゃ……。
いや、連中も御遣であるからには、その辺の胆力は備わってるはずだ。
安易にショック死なんて事はないだろうが、双方ともに万が一あっては、アイツに顔向けができねぇ。
それにしても、どこ行きやがった?
どっかの誰かじゃあるまいし、この騒ぎのなか眠りこけてるワケじゃないだろう。
別に心配なんてしやしねぇし頼るつもりもないが、居所だけはハッキリさせとかねぇと心持ちが悪くていけねぇ。
いや、余計なことは考えんな。 とにかく今は──
「ここは客商売だろ? 表でやらねぇかい?」
そうした提案を嘲笑うように、ナイフを閃かせた数名が、俊敏な動作で襲いかかってきた。
舌打ちの間(ま)に身体を屈(かが)めた虎石は、長身を生かしてこれらに足払いを加え、相手の体勢が崩れた隙に激しい蹴撃を見舞ってやった。
ボールのように蹴り出された一名が、出入り口の簡素なガラス戸を突き破り、屋外へ転がり出た。
後を追わず、ちょうど階段を背にする格好で屹立(きつりつ)する。
途端、横合いから別の男が突進してきた。
腰溜めに刃物を据えて、全身でぶち当たってくる腹積もりのようだ。
折りよく片足に引っかかった段差を利用し、跳躍して敵の横っつらに蹴りを入れる。 着地と同時に、手頃な一団に狙いを定めて猛進する。
これを受け、当の黒服たちは蜂の巣を突ついたように狼狽(うろた)えた。
時を経ず、捨て身の突撃を被(こうむ)った彼らは、なす術もなく将棋倒しの憂き目をみた。
「オラどうしたよっ!?」
手早くマウントポジションから拳を二・三発振り下ろし、昏倒させてから別の敵に向かう。
──昨日からこんなのばっかりだ。
言うに言われぬ思いが歯牙を軋ませた。
しかし、取り立てて悪い気分じゃない。
祭りのケンカ。 上等じゃねえか。
闇討ちだとか騙し討ちだとか、その辺のきたねぇ仕事に比べれば、むしろ胸の中がスカッとするくらいだ。
「………………っ」
この連中は果たしてどうなのかと、似つかわしくもない気遣いが湧いた。
こんな下らねぇもんに従事させられて、どう感じてる? 腹の底から納得してんのか?
恨みの刃を振るうのにも胆力はいるが、何の怨恨もない相手に刃を向けるのは、それ以上に酷だ。
そんな事を続けてくうちに感覚がどんどん麻痺していって、終いにはもう、そいつはニンゲンじゃなくなっちまう。
てめえの明日をきちんと見つめてる奴が、こん中に何名までいやがるのか。
「む………っ!?」
この渦中にあって、そうした配意が逆運を招いたか。 床にうずくまる一名の得物が、矢庭に火焔を焚いた。
これが順次 飛び火を果たし、海洋に現れる怪奇な焔のように、辺り一面を縹渺(ひょうびょう)と彩った。
さすがにこいつはマズい。
「トラ!!」
階段の上部から、小娘の声がした。
いいタイミングだ。 ここぞとばかりに大声を張る。
「あのバカ起こしてこい! 簡単には起きねぇ! 水ぶっかけろ!」
すぐさまピンと来たか、色よい返事を残し、スタスタと駆けていく足音が聞こえた。
──さて、それまでが問題だ。
霊威の通わない握斧(コイツ)は、ただ取り回しが良いだけのアウトドア用品に過ぎねぇ。
それに対して敵の得物は嵩高(かさだか)く、いずれも剪定ナイフを大型化させたような悍(おぞ)い見た目をしている。
さすがにあれと打ち合う気にはなれない。
どうやって凌(しの)ぎ切るか。
階上からは再三にわたる“カヤさん!”連呼に続いて、いよいよ業を煮やしたか、どえらい銃声が乱発している。
いくら大量に酒が入ってるからって、あれで起きねぇとは我が相棒も大したタマだと、まるで他人事(ひとごと)のような感懐を覚えた。
「ち……っ」
とにかく集中しろ。
真っ向から切り結ぶのはさすがに危険だが、できる限り懐(ふところ)を攻めるように心掛ければ
「お困りですか?」
その時だ。
聞き覚えのある声音と共に、何処からともなく飛来した真っ白なトゲが幾束(いくたば)か、両者の狭間(はざま)に即席の衝立(ついたて)をこしらえた。
呆気に取られたが、よくよく見ると雪氷を用いた品であると、すぐに判別がついた。
これが浅黒い床に等間隔で突き立ち、見るからに冷ややかな白煙を朦々(もうもう)と上げている。
「……オメー、何しに来やがった?」
「いえ、ご挨拶に伺ってみれば、この有りさまで」
人垣の向こうへ目をやった虎石は、果たして空(うつ)けたように立ち尽くした。
かの大会で見(まみ)えたユキを名乗る女性が、霜を含んだ長槍を手に、粛々と佇(たたず)んでいたのである。
「それにしても、お友達が多いんですね? うらやましい」
「これがツレに見えるってんならオメー……」
皆まで言わず、冷寒な衝立をよじ登って現れた先駆けを認めるや、即座に首根っこをつかまえ、引きずり下ろして絞め落とす。
「もちろん」
一方、柔らかな笑みをたたえた彼女は、長槍の柄を釣竿のように撓(しな)らせたかと思うと、店先を占拠する一群を手もなく薙ぎ払った。
そうして悠然と門戸を利用し、虎石の隣り合いにさっさと身を寄せた。
「ジョークですよ? そのくらいの心得はあります。 それに、病気でもありません」
「そうかよ……?」
複雑な胸のうちが、すなわち苦味走った表情によく表れていたが、彼自身これをどのように扱って良いものか、倦(あぐ)ねている最中だった。
ひとつは安堵かも知れない。
危急に際し、こうして駆けつけてくれた彼女がやけに頼もしく感じられたのは、恐らく気のせいではないだろう。
胸中が混迷を極めるいま、ひとつ ひとつに意味を与えようとすること自体、そもそも無謀なのかも知れない。
とにかく今は、彼女の義理立てに感謝しつつ、この場をどう切り抜けるか考えよう。