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夜明け前の空は、誰にも見えない傷のように、淡く、鈍く、広がっていた。
上弦の参・猗窩座は、森の中の巨岩に腰かけていた。
風は冷たい。だが、その温度すら、もう肌には感じられない。
鬼になって久しい。
“痛み”も、“寒さ”も、“渇き”も――何も感じなくなっていた。
だが、あの目だけは、焼き付いて離れない。
「……また、あんな目で……見られるとはな」
あの少年――凩 侃。
人間のままで、あそこまで強くなっていた。
あの時の弱く、必死で、自分の後をついてきた子供とは違う。
だが、根底にある“心”は――変わっていなかった。
「……でも、もう、俺とは違う場所にいる」
そう呟いた声に、影が応えた。
「情に流されたな、猗窩座」
森の奥、影のように現れたのは――鬼舞辻 無惨だった。
「貴様の“迷い”があの少年を守った。だが、今度は許さぬ」
「……」
「凛柱・凩侃。あれは、私の“器”となる存在。
人間などでは終わらせぬ。“鬼”として、永遠を共にさせる」
「ふざけるな……!」
怒鳴りかけた猗窩座の喉を、無惨の冷たい“気”が締めつけた。
「命令だ。次に接触したとき、“連れてこい”。
拒めば――貴様も終わりだ」
言い終えると同時に、無惨の姿は闇に溶けた。
残されたのは、焼けつくような命令の余韻と、己の無力感。
「……俺は、また……守れないのか」
猗窩座の拳が、岩を叩き割る。
⸻
鬼殺隊本部――朝
その頃、凩侃は本部の庭で鍛錬をしていた。
無言の型。静かな足さばき。
柱であることを自らに課すような、正確無比の動き。
そこへ、ある人物が足音を立てずに現れる。
「……侃くん。少し、話してもいい?」
それは胡蝶しのぶだった。
優しい笑顔。けれど、その眼差しは鋭い。
「……鬼になりかけた子を見たことがある。炭治郎くんのこと、知ってるわよね?」
侃は微かに目線を動かす。
「あなたにも、あの時の炭治郎に似た“兆し”があるの。
感情と力のバランスが、いま――とても危うい」
「……鬼にはなりません。俺は、人間です」
しのぶは少しだけ、悲しそうに笑った。
「そう……なら、いいのだけれど」
それだけ言って、彼女は去っていった。
侃は、ふと自分の手を見る。
手のひらが、少しだけ震えていた。
(俺は……)
(鬼じゃない。鬼になんて、なりたくない)
(……でも)
(会いたいと思ってしまった。戦いたくなかったと思ってしまった――あの人に)
⸻
柱の間でも――“疑念”が広がる
「猗窩座との関係が、浅くないってことは確かだな」
不死川実弥が、口を開いた。
会議室には数名の柱。鬼の動向と、侃の今後を協議していた。
「感情を引きずるな。柱だろうが、情を挟めば死ぬ」
「……実弥、それでも彼は斬るべき時に、刃を振るった。結果、敵を逃したとしても、それを責められる筋合いはない」
義勇が珍しく口を挟む。
「だとしても、“無惨が動いてる”となれば話は別だ」
しのぶが静かに補足する。
「……最悪、侃くんが“鬼にされる”危険性も考慮して、対処を……」
言い切らないうちに、煉獄が立ち上がる。
「凩を信じよう。
彼は人間として、ここまで来た。
俺は信じたい。あの少年の“凛”を、心の剣を」
沈黙。
それぞれの想いが、ぶつかることもなく、交差していった。
⸻
一方その頃――猗窩座は
“決意”していた。
無惨の命令に従えば、侃は鬼になる。
逆らえば、自分は消される。
だから――その前に、“連れていく”。
自分の意思で、侃を連れて逃げる。
人間のままで、どこか遠くへ。
「もう、殺したくない。
あの目を、泣かせたくない」
初めてだった。
誰かの“ために”動こうとする自分を、猗窩座は理解していた。
⸻
次回――運命が動き始める
侃のいる場所に、猗窩座が再び現れる。
連れていくために。
奪うために。
あるいは――守るために。