テラーノベル
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「……おい。何やってんだお前ら」
背筋が凍るような、低くて温度のない声。
工くんはバレーボールの直撃を受けたとき以上にビクッと肩を跳ねさせ、繋ぎかけていた私の手をバッと離した。
振り返ると、そこには私服姿(でもどこか清潔感がある)の白布先輩が、りんご飴を片手に冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。
「し、白布さん!! な、なぜここに!?」
「なぜも何も、地元だろ。……それより五色、お前そのぬいぐるみ、何回やって取った」
「えっ、あ、二回です! 二回で仕留めました!」
工くんはなぜか直立不動で報告する。白布くんはじろりと棚の景品を見やり、それから私の腕に抱えられた白鳥のぬいぐるみを見て、鼻で笑った。
「二回もかかんのかよ。一発で落とせよ、エースだろ」
「うっ……! そ、それは……前原が横からプレッシャーを……!」
「人のせいにすんな。……つーか、前原」
白布くんの鋭い視線が私に向けられる。
「あんまりこいつを甘やかすな。図に乗って練習中もニヤニヤし始めたら、俺がトス上げねーぞ」
「ふふ、すみません白布先輩。工くんが頑張って取ってくれたのが、あんまり嬉しくて」
私がわざとぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて見せると、工くんは「嬉しくて、とか……っ」と横で再び沸騰し始めた。
白布くんは心底「面倒くせえ」という顔をして、りんご飴を一口かじった。
「……五色。お前、鼻の下伸びてんぞ。締まりのないツラすんな、白鳥沢の面汚しが」
「伸びてません!! 俺は常に引き締まった表情を……!」
「うるせえ。……ほら、これ。お前らで食え」
白布くんは、自分が持っていた袋の中から、なぜか二つ入りのベビーカステラを工くんの手に押し付けた。
「えっ、いいんですか!?」
「買いすぎただけだ。……じゃあな。門限遅れるなよ、明日も朝練だ」
それだけ言い残して、白布くんは人混みの中へと消えていった。
残されたのは、ベビーカステラの袋を持って呆然とする工くんと、笑いを堪える私。
「……白布さん、なんだかんだ優しいね」
「……ああ。でも、絶対今のニヤニヤした顔、部活で天童さんに言いふらされるぞ……」
絶望に打ちひしがれる工くん。
でも、手の中にあるカステラはまだ温かくて。
私たちは顔を見合わせて、今度は自然に、さっきよりも少しだけ深く指を絡ませた。
「……半分こしよ、工くん」
「……おう。……次は、一発で取ってやるからな、前原」
甘いカステラの匂いと、祭りの囃子。
白布先輩のおかげで、逆に緊張が解けた私たちは、ゆっくりと夜の街を歩き出した。
賑やかな囃子の音が遠ざかり、住宅街の静かな夜道に二人の下駄の音だけが響く。
工くんの手元には、白布先輩からもらったベビーカステラの空袋。私の腕には、彼が必死に取ってくれた白鳥のぬいぐるみ。
「……前原。今日は、その……楽しかったか?」
工くんが、チラチラとこちらを伺いながら聞いてくる。
「エスコート成功」の確信が欲しいのか、少しだけ期待に満ちたエースの瞳。
「うん。すっごく。射的の工くん、本当にかっこよかったよ」
「だろ!? 俺はやる時はやる男なんだ。……まあ、白布さんには一発で落とせって言われたけど、次は絶対……」
得意げに胸を張る工くん。
その隙だらけの横顔を見ていたら、私の「小悪魔」がむくむくと首をもたげた。
「……でも、工くん。一つだけ、足りなかったかな」
「えっ!? な、なんだ! 屋台か? 金魚すくいか? それとも喉が……」
慌てて立ち止まる工くんに、私はゆっくりと距離を詰めた。
一歩。もう一歩。
彼の制服のボタンに私の浴衣の胸元が触れそうな距離で、私はわざと爪先立ちになって、彼の耳元に唇を寄せる。
「……『好き』って、言ってもらってない」
「…………っ!!???」
工くんの全身が、まるで電気ショックを受けたみたいに硬直した。
街灯のオレンジ色の光の下でもはっきりわかるほど、彼の顔面が、そして首筋までが、一気に沸騰したような赤色に染まっていく。
「な、な……っ、ななな何を……っ!!」
「あれ? 今日は私を楽しませる日、じゃなかったの? ……言葉でも、楽しませてほしいな」
私はわざと首を傾げて、彼の目をじっと覗き込む。
至近距離で見つめ合う二人。
工くんは、金魚すくいの金魚みたいに口をパクパクさせた後、絞り出すような声で呟いた。
「……おま……お前、本当に……っ、からかいすぎだ……!」
彼は逃げるように顔を背けたけれど、繋いでいる右手だけは、折れそうなくらいぎゅっと強く握りしめてきた。
「……言うか! そんなの、今日言うつもりじゃなかったんだ……!」
「あ、『今日』は言わないんだ。じゃあ、いつか言ってくれるの?(笑)」
「っ……、うるさい! 早く帰るぞ、門限遅れる!」
足早に歩き出す工くん。
でも、繋いだ手は離さない。
その後ろ姿は、さっきまでの「余裕のある男」とは程遠い、いつもの「からかいやすい工くん」に戻っていた。
(……ふふ、やっぱりこっちの方が、工くんらしいや)
私は彼の背中に隠れて、誰にも見えないように、幸せな勝利の笑みをこぼした。
コメント
1件
前原ちゃん罪な女すぎる(*´`)♡