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私は小腹を満たす為に冷蔵庫の扉を開いた。LEDライトの中に浮かび上がる芸術作品。今夜の宴の下拵したごしらえ、平皿にクリームチーズ、黒オリーブ、生ハムにバジルの葉が盛り付けられ整然と並んでいた。
(この中に<カドミウム顔料>の粉末が入っているのかもしれない)
そう考え食欲が失せた私は隣の食器棚に目を見遣った。食器、グラス類、カトラリー、二組ずつ揃ったこれらは 碧 さんと使っていた物だった。けれど警察官が話していた「あぁ井浦さんこそまたですか」このまたは以前にも 碧 さんの身代わりになった女性が居る事を指している。
(45歳、そんな人のひとりやふたり居てもおかしくない)
頭で理解していても胸の中は複雑だった。膝を抱えてキッチンのベンチに座っているとあの気配を感じ私は振り返った。出窓のカーテンを両手で勢いよく開けると胡桃の樹の下に、白い日傘を差した 碧 さんが立っていた。
( 碧 さん)
不思議なもので恐怖を感じる事もこの異空間に慄おののく事もなかった。
(ーーー!)
私はリビングテーブルに置かれたソーラー電池のランタンを手に玄関の上りに腰掛け、黒いギンガムチェックのサンダルを履いた。あまりに慌てていたのでボタンがなかなか留まらなかった。
(もしかしたら!)
駆け寄る足が夜目につんのめり転びそうになった。海から吹き込む靄もや、湿気が肌に纏わり付いた。
(もしかしたら!)
胡桃の樹の下に駆け寄ると 碧 さんの姿は消えていた。
「ーーーやっぱり」
そして想像していた物が胡桃の樹の根本に堆うずたかく積まれていた。それは短期大学部美術棟の昇降口、階段に座った惣一郎が黙々と無言で積み上げては手で薙なぎ払い壊していた、蟻の巣を囲む小石の城壁だった。
「やっぱり、あった」
あの時の異様なものの正体はこれだった。