Side照
「なあ岩本、お前なら絶対できるから!」
夕方の昇降口、部活帰りの喧騒を背にして、先輩は唐突にそう言った。
バスケ部で日焼けした腕を雑に俺の肩に乗せ、満面の笑み。
こっちは汗も引かないまま帰ろうとしていたところだ。思わず立ち止まった。
「……え? 何がですか」
「生徒会長。次、お前にやってほしいんだよ。俺の後任」
心臓が一瞬だけズレた気がした。
俺は苦笑いを浮かべて、半歩後ろに引いた。
「いや、ちょっと待ってください。俺、そういうの――」
「いやいや、お前しかいないって。真面目だし、仕事早いし、周りからの信頼もあるし!」
「……でも俺、部活もやってるし、ダンスも――」
「ダンスは趣味だろ?生徒会は学校の顔だぞ。お前みたいなのがやらなきゃ誰がやるんだよ」
チクリと胸が痛む。
それ、褒めてるつもりなんだろうな。
でもこっちは、内心げんなりしていた。
「頼んだぞ、岩本!期待してるから!」
俺の返事を待つこともなく、先輩は手を振って去っていった。
夕日を背にして、あの笑顔がやけに腹立たしかった。
次の日、職員室前の掲示板に「次期生徒会長・岩本照」の文字が貼り出された。
――――――――――
それからの毎日は、息をつく間もなかった。
放課後はすべて生徒会室。
文化祭の企画、校則の見直し、生徒からの提案、教師とのすり合わせ、全校集会の進行――
まるで歯車の一つになったように、時間に追われ続けた。
「……またダンスの練習、行けなかった」
家に帰ってからの俺の部屋。
鏡の前でストレッチだけはしてみるけど、身体は重く、踊る気力すら湧かない。
「こんなの、何のために……」
拳をぎゅっと握った。
俺は、ただ振りを覚えてステージに立ちたかっただけなのに。
誰かに頼まれた夢じゃない。
誰かの期待に応えるために踊ってきたわけじゃない。
それなのに――今の俺は、誰かの「期待」によって動かされてる。
何かを犠牲にしてまで、ちゃんとしなきゃいけない理由なんて、本当はないはずなのに。
机の上、山積みの書類を見つめる。
真面目って、なんだろう。
頑張るって、誰のためだろう。
答えが出ないまま、また明日の予定に目を通す。
このまま全部、我慢すればいいんだ。
そう思い込もうとしたその時――心の奥が、ふっと冷えた。
(……誰かに、気づいてほしかったのかもしれない)
でもそんなこと、誰にも言えるはずがなかった。
―――――――――――――
朝のHR前、生徒会室に立ち寄って、先生からの伝達事項を確認。
ホームルームでは担任に頼まれて、全校朝礼の司会原稿を読み上げる。
放課後は文化祭の実行委員会との打ち合わせ。
その合間に、生徒からの意見箱に目を通して、掲示板の張り替え。
週に何度も繰り返されるこのルーティンを、俺は“当たり前”の顔でこなしていた。
誰よりも早く登校して、最後まで学校に残る生徒会長。
教師には「模範的」と言われ、後輩には「憧れです」なんて言葉までかけられる。
クラスのやつらからも、「岩本に言えばなんとかしてくれる」って信頼されてる。
でも。
(俺は便利屋じゃねえ)
言葉にはしないけど、喉の奥まで出かかっている。
ある日、職員室前で書類を持って突っ立っていたら、
すれ違いざまに同級生の女子が小声で話しているのが聞こえた。
「岩本くんってほんと真面目すぎるよねー。息抜きとかしてるのかな?」
「してないでしょ。あれが趣味なんじゃない?人のために動くのがさ」
「やば。絶対付き合いたくないタイプ~」
カラカラと笑いながら去っていく足音。
握っていた書類が少しくしゃっとなる。
(別に、誰かのためにやってるんじゃない)
(俺は――ちゃんとしたかっただけだ)
でも、いつからか“ちゃんと”が、自分を締め付ける鎖になっていた。
自分を守るはずの鎧が、いつの間にか心を鈍く押し潰していた。
教室に戻れば、いつも通りの笑顔でクラスメイトと会話する。
「生徒会、大変じゃない?」
「まぁ、慣れたよ」
そのたびに、誰にも悟られないように口元だけ笑ってみせる。
平気なふりは慣れている。真面目な生徒は、弱音を吐いちゃいけない。
その日の放課後も、生徒会室には誰もいなかった。
一人で会議資料をまとめていると、ふとカレンダーに目が留まる。
――来週はダンススタジオのコンテスト。
(……出られるわけないよな)
書類に視線を戻す。視線の先で、数字がにじんで見えた。
机の上の資料を雑にまとめて、乱暴に引き出しに押し込んだ。
けれど、外に出ればいつもの笑顔に戻る。誰かに見られてるかもしれないから。
イライラは、声にはしない。
疲れは、顔に出さない。
怒りは、胸の奥に押し込める。
代わりに、心の中だけで何度も叫ぶ。
(俺の時間は、どこにあるんだよ)
その声を、誰にも聞かれることはなかった。
その日も、生徒会室を出たのは夕方を過ぎてからだった。
教室に誰もいないのは当たり前。昇降口も人気はまばらで、校舎は既に夜の気配をまとい始めていた。
手には、教員から押し付けられた会議の議事録。
たぶん俺が一言「無理です」って言えば、誰かが代わりにやったかもしれない。
けど、できなかった。
ちゃんとしなきゃ。
真面目でいなきゃ。
周りの期待を裏切るのが怖かった。
足早に廊下を歩いていたその時だった。
「ッ……!」
角を曲がった瞬間、強い衝撃が肩にぶつかった。
紙が数枚、手から滑り落ちて舞い上がる。
「うわっ、悪いっ!前見てなかったわ」
目の前にいたのは、見慣れない金髪。
だるそうに制服を着崩して、スマホ片手にヘラヘラ笑っている。
(深澤――辰哉)
有名だった。不良。授業はサボりがち、教師にも歯向かう。
俺が生徒会長になってからも、名前は何度もトラブル報告書で見てきた。
(なんで、こいつが)
イライラが一気に膨れ上がった。
何もかも、こいつみたいに“何も考えず”に生きていれば、こんなふうに苦しまなくてよかったのかもしれない。
「……お前な、どこ見て歩いてんだよ」
「は?今ぶつかったの、お互い様じゃね?」
気楽そうに返されたその言葉で、何かが切れた。
「お前みたいなやつが、なんで堂々と学校うろついてんだよ!こっちは毎日、真面目にやってんだよ!誰のためにここに残ってんだと思ってんだ!」
声が廊下に響いた。幸い誰もいない事が救いだった。
言葉が止まらない。
本当は深澤じゃなくてもよかった。
でも今、目の前にいたのが“何も背負っていない”ように見えるこいつだったから。
「……お前はいいよな。何も考えてなくても、生きていけて。俺のことなんか、どうせ“あ、生徒会長だ”くらいにしか思ってないくせに!」
肩で息をする俺を見て、深澤は驚いたような顔をしていた。
だけど、次の瞬間、笑った。
皮肉でも挑発でもなく――どこか、優しいような、わかってるような、そんな笑いだった。
「……なんだよ、それ」
深澤はそう言ったあと、床に散らばった紙をゆっくり拾いはじめた。
冗談かと思った。でも、顔にはふざけた様子はなかった。
「……返すよ」
俺の手元に、乱れた書類をそっと差し出す。
不思議なことに、震えるように見えたのは――自分の手のほうだった。
「……怒鳴りたいくらいしんどかったんでしょ?」
深澤は、こちらの目を見ないまま、ぼそっと言った。
だけどその声は、妙に静かで、まっすぐで、腹に響いた。
「別にいいよ。ぶつかったの、俺だし。俺ってそういう役得っつーか、便利なポジじゃん。怒りやすいでしょ?こういうタイプ」
ふざけるようでいて、どこか鋭い。
言葉の隙間から、何かをわかってるような雰囲気があった。
「……なんで、そんな顔で俺のこと見んだよ」
ぽつりと、気づいたら口から出てた。
「俺のことなんて、生徒会長だな、ってくらいにしか思ってないくせに……それで、なんでそんな――」
――そんなふうに、優しくすんなよ。
言い切る前に、喉の奥で言葉が詰まった。
自分が何にこんなに追い詰められてるのか、よくわからなかった。
でも、深澤はそれを責めるでも、笑い飛ばすでもなく、ただ立っていた。
「そーだね。最初は生徒会長だって思ってたよ」
言葉が刺さるかと思った。でも、違った。
「でも、今は『ちょっと疲れてる奴』って思ってる。……俺、そういうの、なんか…よく見るんだよね。ほっとけないっつーか」
笑うでもなく、からかうでもなく、ただ“わかってる”という目で、俺を見ていた。
息が詰まるような毎日の中で、誰にも言えなかった思いが、
このちゃらちゃらした男に――不良で、名前すらまともに話したことのない相手に――
今、初めて、少しだけほどけた気がした。
「……名前、教えて。俺、お前のこと書類でしか知らねぇし」
「深澤。深澤、辰哉。……で?」
「岩本。岩本…照」
俺がそう答えると、深澤は少し笑って、こう言った。
「よろしく、生徒会長さん」
ふざけたような口調だったけど、その声は不思議とあったかかった。
――――――――――
「……で、なんで俺、お前と空き教室なんかに来てんの?」
そう言いながら、深澤は窓際の机に腰をかけた。
放課後、誰も使っていない旧校舎の一室。掃除されている気配も薄く、空気は少し埃っぽい。
それでも、今はこの静けさがありがたかった。
「べつに……人に聞かれんの、やだろ」
そう返しながら、俺は手に持っていた書類をぐしゃりと丸めた。
文化祭の予算案。実行委員がミスったのを、なぜか俺が修正する羽目になった。
「ほんっと意味わかんねぇ。なんで生徒会が全部責任持たなきゃなんねーんだよ……」
机に突っ伏すように座り込み、丸めた紙を放り投げる。
くるくる回りながら、ゴミ箱にも届かず床に落ちた。
「自分でやってるじゃん、全部」
「……うるせぇ」
「俺は悪くないけど?」
「お前は……関係ないくせに」
自分でもわかってた。
深澤は何もしてない。ただ、そこにいただけだ。
それでも、目の前に誰かがいると、堰が切れるように言葉があふれてしまう。
「俺、ほんとは……ダンスやってんだよ。スタジオ借りて、仲間と踊ってた。それも最近、全然行けてねぇ。行っても集中できねぇし、動画見ても、頭入ってこねぇし」
こめかみを押さえて、ため息をひとつ。
「“生徒会長だから”って、何でもかんでも押しつけられて、“真面目だよな”って言われて、……手抜いたらがっかりされんの目に見えてんだよ」
苦笑いしながら、口元を覆った。
「俺のこと、みんな利用してるだけなんじゃねぇのかなって、たまに思う」
深澤は何も言わなかった。
でも、黙って聞いていた。どこか居心地の悪さを感じさせない、その沈黙が妙に落ち着いた。
しばらくして、ぽつりと声がした。
「生徒会長って、大変なんだな」
「……は?今さら?」
「いや、なんか……岩本って、もっと余裕ぶってる奴かと思ってた」
「ぶってねぇよ。ぶってたらもっと上手くやってる」
その言葉に、深澤はふっと笑った。
「……そっか。じゃあ、頑張ってんだな。ちゃんと」
「……」
「愚痴くらい、また聞いてやるよ。俺、暇だし」
「お前に愚痴ってどうすんだよ……」
そう言いながらも、どこか心の奥が少しだけ軽くなるのを感じていた。
空っぽの教室で、誰にも気づかれないように、俺はそっと息を吐いた。
「……ダンス、か」
ふと漏れた俺の言葉に、向かいの深澤が「ふーん」と意味深に呟いた。
その目が、わずかに光を宿す。
まるで――いたずらを思いついた子供みたいに。
「……なに?」
俺が警戒して問い返すと、深澤はにやっと口角を上げた。
「分かりました!」
「は?」
「この深澤こと、ふっか様にお任せあれ!」
謎のポーズを決めながら、自信満々に言い放つ深澤。
一瞬、あまりの展開に脳がついていかず、俺はただ唖然としていた。
「いや、何を…いやマジで、何を任せたつもりだ俺は…」
「とりあえず期待しといて!明日には状況変えてやるから!」
「ちょ、深澤――」
「んじゃね!また明日!」
そう言い残して、深澤はひらひらと手を振って教室を出ていった。
残された俺は、書類の山の中でただ呆然とするしかなかった。
――翌日。
昼休み、いつものように生徒会室で書類を整理していた俺の元に、ドアが勢いよく開かれる音が響いた。
「ういっす、生徒会長~」
「……うそだろ」
現れたのは深澤。そしてその後ろには、これまた有名な問題児コンビ――渡辺・翔太と佐久間・大介。
「てめぇら、ここどこだと思ってんだよ……!」
「生徒会室?合ってるよね?」
悪びれもせず入ってくる三人。深澤はニヤニヤ笑いながら俺の机に手を置き、
「昨日言った通り、手伝いに来ましたー!“ふっか様サポート隊”です!」
「……命名センスどうなってんだよ」
「なんかさ、聞いたんだよ。岩本ってダンスやってるって。でも、生徒会の仕事で手が回らないって……もったいなくね?」
「……」
「だから俺らが少し手貸せば、その分練習できんじゃん?ってことで、こいつら召喚してみた!」
「人を道具みたいに言うなよな……でも面白そうだから来たわ」
渡辺がため息まじりに言う。
「こう見えて俺、コピー用紙運ぶの得意だから!」
佐久間がピースサインを決める。
(いや、コピー用紙運ぶのに得意も何もあるか……)
「……勝手に決めんなよ」
俺は呆れながらも、なぜか言葉に棘が乗らなかった。
むしろ、少し――ほんの少しだけ、笑いそうになった。
「まぁ、仕事押しつける気はねぇけどさ。無理してるやつ見てんの、こっちもしんどいんだわ」
深澤が、ふっと真面目な目をする。
「それに――お前のダンス、俺見てみてぇし」
「……っ」
その一言に、胸がちくりと痛んだ。
見たい。なんて、そんな風に言ってくれるやつ、初めてだった。
「……好きにしろよ」
俺がぽつりとそう言うと、深澤は満足げにニカッと笑った。
「オッケー、それが聞きたかった!」
生徒会室はいつもより少し騒がしく、そして――
ほんの少しだけ、あたたかかった。
「おーい、生徒会長~、これ終わったぞ」
「予算表の訂正も、打ち直しておいた。確認しといてー」
俺が顔を上げると、佐久間が得意げにプリントの束を掲げ、渡辺がPC前でタイピングを止めて椅子を回した。
その手元はしっかりしていて、しかも速い。
「……なにこの二人、めちゃくちゃ戦力なんだけど」
正直、意外だった。不良って言うから、もっとグダグダで、ふざけ倒すと思ってたのに――
佐久間はテンション高くても指示通り動いてるし、渡辺にいたっては俺より書類の整理が上手い。
聞けば、家の手伝いでこういう作業は慣れてるらしい。
「ほら、言っただろ?俺、コピー用紙運ぶの得意なんだって!」
佐久間が自慢げに運んだ書類を、渡辺が的確にファイルに仕分ける。
「渡辺、そこ“企画書”のバインダーに」
「了解ー。……にしても岩本、お前こんなの一人でやってたの?死ぬだろ」
「死ぬわけじゃねぇけど……まぁ、面倒ではある」
「なんで誰かに頼まなかったわけ?」
「……それができる性格だったら、最初から苦労してねぇよ」
俺の返答に、渡辺は「だろうね」とあきれ顔で返した。
「ま、たまには人に頼れって。……俺らみたいなやつでも使えるっしょ」
その言葉に、心のどこかがまた少し緩む。
だが――
「でさ、深澤。お前は何してんの?」
部屋の隅でジュース片手にポケットに手を突っ込んでいた深澤に、つい言ってしまった。
だって明らかに、何もしてない。
「え?俺?見守ってる」
「……は?」
「いやいや、現場監督ってやつ?こう……全体の空気を整える係」
「いらねぇよそんな係!」
「ひどっ!俺なりに応援してんだよ~、心では!」
「体動かせよ!!」
「はーいはい、じゃあ今からやりまーす。何すればいいですか、生徒会長?」
そう言いながらダラダラ立ち上がる深澤に、俺は呆れつつも思わず笑ってしまった。
なんだよこの空気。
あんなに苦痛だった生徒会室が、今はちょっとだけ――楽しい。
「……はぁ、終わった」
時計を見れば、まだ午後五時前。
信じられないくらいの早さだった。普段ならこの時間でもまだプリントに囲まれてるってのに。
「よし、これで今日の分の仕事は完了ですね、生徒会長」
深澤がふざけた敬礼ポーズを取りながら言う。
「……お前が一番最後に真面目になったくせに、よく言うわ」
「えー?でも俺、ほら、後半ちゃんとプリント並べたし?」
「それ“途中で間違えて全部やり直したやつ”だろ」
「えっ、バレてた?」
苦笑しながらも、どこか楽しそうな深澤の声につられて、俺も思わず口角が上がる。
「あー……まぁ、なんだ」
椅子から立ち上がり、バッグを肩にかけながら言った。
「ありがとな。……助かった」
言ってすぐ、やっぱり恥ずかしくなって視線を逸らす。
「えっ、今、感謝された?」
「黙れ」
「いやいやいや、これは重大発表だわ。岩本・照、生徒会長、感謝の言葉を発する――」
「うるせぇ!!」
笑いながら追い払うように深澤たちを背に、俺はそのまま校舎を出た。
夕暮れの風が肌をかすめる。妙に気分が軽い。
今日なら、踊れる気がする。
――ダンススタジオ。
鏡の前で、久々に音楽に体を乗せる。
リズム、ステップ、腕の動き。
指先からつま先まで、身体が音に溶け込んでいく感覚――
「っは……やっぱ、これだよ」
心臓が高鳴る。汗が流れる。でも、気持ちはどこまでも軽かった。
自分が自分でいられる場所。
踊っている時だけは、誰かの“役”じゃなくて、ただの“岩本照”でいられる。
手を止めて、鏡の中の自分を見る。
少し疲れた顔。でも、その中には、確かに笑っている俺がいた。
「……ありがとな」
口に出したのは、誰にも聞こえない声だったけど、
きっと、深澤たちに届いてる気がした。
――――――――――――
書類の山を前に、今日も生徒会室の机に向かっていた。
とはいえ、以前に比べたらだいぶ楽になった。
あいつらが手伝ってくれるようになってから、仕事の負担が格段に減ったのは事実だ。
「……次の会議資料、これでよし」
ファイルをとじて一息ついたところで、ガラッと勢いよく扉が開いた。
「やっほー、生徒会長ぉ~。今日もお疲れっした!」
現れたのは――やっぱり、深澤。
「……お前、最近やたら来るよな」
「えっ、俺ってば歓迎されてない感じ?」
「いや、そうは言ってないけど」
「まーまー、細かいことは気にしない気にしない♪俺さぁ、誰にでも優しくて人望あるから!何でも頼っていいからね?会長!」
深澤が勝手に椅子に座って、机に足をかけそうになったので、俺はすかさず睨んだ。
「足、下ろせ」
「へいへい、厳しいなぁ~。そのくせ昨日は“ありがとう”とか言ってくれちゃって」
「それはそれ、これはこれだ」
「ちぇっ、ツンデレめ」
「うるせぇよ」
とは言いつつ、どこかこの時間が悪くなかった。
深澤が来るようになってから、生徒会室は少しだけ騒がしく、だけど温かい場所になった。
「で、今日もダンス行くの?」
「……ああ。昨日、久々に踊ったら、やっぱ楽しくてさ」
「へぇ~。やっぱ照って、踊ってる時が一番自然体だよね」
「……見たことあんのかよ」
「ないけど、なんか想像できる。そういうの、空気でわかるんだよね、俺」
そう言って、にやっと笑う深澤に、少しだけ心がざわついた。
「お前ってさ、軽いのに、たまに核心ついてくるよな」
「え?褒められてる?」
「半分は嫌味だ」
「ひどっ!」
でも、笑ってる深澤を見て、思った。
……本当に不思議なやつだ。
最初はただのチャラいやつ、苦手なタイプだと思ってたのに。
「なに?見つめちゃって~、照れてんの? 照だけに?」
「帰れ」
「出た!テンプレ返し!」
くだらない会話。でも、その“くだらなさ”が、妙に心地いい。
――また、明日も来るんだろうな。
そう思うと、少しだけ心が軽くなるのだった。
「またコピー機のトナー切れか……っつーか、替えどこだよ」
生徒会室の隅っこで俺がぶつぶつ言ってると、ガラッとおなじみの扉の音。
「よっ、生徒会長!あー、それ?倉庫の右奥の棚の上。脚立使ってな」
当然のように答えながら、深澤は手慣れた様子で脚立を取りに行く。
「……なんでお前、そんなの知ってんだよ」
「昨日、翔太と来たときに先生に聞いといた。『照、また困りそうだな~』って思ってさ」
さらっと言って笑ってるけど、こっちは軽く驚いてる。
こいつ……わかってて、先回りしてる?
気づけば最近、深澤は“困ったときにいる人”になっていた。
プリンターが詰まった。
教室に回す資料の仕分けが足りない。
ちょっとした手伝いが必要なとき。
何かしら理由をつけて、ふらっと生徒会室に現れては――
気がつくと、俺の「めんどくせぇな」って呟きを、さりげなく拾ってくれている。
「まー、俺、人望あるし?困ってるやつ放っとけないタイプ?」
軽口ばかりなのに、そのくせ妙にタイミングがいい。
顔が広くて、先生にも生徒にも話しかけられてる姿を何度も見た。
……不思議だ。
俺と違って、真面目でも誠実でもないのに。
なんでこいつ、こんなに人に好かれてんだ?
「……不公平だな」
「え、何が?」
「……なんでもねぇよ」
本当は、ちょっと羨ましいんだ。
俺がずっと真面目にやって、ちゃんとルール守って、周囲からの信頼を得るために積み上げてきたものを、
深澤は肩の力を抜いて――いや、力を抜いてるように見せながら、別の方法でちゃんと得てる。
“人望”って、そういうことなのか?
「なぁ、深澤」
「ん?」
「……なんでそんなに、うまく人と付き合えんだよ」
「んー、考えたことないけど? なんか、俺って愛されキャラだから?」
「そういうとこだよ」
「へへっ、でも本当はさ、誰にでもちゃんと“向き合う”だけかもね。俺って、一人ずつ、ちゃんと顔見るタイプだし?」
そう言って俺をまっすぐ見る。
真剣でもないくせに、なんか刺さる。
……あぁ、そうか。こういう目をするから、みんなこいつに気を許すんだ。
「じゃ、生徒会長。今日の“困った”は解決したから、また来るわ」
「……ああ」
軽く手を振って出ていく背中を、俺は目で追っていた。
あいつの周囲はいつもざわざわしてるのに、なんでだろうな。
俺の中には、妙に静かに残ってくる。
気づかないふりをしてたけど――
たぶん、俺はもう、深澤のことを“ただの助っ人”として見られなくなってきていた。
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