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我が家での、初めての食事。
……というのは私だけで、ルークとエミリアさんは私が寝込んでいる間に、軽くではあるものの食事をとっていたそうだ。
最初の食事は一緒にしたかったけど、今回は私が悪かったということで仕方が無いか。
食事をするのは専用の食堂があって、その中心には長いテーブルが置かれていた。
テレビや映画なんかで見覚えのある、外国の貴族や富豪が使うような雰囲気のテーブルだ。
私は部屋の一番奥側……テーブルの端っこの、いわゆるお誕生日席に着いた。
右手にはルーク、左手にはエミリアさんが席に着いている。
メイドさんは、マーガレットさんとルーシーさんが給仕にあたっていた。
マーガレットさんはあわてんぼうで接客が苦手なメイドさん。
ルーシーさんは物静かで読書好きのメイドさん。
給仕は……要るのかな? 慣れないなぁ?
……とは思いつつも、そういうものなのだろうということでそのままお願いすることに。
私は庶民の出だから、お鍋に入ったまま置いてもらえば後は勝手にやるんだけどね。
ただ、上流の文化はそれはそれで尊重したいから、こういう形に従ってみるのも良いのかな……という感じだ。
……正直、落ち着かないんだけどね!
「――うん、美味しい!」
ひとまずスープを口に入れて、最初の感想を言う。
3食とっていないという補正はあるものの、それにしてもとても美味しい気がした。
「アイナさん、今回はマーガレットさんとルーシーさんが作ったそうですよ!」
「へー、これだけ美味しく作れるなんて凄い!」
後ろに控えている二人をちらりと見れば、静かに会釈程度の反応をしてくれた。
さすがプロ、『わーい』とかはさすがに言わないか。マーガレットさんは言うかもしれないと思ったけど。
「私は消化に良さそうなもので助かりますけど、エミリアさんは足りますか?」
「大丈夫ですよ! これくらいの量の時代の方が長かったんですから」
「これからも、これくらいで大丈夫ですか?」
「むぐっ」
作ってもらう兼ね合いもあるし、こういうことは先に伝えておかないといけないからね。
エミリアさんが本気を出したら、それこそ全部食い尽くしてしまうのだから……。
そういった意味では、外食で好きなだけ注文する方が楽は楽か。
「私の家なんですから、我慢しないで大丈夫ですよ」
「では、もっと多めでお願いします!」
「『多め』のラインが分かりませんね……」
「……では、3人前でお願いします!」
「えっ」
その言葉に、マーガレットさんとルーシーさんが一瞬ギョッとした。
私も思わず声を上げてしまったのだが――
「……それで足りるんですか?」
「……ひとまずは……?」
エミリアさんの言葉を受けて、マーガレットさんとルーシーさんは顔を見合わせていた。
彼女の本気を見たら、この二人は何を思うのだろうか……。
とりあえず、次から作ってもらうのは5人分でお願いすることにしよう。
もしかして、月の食費を上げなければいけないかも……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食後に、クラリスさんを呼んでいろいろと話をすることにした。
まずは先ほどの、食事と食費の件。
これについては月の予算の中に、お客様を呼んだ際の食費も含まれているため、それを充てればひとまずは不要とのことだった。
お客様を呼ぶようになったらまた相談させて欲しいということだったので、それは了解した。
次に、残りの使用人を雇う件。
具体的には庭仕事や警備をする人を確保する件だ。
昨晩は、ルークが見張りを行っていたそうだ。
いつもこういう仕事をさりげなく引き受けてくれて、まったくありがたい限りである。
「……毎日ルークにお願いするわけにはいかないから、早々に決めないといけないかな」
「はい。王都はそこまで犯罪が多くないとは言え、強盗などはやはりありますから。
しかもアイナ様は高位の錬金術師様。金目のものがあると思われてしまうでしょうし……」
「あとは庭仕事……、と。
うーん、ピエールさんに相談で良いのかな」
「特に伝手が無いようでしたら、それが確実かと思います。
こういった業者の中には、怪しいところもありますので」
うーん、なるほど。
確かにメイドさんは少しクセはあるとはいえ、基本的には良い子ばかりだからね。
そういった意味、ピエールさんの仕事の実績は既にあるだろう。
「それじゃ、ピエールさんにお願いするということで、連絡を取っておいてくれる?」
「かしこまりました。
その際に、裏庭のテーブルセットも相談させて頂きましょう」
「裏庭のテーブルセット……?
あれ、クラリスさんにその話はしたっけ?」
ルーシーさんから要望のあった、裏庭で休憩したいという件。
テーブルセットを用意しようとは思っていたのだけど――
「はい、昨日アイナ様が倒れられる直前に。かなりお辛そうではありましたが……」
「ああ、ごめん。まるで記憶にないや……。
他には、何か言ってた?」
「お屋敷で使う石鹸などを頂ける、ということも仰られていました。
でも、それくらいでしょうか」
倒れる前の私、結構いろいろ話してたんだね。自分でもびっくりだ……。
「それじゃ、石鹸とかは明日にでも渡すね。
マーガレットさんにはもう渡したんだけど、皆の使う分も作るから待っててね」
「え? 私共にも頂けるのですか?」
「あれ? マーガレットさんには言ったはずだけど……」
「何も聞いていませんね……」
「……あ、そうか。確か紅茶の件で悩んでいたんだっけ」
「紅茶……ですか?」
それも聞いていないのかな?
ひとまず、事のあらましを全て伝えてみる。
「……そんなことがあったのですか。
彼女には、しっかり報告するように指導しておきましょう」
クラリスさんは、静かな声でそう言った。
どこか怖い雰囲気を滲ませながら……。
「最初なので、お手柔らかにね……。
さて、今回はそれくらいかな? クラリスさんの方からは何かある?」
「そうですね。昨日マーガレットさんとキャスリーンさんの様子がおかしかったので心配していたのですが……。
マーガレットさんは紅茶の件と理解しましたが、キャスリーンさんはどうしたのでしょう」
「あー……、そっか。
さすがに、本人からはなかなか言えないよね」
そうは言っても、あんなに周囲を巻き込んで、感情の波を出してしまったら――
……さすがに、何かしらの説明をしなければいけないか。
「うーん。それじゃ、ひとまずはここだけの話ね?」
「かしこまりました」
静かに頷いたクラリスさんに、キャスリーンさんの身体に付けられた傷と、それを治したことを説明する。
クラリスさんは話を聞くうちに、複雑な表情を見せていた。
「……とまぁ、そんな感じ」
「虐待の傷……。なるほど、だから皆の前では着替えるのを隠していたのですね……。
しかし信じられません、古傷を治してしまう薬だなんて……」
「材料が特殊なものだから、正直言って私くらいしか作れないと思うよ」
特に『疫病ウィルス<6822型>』なんて謎の代物、『疫病のダンジョン・コア』を触媒に使える私くらいしか確保できないのではないだろうか。
他にも『竜の血』やら『高級ポーション(S+級)』やらが必要だし……。
「あの、その薬というのは……まだ残っていますか?」
「うん。クラリスさんも治したいところ、ある?」
包丁で指を切ったりしても、跡が残っちゃう場合があるからね。
特にメイドさんはそういったことも多いだろう。そんな軽い気持ちだったのだが――
「はい……。
見て頂けますか、私の背中を……」
そう言うと、クラリスさんは突然服をたくしあげて背中を見せてくれた。
そこには、刃物で付けられたような、大きな十字の傷跡が残されている。
「え……? これって……」
「前の主人曰く、私に科せられた『罪の証』……だそうです」
「罪って……何かしたの?
……ううん、それはいいや。治しちゃう?」
「何も聞かれないのですか? 雇っている人間がこんな印を付けられて――
え? ……あ、あの。アイナ様……?」
……どうにも視界が歪んでくる。悲しみで胸がいっぱいになる。
どうしてこの国の人は、こういう残酷なことをするのだろうか。
いや、それは一部の人間なのだろう。限られた一部なのだろう。
「……クラリスさんが、自分のことを正しいと思っているなら治したい。
胸を張って、そう言えますか?」
しばらくの間。
そのあと、クラリスさんは声を震わせながら、顔を両手で覆いながら言った。
「私は……正しかったです。
どうか、この|縛《いまし》めから、逃がして頂けますか……?」
……沈痛な声。
その声は、私に新たな目標を抱かせた。