ツヨシのアパートの窓から、ダウンタウンの摩天楼が遠くに見えた。不思議なことに、ここから見る高層ビルの光は揺らめきもせず、日ごとに溶けてなくなるロウソクには見えなかった。方向も、ぼんやりとならばわかる。新しい自分の位置を見つけた。
健太は強い風の吹き込む窓を閉め、テーブルの前にあぐらをかいた。風向きが変わろうが、道路事情が変わろうが、ここまで辿り着かせるものは何なのだろう? 健太は頭の中でそんなことを考え始めた。台所から、かつおだしの匂いが漂ってくる。懐かしい、故郷の香り。
「ちょっとこれ、そこ敷いて」鍋の前に立つマチコから受け取ったのは、テーブルクロスだった。ビニール製で、広げてみると手触りは薄く、軽く、いかにも安っぽい。ミンに端を持ってもらいながら広げる。アイボリー塗装のところどころはげた木製のテーブルが、青いチェック柄に変身した。
「まあまあじゃないか」トイレから帰ってきたツヨシは、台所の雑巾をチェック柄の真ん中に置いて「この上だよ、マッチャン」と叫んだ。マチコは足元を見ながら、ガス台からテーブルへ鍋を慎重に運ぶ。
「ダイコン、チクワ」向かいのミンが、箸でテーブルを叩いている。おでん知ってんの? と健太が聞くと、さあさあもっと飲もう、とツヨシが斜向かいから缶ビールをテーブルに割り込ませた。ミンは鍋からビールに視線を変えた。ツヨシがいただきますと先陣を切ると、他も同じ言葉をなぞった。ただミンだけは、何それと首をかしげている。
「ツヨシさんって、買い物上手ね」紙の取り皿を配りながら、マチコが健太を見た「私のクーポン、ちゃんと役立つじゃん」
健太は渋い顔をした。
「それに、スーパー二つも寄るんだもん」とマチコが加えた。
「三つだった」健太が訂正した。
「そうでもしなきゃ、生きてけないからね」ツヨシは昆布とちくわぶを小皿にとって、汁をかけている。
「ということは、生きていけるんだね」と健太がいうと、一堂「は?」という顔をする。
「いや、こっちの話」
生まれて初めてビールを飲んだというミンが、ソファで居眠りを始めた。明日からの健太のベッドで、心地よさげに。
寒さに一人凍えていた。命さえ意味がないと思っていた。この大都会に、体一つの居場所すらない現実に、心が粉々に砕け散ってしまうかと思った。俺はどこへ?生きる指針は?孤独なフェスティバは毎晩迷走を続けてた、そんな夜を越えさせてくれたのは、君たち、君たちのおかげなんだよ!
「ケンタ君。さっきから黙って何考えてんのよ」マチコが口をもぐもぐさせながら言う。
「いやあ。何だかこのビール、うまいなって」
「これはダース五ドルもしない安ビールだよ」つぶれた空き缶を手に取りながら、ツヨシが言った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!