テラーノベル
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走った。呼吸が追いつかない。肺が裂けそうだった。喉の奥が焼けて、耳の奥で血が流れていた。
気づけば、校舎の裏、誰も来ない資材置き場の影。
鉄臭い空気。放置された網フェンスの隙間から、夕焼けが滲んでいた。
遥は、その場に膝をついた。
全身が、何かで締め上げられるようだった。
(……俺が、壊したんだ)
吐き出すように、心の中の“事実”が顔を出す。
蓮司の言葉が嘘かどうかなんて、もう関係なかった。
日下部が何を思っていたかも、関係なかった。
蓮司の指があいつの首筋に触れたとき、遥の中ではすでに「因果」が成立していた。
(俺が、欲しかったから。俺が、近づいたから。俺が、見たから──)
(だから、壊れたんだ)
何の根拠もない。
けれど、それが遥の中で“真実”だった。
喉の奥に、鉄の味が広がった。
吐き気と罪悪感が喉を塞ぐ。
地面に手をついて、唇を噛みしめる。
(あいつに抱かれたい、なんて思った)
(癒されたかったんじゃない。優しさがほしかったんじゃない)
(──欲情してた)
(あの静けさを、“俺のもの”にしたいって、思った)
指先が震えている。爪が地面に食い込んでいく。
(最低だ……最低だ)
他人を利用して、自分を満たそうとしただけ。
優しさを受け取る資格もないくせに。
(汚れてんだよ、俺)
(こんな感情、持っちゃいけなかった)
(こんな自分が、あいつの隣に立てるわけがない)
(……死んだほうがマシだ)
空気が薄い。胸が締めつけられて、呼吸できなかった。
喉が、何かに引き裂かれていく。
「……なんで、俺なんかが……」
声は掠れていた。誰にも届かない、独り言。
(なんで、優しくすんだよ……)
泣きたかった。でも、泣く権利すらない気がした。
(壊すかもしれねぇのに)
(あいつのこと、“壊して”しまうかもしれねぇのに)
誰かに向けた叫びじゃなかった。
日下部にも、蓮司にも届かなくていい。
「……見んなよ」
「俺なんか、見んな……頼むから……」
それはただ、自分自身の“欲望”に向けた拒絶だった。
「優しさ」が目の前に差し出されるほど、自分がどれだけ“汚れているか”を突きつけられる。
だからもう、見られたくなかった。
こんな感情を持ってしまったことすら、誰にも知られたくなかった。
誰かを傷つけたくなかったんじゃない。
傷つけてしまう“自分”が、もう手遅れのほどに腐っている気がした。
(あいつを……見たあのときから、もう壊してたんだよ)
目を閉じた。
耳の奥で、蓮司の声がまだ響いていた。
──「な? “こういう顔”……おまえは、見たことねぇんだって」
(そうだよ。俺は、“見たかった”)
(でも、それが……一番、汚かった)
指の腹が、土を掴んでいた。血が滲むほどに。
声も出せず、震えながら。
──ただそこに、存在していることすら、許されていないような気がしていた。
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