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夫の津久野輝明との出逢いは、私が勤めていた会社が彼の会社の営業先で、しょっちゅう顔を合わせたことがキッカケだった。
会社の窓口である受付嬢をしているため、出入りする他企業の男性によく声をかけられたし、そこからいろんな方との出逢いはあったものの、結婚したいと思う人はなかなか現れず、気付けば30歳になってしまった。
友人知人がどんどん結婚していくと、一緒に遊びに出かける人数が自然に減っていく。結婚式に出るたびに、ご祝儀貧乏になるとともに、地味に焦りを覚えた。
自分が生涯をともにしてもいいと思える相手と出逢い、結婚して子どもをもうけて、家族水入らずで日々をしあわせに過ごす。
ほかの人には、そんなことはありふれた夢かもしれないけれど、渇望するほどにそれを求めてしまった。老後を穏やかに過ごす、自分の両親を見ていたから、羨ましさがあったのかもしれない。
あとから考えると、叶いそうで叶えられない夢を見続けたタイミングで彼と出逢ったのが、運命の分かれ道だったことがわかる。
「高田さんって、下の名前なんていうの?」
営業を終えたなら、そのまま出て行けばいいのに、彼は受付にわざわざ寄り道し、コソッと私に訊ねた。
「先輩は彼氏がいるので、諦めたほうがいいですよ」
私の隣に座っている後輩の三浦さんが、呆れた面持ちで言い放った。ちなみに、私には彼氏はいない。
会社というおおやけの場でモーションをかけてくる男性に、ロクな者がいないことが経験上わかっているからか、変な輩が現れると心配性の後輩が先制攻撃をしてくれるおかげで、楽させてもらった。
「受付嬢がそんな態度でお客様に接したら、ダメなんじゃないかな? どう思う高田さん」
なんとか私に接触しようと、怯むことなく話しかけてくる彼に、しつこさを感じたものの、一理ある言葉を告られたので、立ち上がって彼と真正面から対峙する。
もちろん受付嬢らしく、ほほ笑むことを忘れない。
「お客様であっても、お仕事中なのに他社の女子社員に声をかけることについて、貴方の上司に報告したら、どうなりますか?」
「高田さんの下の名前が、純粋に知りたかっただけなんだけどなぁ」
「話を逸らさないでください」
「俺は津久野輝明、独身で34歳。自分で言うのもなんだけど、仕事はできるほうだよ」
言いながら津久野さんはポケットから名刺を取り出し、私の手に無理やり押しつける。自信に満ちた快活な口調に面倒くささを感じ、笑顔が崩れかけた。
「今度は部下と来るからさぁ。高田さんに声をかけづらい状況なんだ」
「そうなんですね」
「だから今、声をかけた。仕事が終わるのは何時だろうか?」
ぐいぐい押してくる津久野さんにドン引きしていたら、三浦さんが私の持っている名刺を横から奪った。
「課長職をしている34歳の独身男性が、自分の会社でモテないのはおかしいかなって思うんですけど。津久野さん、それなりにイケメンなのに」
三浦さんのナイスなツッコミに、心の中でガッツポーズを作ってしまった。