テラーノベル
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「チッ……知っててわざと黙ってたんだろうが」
朱雀がバツ悪そうに視線を逸らした瞬間、煌の中で何かがぷつりと切れた。
怒りではない。正確には、怒りだけではない。
あの甘い言葉も、至近距離で射抜いてきた黄金の瞳も、首筋に残るじくじくとした熱も――全部ひっくるめて、この神様に「上手いこと手の平で転がされていた」という事実が、じわじわと煌の胸の奥に苦い澱(おり)を積もらせていく。
(……俺、ずっとコイツだけが帰る鍵だと思い込んでた。だから逆らえなかった。だから……)
無防備にその懐に飛び込み、翻弄されていた自分が、たまらなく惨めで、滑稽に思えてくる。
「……悪いけど白虎も燕花も、ちょっと外してくれないか? 朱雀と二人で話がある」
白虎が目をぱちくりさせ、燕花が微妙な顔で視線を交わす。それでも二人はただならぬ空気を読んで、仕方なくするりと音もなく部屋の外へ消えた。
重い扉が閉まり、残されたのは、長椅子に腰を下ろしたままの朱雀と、その正面に仁王立ちする煌だけだ。
「……なぁ、アンタ。俺に四神全員の印が必要だって、最初から知ってたよな」
「……知っておった」
「なんで言わなかった」
「言う必要がなかったからな」
あまりにも悪びれない返答。その淡々とした声に、煌はこめかみに青筋を浮かべながら、深く息を吸い込んだ。怒鳴ったら負けだ。今は冷静に。感情に任せて拳を振るうことさえ、今の煌には拒まれた。
「……アンタが帰る唯一の鍵だと俺が思い込んでるってわかってたから、アンタはわざと教えなかった。そうだろ。そうやって俺を繋ぎ止めて、面白がってたんだろ」
「……」
朱雀は答えなかった。だが、その黄金の瞳がわずかに細まり、仄暗い光を宿したのを、煌は見逃さなかった。
それが、何よりの肯定だった。
「最悪だな」
煌は短く吐き捨てると、拒絶を示すようにくるりと背を向けた。
「しばらく一人にしてくれ。アンタの顔、見たくない」
「……煌」
「出てけよ」
低く、どこか焦燥を孕んだ声で呼ばれても、煌は頑なに振り返らなかった。ここで振り返れば、あの美貌と声音に、また何かを誤魔化されてしまう気がした。
深い沈黙が落ちた。長い、長い静寂のあと、衣の擦れる擦過音と、床を打つ静かな足音。
扉が開き、そして――重々しく閉まる。
部屋に一人残された煌は、張り詰めていた糸が切れたように、その場に力なくへたり込んで両膝を抱えた。
朱雀が去ったというのに、部屋にはまだ、あの男が纏っていた甘苦しい沈香の香りが、嫌に濃く残っている。それがまるで、自分の愚かさを嘲笑っているかのようで、煌はきつく奥歯を噛み締めた。
(……なんで俺、こんなに腹立ててんだろ)
帰る方法を教えなかったことへの怒りなら、もっとシンプルに怒鳴り散らせばいい。いつものように「クソジジイ!」と殴りかかれば済む話だ。なのに、胸の奥が、抉られるようにずきずきと痛むのはなぜだ。
#ご本人様には関係ありません
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まるで、だまされたことへの怒りより――。
そんな姑息な計算をしてまで、自分を手元に留めようとした朱雀の、あの歪んだ執着の重さに、心がひどく掻き乱されているみたいじゃないか。
(あいつが俺を帰したくなかったって。一目惚れだなんて……そんなの、本気にするわけねぇだろ……ッ)
首筋の『痕』が、今もじくじくと熱を持って自己主張している。
「……バカじゃねぇの、俺」
誰に言うでもなく、煌は弱音を隠すように、額を強く膝に押し付けた。その身体は、怒りと、それ以上にやり場のない動揺で、小さく震えていた。
コメント
1件
みぅだよ🖤 ああもう、煌の胸の奥が抉られる感じ、すごく伝わってきた……。怒りだけじゃなくて、騙された自分への悔しさと、それ以上に朱雀の歪んだ執着に心が掻き乱されてるみたいになるところが、たまらなく切なかった。「バカじゃねぇの、俺」って膝に額押し付けて震える煌、もう……。 朱雀の執着の重さ、ちゃんと表現できるかんなさん、本当にすごいよ🥀