エネアがダンジョン二層をクリアしてしばらく進んだところ、ふと気づくと周囲の雰囲気が変わっていた。温泉の湯気が消え、代わりに冷たい風が吹き抜ける暗い洞窟にたどり着いた。エネアはその静けさに警戒を強めつつも、前に進んでいく。
すると、洞窟の奥から数人の魔族の姿が現れた。彼らはエネアに気づくと、慎重に距離を保ちながら、彼女を見つめていた。角や尾、牙を持つ彼らの姿は、人間とは異なり、まるで異世界の存在だ。しかし、どこか不思議な親しみやすさを感じる。
「あなたは…このダンジョンの住人?」とエネアが尋ねると、一人の魔族が前に出て、静かに頷いた。
「はい、僕たちはこの三層の上層に住む魔族です。このダンジョンを守る存在ですが、あなたに害を加えるつもりはありません」
その言葉にエネアは安心し、少し表情を和らげた。魔族たちは見た目は恐ろしいが、敵対的な様子はまったくない。それどころか、どこか心配そうな様子で彼女を見つめていた。
「あんたがここまで来る冒険者なら、強い毒耐性が必要だろう。この先は毒を扱う魔物が多く、普通の人間では危険だからな」と別の魔族が言いながら、彼女に近づいた。
「…私、今はまだ毒耐性が付与されているから、魔力が無駄になっちゃうよ…?」
と エネアが言いかけた瞬間、魔族の一人が静かに手を差し出した。
「…それでも、僕たちがさらに強力な毒耐性を付与します。これで、どんな毒にも負けないようにしてあげます」
その言葉にエネアは驚きつつも、魔族たちの親切心に感謝した。彼女は素直にその提案を受け入れ、魔族たちが慎重にエネアの体に手をかざし、魔法のような力で毒耐性を強化してくれた。…!これ、私が前に毒耐性をかけられた時と同じ様な感じ…。
「これで、もう毒に対する心配はねえぞ。あんたの安全を祈ってやるよ。」と強気そうな魔族は言った。
エネアはその優しさに心から感謝し、笑顔で言った。「ありがとう!前も助けてくれてたよね…!こんなに助けてくれるなんて、まさかこのダンジョンでこんなに親切な人たちに出会えるとは思わなかった。あなたたちのおかげで、これからも安心して進めそう!」
その笑顔に魔族たちは一瞬驚き、そして戸惑いながらも顔を赤らめた。魔族という種族は、人間と接する機会が少なく、その温かさや優しさに触れることは滅多にない。ましてや、彼らの存在に対して普通の冒険者なら恐怖や警戒を持つはずだ。しかし、エネアは何の偏見もなく、純粋に感謝の気持ちを示してくれた。
「あなた…本当に優しいんですね」と、魔族の一人が静かに言葉を漏らした。
エネアは少し照れたように笑って、
「そんなことないよ。助けてくれるなら、お礼を言うのは当然でしょ?」と返した。
その無邪気な言葉に、魔族たちはますます心を揺さぶられた。長い間、外界との接触を断っていた彼らにとって、エネアのような存在はまるで光のようだった。彼女の強さ、そして何よりもその温かい心に、彼らは次第に魅了されていった。
「…もし、また困ったことがあれば、僕たちに頼ってください。あなたのためなら、何でもしますから」と、一人の魔族が真剣な眼差しでエネアに告げた。
エネアはその言葉に少し驚きながらも、
「ありがとう!みんなのおかげで、本当に心強いよ!」
と再び笑顔を見せた。その笑顔が、魔族たちの心をさらに深く捉えていた。
彼らはそれぞれが密かにエネアへの特別な感情を抱き始めていた。勇敢で、強く、それでいて優しい彼女に対する思いは、ただの感謝や敬意を超えて、恋心へと変わっていく。だが、エネア自身はその無自覚な魅力に気づくことなく、魔族たちの親切を素直に受け入れ、前に進んでいく。
その背中を見送る魔族たちは、心の中で彼女への思いを秘めながら、再び静かに洞窟の奥へと姿を消していった。
「お前…、あの娘を助けすぎじゃないか…?」
そう言いながら、強気そうな魔族は弱きそうな魔族を見た途端、衝撃を受けた。
「へ…!?そうかな…。な、なんか助けたくなるんだよね…。 」
目を逸らしながら頬を染めて言い訳を始め、動揺しているのだ。分かりやすかった。
そんな弱気そうな魔族を見て、強気そうな魔族は慌てながら振り回す。
「正気に戻れ!元々は同じ差別されている側の人間だから、助けていただけだっただろ!
しかも向こうは人間だぞ!?ダンジョン生物である俺たちと人間で夫婦になるのには無理があるだろ!」
「た、ただ僕はあの子の泣いてる姿が見たく無いのと、守ってあげたいだけだー!!!!好きという訳じゃないって!酔う酔う!酔うから止めてよ!?」
強気そうな魔族は振り回すのを止めて、弱気そうな魔族に言い聞かせる。
「それを好きだと言うんだろ…!?
怯えていても、生き抜く為に俺達を笑顔で優しく接し、味方が来た途端に裏切った人間を知っているだろ!これまでだって、仲間が焼死体で見つかっただろ…。
本当に、助けるなら、怯えられないようにやれ!いいな…!」
「…うっ、うぅ…。分かったよぉ…。」
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