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その夜、侃はひとり、鬼殺隊本部の裏庭に佇んでいた。夜の風は凍るように冷たく、木々の隙間を吹き抜けていく。
だが、彼の顔にはなにも映っていなかった。
冷たいはずの風よりも冷たく――その瞳は、静かに宙を見ていた。
「……帰ってこられた、だけマシか」
つぶやいた声に、誰も返事はしなかった。
返せる者など、いなかった。
⸻
柱合会議――翌日
「……再会、したんだな。猗窩座と」
侃の報告を聞いて、先に口を開いたのは冨岡義勇だった。
彼はどこか、侃と似た“寡黙な気配”を持っていたが、それでも表情が動いた。
「怪我はないのか?」
「ありません。斬れませんでしたけど」
その言葉に場の空気がぴたりと止まる。
隣で胡蝶しのぶが目を細め、少しだけ硬い笑みを浮かべる。
「……どうして斬れなかったのか、理由を聞いてもいいかしら?」
「……個人的な理由です」
侃はそれだけを言った。
目を伏せ、姿勢を崩さないまま、誰にも踏み込ませない壁を作るように。
「感情が入ることもあるさ」
煉獄杏寿郎が、穏やかな声で言った。
「俺だってそうだ。侃、お前は侃のやり方で、心を持って剣を振ればいい」
侃はちらりと彼を見た。
「……ありがとうございます」
そのときだけ、侃の口元がわずかに動いた。
笑った、と言うにはあまりにも儚い。
けれど確かにそこに、**“温度”**があった。
しのぶも義勇も、それに気づいたのか、なにも言わなかった。
彼が「信頼している相手にだけ心を見せる」ことを、理解していたからだ。
⸻
夜。猗窩座の葛藤
「……あの目、忘れられねえな」
猗窩座は深い森の中に佇みながら、拳を見つめた。
あの時、確かに侃の刃は自分を殺せた。
それでも、切らなかった。
“甘い”
“隙だらけ”
“情に流された”
鬼としての自分がそう言う。
だが、それでも――
「……良かった」
心のどこかで、そう思っている。
(斬られなくて、良かった)
あの少年の手が、自分を拒絶しなかったことが、胸に静かに灯を灯していた。
「……けど、あいつが“鬼”になったら、俺は――」
言葉を途中で切る。
その先を考えるのが、怖かった。
⸻
そして、再び迫る“影”
鬼舞辻無惨は、すでに動いていた。
侃の血――その強さに、執着のような興味を抱いた無惨は、猗窩座以外の刺客も動かし始めていた。
「“凛柱”を鬼にせよ。
あの少年こそ、人間の完成形に近い。
鬼に取り込めば、私に代わる“核”にもなりうる」
その言葉を、猗窩座は陰で聞いていた。
血が、凍るような感覚だった。
(……あいつを鬼にして、無惨の器に?)
(ふざけるな。そんなこと、絶対にさせるか――)
⸻
柱たちとの夜
その夜、侃は煉獄・義勇・しのぶと小さな炊事場で食事を取っていた。
こうした時間はめったにない。
それだけに、柱たちは侃の様子を静かに見守っていた。
煉獄「今日のおかずは焼き魚だ!凩、もっと食え!」
侃「……ありがとう。煉獄さん、いつも焦がしてるのに今日はうまいですね」
煉獄「おおっ!?それは褒められてるのか!?しのぶ!」
しのぶ「微妙なところですね。でも、ほら……」
と、しのぶがふと、侃を見て微笑む。
「凩くん、ちゃんと笑えてますよ」
その一言に、義勇が少しだけ目を伏せた。
「……昔と違うな」
「そうですか?」
侃は淡々と返す。けれど、その頬はわずかにゆるんでいた。
⸻
だがその笑顔を、見ていた者がいた。
木の影。遠くの樹上。
猗窩座はその光景を、静かに見つめていた。
仲間に囲まれ、笑っている侃の姿。
“あのとき自分にだけ見せた笑顔”が、今は別の者に向いている。
その胸に、焦げつくような痛みが走った。
「……もう、お前は――あの頃の坊主じゃねぇんだな」
爪を立てる拳が、木の皮を抉った。