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夜の森は、ひどく静かだった。 風が枝を揺らす音も、虫の鳴き声もない。ただ、焚き火のはぜる音だけが、やけに大きく響いている。
ノアは膝を抱えて、炎を見つめていた。
揺れるオレンジ色の光の向こうに、別の夜が重なって見える。
――二年前の、あの夜。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「……また、その顔だ」
低い声が、背後からした。
振り向くと、レイヴンが木にもたれて立っていた。腕を組み、少し困ったような顔をしている。
「どんな顔」
「世界の全部に、置いてかれたみたいな顔」
ノアは何も言わず、また火の方を向いた。
「別に」
「別に、じゃないだろ」
レイヴンは焚き火のそばに腰を下ろし、枯れ枝を一本くべた。
「今日の戦い、明らかにおかしかった」
ノアの指が、ぎゅっと握られる。
「敵、見えなくなった瞬間……お前、追おうとしてた」
「……」
「殺す気だっただろ」
火の粉が、ぱち、と弾ける。
「……当たり前でしょ」
ノアの声は低く、冷たかった。
「二年も探してるんだよ。あんな魔法、初めて見た。……逃すわけない」
そのときだった。
――ざり。
森の奥で、何かが踏みしめられる音。
レイヴンがすっと立ち上がる。
「……来るな」
ノアも無言で立ち、右手を構えた。
空気が、一気に張りつめる。
闇の中から、ゆっくりと人影が現れた。
ローブ姿。
顔はフードに隠れ、口元だけが不気味に歪んでいる。
「……まだ生きてたのか」
その声を聞いた瞬間、ノアの呼吸が止まった。
――同じ声色。
夢の中で、何度も聞いた声。
「……お前」
ノアの足が、一歩、前に出る。
「その魔法……どこで覚えた」
ローブの男は、くつくつと笑った。
「魔法? ああ、これか」
男の指先から、黒い霧のような魔力が滲み出す。
その瞬間、ノアの視界が歪んだ。
――焚き火。
――倒れるカイ。
――紫色の唇。
「……それ、返して」
ノアの声が震える。
「それ、あの人の死に方と同じなんだよ……!」
レイヴンが前に出る。
「ノア、落ち着け!」
だが、もう遅かった。
ノアの周囲に、蒼い光が渦を巻く。
地面がひび割れ、空気が鳴る。
「お前が……」
ノアは男を睨みつけた。
「お前が……あの人を殺したんだろ!!」
ノアの異能力が解放される。
――重力が、ねじ曲がる。
男の体が一瞬、浮いた。
「……っ!」
だが次の瞬間、男は黒霧を爆発させるように放ち、強引に着地する。
「はは……やっぱり面白いな」
「何が……!」
「その力。その顔。その執着」
男は肩をすくめた。
「残念だが――俺は“実行犯”じゃない」
ノアの動きが、止まる。
「……は?」
「殺したのは、別の奴だ。
俺はただの“観測者”だよ」
「嘘……」
男は、懐から小さな紋章を取り出した。
黄昏色の三日月。
「“黄昏の徒”。聞いたことあるか?」
その瞬間、レイヴンの表情が変わった。
「……まさか」
「この子の大事な人間を殺したのは、俺たちの上の連中だ」
ノアの頭が、真っ白になる。
「……じゃあ……」
「君が探してる“仇”は、もっと奥だ」
男は一歩、後ずさる。
「いい顔だったよ。
でも……今はまだ、早い」
次の瞬間、黒霧が森を覆った。
「待て!!」
ノアが叫ぶが、視界は闇に飲み込まれる。
霧が晴れた時には、もう誰もいなかった。
ノアは、その場に崩れ落ちる。
「……違う……違う……」
手が、震える。
「やっと……見つけたと思ったのに……」
レイヴンが、そっと肩を掴む。
「ノア……」
「放して……」
ノアの声が、かすれる。
「……私、何を信じてればいいの……」
そのとき、後ろから静かな足音。
アイリスだった。
何も言わず、ノアの前にしゃがむ。
そして、ぎゅっと両手を包む。
「……まだ、終わってない」
ノアは顔を上げる。
「仇は生きてる。
それだけで、今日の情報は十分だよ」
ノアの目から、ぽろ、と涙が落ちる。
「……私、殺したかった……」
「うん」
「……それが、怖い……」
アイリスは、優しく微笑んだ。
「それでも、あんたは人をやめてない」
ノアは、小さく息を吐いた。
その夜。
ノアは一人で焚き火の前に座り直し、指輪を見つめた。
「……ねえ、カイ」
声は、誰にも届かない。
「……私、まだ……ちゃんと生きてるかな」
炎が揺れる。
遠くで、フクロウが鳴いた。