私はその場所を掘り返さなければならないと思った。周囲に落ちていた枝を地面に刺してみたがそれは心許無く折れてしまう。大きめの石を両手で掴み地表を掻いてみたが埒が明かなかった。こんな事をしている間に朝が来る。
惣一郎が帰ってきてしまう
惣一郎はこの行動を良しとはしないだろう。私はランタンを翳してコテージの下を覗いて見たがそこに有るのは極太の薪の山だけでシャベル類は見当たらなかった。
(どうしよう、どうしよう)
キッチンのフライ返しやおたま、スプーンを手に挑んだがどれも曲がってしまい、鍋やフライパンの長い持ち手は土壌を何cmか掘り進んだ所で根本から折れてしまった。
(ーーーあった)
それはアトリエの珈琲の空き瓶に刺さったペインティングナイフ、金属製で形状としてはやや小さめのスコップだった。絵具に慣れていないと皮膚がかぶれると聞いていたのでイーゼルに掛けてあったゴム製の厚手のグローブを手に着けた。
私の黒いギンガムチェックのサンダルは泥まみれになった。腕で汗を拭ったので顔中泥だらけだったに違いない。それでも一心不乱にペインティングナイフで穴を掘った。それはまるで逃げ場を失った蟻の様だった。
先端が尖ったペインティングナイフが功を奏し作業は順調に進んだ。蟻の巣の様な小さな穴が異空間へと続いている、そんな気がした。 碧 さんは私がこのコテージに来た時から呼んでいたのだと思った。
私を見つけて
そして私は見つけてしまった。保険金4000万円と引き換えに埋められた大島紬の着物、茶色く色褪せた日傘の柄え。
「ーーーーひっ!」
地面に尻餅を突いた私は震える膝に力を入れて立ち上がった。土足のままコテージに上がり込むと寝室に置いてあった携帯電話を握って外へ飛び出した。時間は19:50、朝までまだ時間はある。松葉を踏み、不気味なシダ植物に目を瞑って小石に足を取られながら急な坂道を登った。
(ーーーど、どっちから来た!?)
確かウィンカーは右折で点滅した。海沿いの曲がりくねった道を私は左へ、左へと向かい下った。街灯のない暗い視界、白いガードレールに手を添えて前に進むと断崖絶壁を駆け上がる潮に心臓が縮んだ。
(車が、誰か、車が通り過ぎたら乗せて貰おう)
そんな甘い考えはこの山間やまあいでは叶う筈も無かった。
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