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惑星テラ・ノヴァ。
油田の確保と電力革命を経て、前線基地(FOB)の機能は飛躍的に向上していた。
だが工藤創一には悩みがあった。
それは、自身の「手」がふさがっている時間が長すぎることだ。
基地の広場。
創一はパイプ椅子に座り、虚空に表示されたプログレスバーをじっと見つめていた。
彼の周囲ではナノマシンの光が渦を巻き、分厚い鋼鉄の板を複雑な形状へと編み上げている。
「……長い」
創一はぼやいた。
現在クラフト中なのは軍事技術の結晶——『ヘビーアーマー(Heavy Armor)』だ。
前回の戦闘で「ライトアーマー」の有用性は証明されたが、酸に弱く、耐久性に不安が残った。
そこで鋼鉄(Steel)をふんだんに使用した上位装備の開発に着手したのだ。
だが、その製作時間は想定外だった。
「まさか、一着作るのに一時間もかかるとは……」
ゲーム内では数秒で終わるクラフトが、現実の物理法則と複雑な構造ゆえに、膨大な時間を食っている。
50枚もの鋼鉄板を圧縮し、積層装甲にし、関節部のサーボモーター(ナノマシン駆動)を組み込む。
その工程は、職人が一生かけて作る甲冑を、一時間で組み上げるようなものだ。
「……あと5分」
創一はコーラを啜りながら待った。
その間、彼は何もできない。
他のクラフトも、建設もできない。
ただの待機時間だ。
工場長にとって、アイドルタイム(無為な時間)ほど苦痛なものはない。
カシャン! シュゥゥゥ……。
ついに光が収束した。
目の前に鎮座するのは、鈍い銀色に輝く重厚な金属の塊。
もはや服ではない。
人間が乗り込む「パワードスーツ」に近い。
「完成だ……!」
創一は立ち上がり、その鋼鉄の巨体に触れた。
冷たく、硬い。
だがナノマシンの制御下にあるそれは、主の意志に従順だ。
「装着!」
コマンドを念じると、アーマーが展開し、創一の体を包み込んだ。
ガシャコン! ウィーン!
各部のロックがかかる音。
視界にはHUD(ヘッドアップディスプレイ)が起動し、周囲の情報が奔流のように流れ込む。
「……重くない」
創一は腕を動かし、その場で軽くジャンプしてみた。
総重量は100キロを超えているはずだが、内部のアシスト機能により羽のように軽い。
いや、生身よりも速く動ける気がする。
「よし、試運転だ。
権田隊長! ちょっと相手をしてくれませんか?」
創一は広場の隅で訓練中だった防衛隊に声をかけた。
「……本気ですか、工藤さん」
訓練エリア。
権田隊長と屈強な精鋭隊員三名が、模擬戦用のゴムナイフと警棒を構えて対峙していた。
対する創一は素手。
ただし全身を『ヘビーアーマー』で覆っている。
「ええ、この装備の性能をテストしたいんです。
手加減なしでお願いします」
「いくら装甲が厚くても、中身は素人でしょう。
関節技や投げには弱いはずだ。……怪我をさせないように制圧するぞ」
権田が目配せすると、三名の隊員が一斉に散開し、死角から創一に襲いかかった。
彼らはCQC(近接格闘術)のプロだ。
重装備の相手を転ばせるなど、造作もない——はずだった。
ヒュッ。
先頭の隊員が警棒を振り下ろした瞬間、創一の姿が消えた。
いや、消えたのではない。
隊員の動体視力を超える速度で踏み込んだのだ。
ガキンッ!
「ぐわっ!?」
金属音が響き、隊員が吹き飛ばされた。
創一は警棒を受け止めたわけではない。
ただ一歩前に出て、鋼鉄の肩で体当たり(ショルダータックル)をしただけだ。
それだけで大の男が、トラックに撥ねられたように宙を舞った。
「なっ……!?」
「速い!」
残る二人が左右から組み付こうとする。
関節を極め、重心を崩す狙いだ。
だが創一は微動だにしなかった。
「……動きません! 岩みたいだ!」
「そこ、隙だらけですよ」
創一が軽く腕を振るう。
それだけで、しがみついていた隊員たちが枯れ葉のように振り払われ、砂煙を上げて転がった。
圧倒的な質量と出力の差。
「馬鹿な……。
技術も何もない、ただの力押しで……!」
権田が愕然とする中、創一は軽くステップを踏み、ボクシングのような構えを取った。
その動きは滑らかで、駆動音ひとつしない。
「どうです? まだやりますか?」
「……いや、降参だ」
権田は武器を下げた。
勝負にならなかった。
子供がプロレスラーに挑むようなものだ。
一部始終を見ていた日下部が、観覧席から降りてきた。
その顔色は興奮で紅潮している。
「凄い……!
完全に体を覆う要塞のような装備、それでいて運動性能は向上している……!
戦闘のプロが子供扱いだ」
日下部は創一の鋼鉄の胸板を、コンコンと叩いた。
「このヘビーアーマーだけで国益になりますね。
もしこれを装備した歩兵部隊を編成できれば……」
「バイターどころか、各国の特殊部隊にとっても脅威でしょうね。
戦車随伴歩兵の概念が変わります」
権田も認めざるを得なかった。
この装備があれば、生身の兵士が装甲車並みの防御力と機動力を手に入れることになる。
市街戦や閉所戦闘において、無敵の存在になるだろう。
「……ですが、問題はコストですね」
創一がヘルメット(フェイスガード)を開き、汗を拭った。
「これ一着作るのに、鋼鉄板(Steel Plate)50枚とライトアーマー1着が必要です。
鋼鉄50枚ってことは、鉄板換算で250枚。
鉄鉱石なら……うへぇ、考えたくもない量だ」
日下部が計算し、顔をしかめた。
「凄まじい資源消費ですね。
現状の生産ラインでは、全隊員分を揃えるのは不可能に近い」
「ええ。
それに製作時間もかかりすぎます。
俺がつきっきりでクラフトしても、一日10着も作れません」
「うーむ……」
一同は唸った。
性能は最高だが、コストと生産性が最悪だ。
だがバイターの進化は待ってくれない。
「とはいえ、ライトアーマーだけでは強化された中型バイター相手だと防御が不安です。
酸への耐性はありますが、物理的な打撃には弱い。
前線に立つ隊員——特に鬼塚さんや突入班の分だけでも、ヘビーアーマーを量産しないといけないですね」
創一は結論を出した。
「コストはかかりますが、命には代えられません。
鋼鉄の生産ラインを拡張して、少しずつ配備していきましょう」
「了解しました。
政府としても追加の予算——いや、鉄材の現地調達支援を惜しみません」
日下部が力強く頷く。
最強の鎧は手に入った。
あとはそれを、どうやって数を揃えるかだ。
試運転を終え、アーマーを脱いだ創一は、司令室でイヴと今後の計画を練っていた。
手作業でのクラフトに一時間も取られたことが、彼にはトラウマになっていた。
「……もう嫌だ。
あんな風に、じっと待ってるだけの時間は懲り懲りだ」
『マスター。
手作業(ハンドクラフト)への依存度を下げるべきです。
工場の規模が拡大するにつれ、要求される中間素材の量は指数関数的に増大します。
これ以上、貴方自身の時間をリソースにするのは非効率です』
「全くだ。
俺は工場長であって、職人じゃないんだ」
創一は技術ツリーを確認した。
自動化への道。
それを推し進めるための新たな研究。
「次の研究は……これだ。
『電気式研究所(Electric Lab)』」
これまでの研究所は初期型の設備で、解析効率も悪く、電力網への負荷も最適化されていなかった。
この研究により、研究所自体の性能を底上げし、完全な電力制御下に置くことができる。
『研究を開始します。
……これで燃料(石炭)を直接投入する必要がある設備は、ボイラーと車両だけになりますね』
「ああ。随分と近代的になったもんだ。
イヴ、電気式への置き換えが完了したら、次はどうする?」
『今後の予定ですが、手作業のクラフトを減らすために『組立機1(Assembling Machine 1)』を積極的に設置していくことを推奨します』
イヴがマップ上に青写真を展開する。
『これまでは、必要なアイテムをその都度マスターが手作りしていました。
ですが、ヘビーアーマーのように長時間かかる製品や、大量に使う中間素材(歯車、銅線など)は機械に任せるべきです』
「でも、まだ全自動のベルトラインを組むのは、場所と資材が足りないぞ?」
『完全なラインである必要はありません。
「半自動化(Semi-Automation)」で十分です』
イヴが提示したのは、シンプルな構成だった。
組立機を設置し、その入口と出口に「チェスト(収納箱)」を置くだけ。
インサータで材料を入れ、製品を取り出す。
『材料を入り口のチェストに放り込んでおけば、組立機が一日中、勝手に生産を続けてくれます。
マスターは一日の終わりに、出口のチェストから完成品を回収するだけ。
このサイクルを回すだけで、生産効率は何倍にもなります』
「なるほど……!
『放置生産』か!」
創一は膝を打った。
ラインを綺麗に繋げなくてもいい。
材料さえ突っ込んでおけば、自分が寝ている間も、遠征している間も、機械が働き続けてくれる。
これぞ工場の醍醐味だ。
「よし、それで行こう。
まずはよく使う『弾薬』と『壁』、それに『鉄の歯車』の半自動ラインを作る。
そうすれば俺は、もっと創造的な仕事に時間を使える」
創一は伸びをした。
「いやー、それにしても参ったよ。
ヘビーアーマー作るの、マジで1時間かかったからなー。
その間、本当に何も出来なかったし……。
ゲーム由来のクラフト能力が、ここに来てリアル時間を食うようになって来たね……」
ゲームなら一瞬で終わるプログレスバーが、現実では重くのしかかる。
この「待ち時間」こそが、現実世界における最大のコストだ。
日下部が呆れたように、コーヒーを差し出した。
「……不便と思われがちですが、工藤さん」
「ん?」
「あの『歩く要塞』のような鎧を、たった一時間で、しかも一人で作れること自体が常識外れなんですよ?
普通の重工業なら、設計から製造まで数ヶ月、いや一年はかかります」
日下部は苦笑いしながら言った。
「『一時間もかかった』じゃなくて、『一時間で作れた』んです。
貴方、感覚が麻痺してますよ」
「……あ、そっか」
創一はポカンとした。
言われてみればそうだ。
戦車並みの装甲服を、ランチ休憩の時間で作ってしまったのだ。
地球の軍需産業が聞いたら、卒倒して抗議してくるレベルのスピードだ。
「あはは……。
まあ俺にとっては遅いんですよ。
Factory must grow。止まってる暇はないんです」
創一は笑ってごまかした。
だが日下部の言う通り、彼の感覚はすでに常人のそれではない。
ナノマシンと、超効率に最適化された思考。
それは彼自身が、すでに工場の一部と化している証左でもあった。
窓の外では、新しく設置された組立機が規則正しい機械音を立てて動き始めていた。
ガションガション……。
それは人類が忘れかけていた「生産の喜び」の音であり、同時に止まることを知らない欲望の足音でもあった。