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ハウドラントとグラウレスタであまり意味の無い騒動が起こっている事など、ドルネフィラーにいるアリエッタ達には知る由も無い。
一行は楽しそうに喋りながら、チェック模様の空の下を、ただひたすら歩いていた。
「へー、テリアおねーちゃんって、お姫様なんだー」
「そうなのよー。ぜんっぜん似合わないでしょ? 最後に(笑)とかつけたくなるわよね」
「なんで自分で言うのよ……」
助け出したメレイズは人懐っこく、すぐに全員意気投合している。アリエッタも楽しそうなメレイズに時々笑顔を向けられ、なんとなく嬉しくなっていた。
(めれいずちゃん、可愛いなー。これってもう友達になってるって事だよね? そうだといいなぁ)
アリエッタにとって初めての同年代…かは分からないが、同じくらいの身長の相手は初めてなのである。公園で遊んでいた時も、言葉の壁を無視して積極的に話しかけてきてくれた事もあり、このまま仲良くなれたらと思っていた。
「ねーアリエッタちゃん。他にどんな言葉を知ってるの?」
(?)
歩きながら時々質問されるが、意味が分からず答えようがない。その都度ミューゼとパフィが説明したり、アリエッタにどうにか説明しようとしてエルツァーレマイアに不思議そうに見られて、悲しい気分になったりしていた。
相変わらず意思疎通に苦戦しているが、それでもめげずに会話を試みた結果……
「ジャーンプ!」
「じゃーんぷ」
メレイズの真似をして、掛け声と同時に飛び上がるようになった。そんな2人の無邪気な遊びを見て、大人達はほんわかしている。
アリエッタは「ジャンプ」を覚えた。
「あ~もう可愛いなぁ」
「和むわね~」
(アリエッタが飛び跳ねてっ! スカートひらひらしてるのが眩しすぎる! そのまま私に飛び込んでこないかしら!)
1人だけ興奮しているが、いきなり自分から飛び込むなどの無粋な真似はしようとしない。
そんな調子で時々はしゃぎながら歩いていると、突如周囲の景色が変化した。
「あ、移動したのよ?」
「わーお、テキトーに進んでみるものねー……」
新たにやってきた場所は、黄色の葉をつけた青と緑の斑点模様の木が並ぶ森の中。地面は緑色に、空は淡い虹色になっている。
空を見上げて遠くを見ると、水の玉、キノコ、雲、岩、魚影、花などがぷかぷかと浮かんで見えた。それなりに離れているのに、はっきりと見える程度には大きいものばかりである。
「うわーなにこれなにこれ! ここどこ!? アリエッタちゃん! なんかお空が綺麗だよー!」
「まぅ!? めれいず!?」
はしゃぐメレイズに突然手を取られて、バランスを崩しながら慌てるアリエッタ。体勢を立て直してメレイズの見ている方向に目を向け、一緒に驚き始める。そしてこの顔は見逃さないとばかりに、エルツァーレマイアが傍に駆け寄っている。
その間にもネフテリアが周囲を見回し、状況を確認する。
ドルミライトの生物がいた場所をただ歩いていただけで今の場所に移動する事自体は、いくら考えても最後は『ドルネフィラーだから』に落ち着いてしまう。環境や現象の違う数多のリージョンの中でも、ドルネフィラーはそれだけ特異なのである。
「空が虹色なんて、まるでアリエッタちゃんみたいね」
「まさかアリエッタはドルネフィラー出身なのよ?」
「いやまぁ……あり得なくは無いくらい不思議な親子だけど」
ドルネフィラーで邂逅したエルツァーレマイアをチラリと見てそう呟くが、全くの偶然である。
しかしネフテリア達がそう思うのも無理は無い。エルツァーレマイアの案内でドルミライトを見つけ、メレイズを救助出来ている。むしろ関係があってくれた方が、ややこしくなくて嬉しいとさえ思っていた。
「どこで生まれたかとか、なんて聞けばいいんだろう……」
「帰ったらアリエッタと言葉の勉強いっぱいしよう。真似とかしてくれるみたいだから、それでなんとか理解してもらえるかな」
「のんびりしすぎたツケが回ってきたのよ」
今はまだ指を差した人や物の名称を教えていくくらいしか出来ていないが、本格的に会話が出来るように、言葉の教え方を研究しようと心に誓うミューゼ。先程のメレイズとのやり取りで、そのやり方を1つ学んだのだった。
「まぁそれは戻ったらね。周囲には木以外何もなさそうだし、とりあえず……ん?」
話を一旦切り上げて、とりあえず歩いてみようかと思ったその時、木々の向こうから物音が聞こえた。
ミューゼはアリエッタとメレイズの傍に寄り、2人を守る。パフィはフォークを構え、防御姿勢に。ネフテリアは前方を中心に、周囲を警戒した。そしてエルツァーレマイアは音がした方向へ歩いて行った。
(何の音かしらー♪)
「ってちょっとちょっとエルさん!?」
無防備かつ笑顔で向かうエルツァーレマイアにビックリして、ネフテリアが声を上げる。だがそんな事はお構いなしに茂みの向こうを覗き込んだ。
『あら?』
「危ないのよっ! 戻ってくるのよ!」
慌ててパフィが駆け寄り、腕を掴んで戻そうとした。茂みの奥を覗いていたエルツァーレマイアは無抵抗に引っ張られ、大人しく後退した……かに見えた。
ずぞぞぞぞぞ
「はい?」
引っ張ったエルツァーレマイアの後ろにある青色の物体……に引き摺られているのは、丸い背中に斑点模様の木を生やした大きな亀のような生き物だった。青色の物体に体を掴まれ、足に力を入れて抵抗しているが、全く意味を成していない。
「うわあああ!! 何コレでっか! エルさん危ない!」
『ほらほら見てアリエッタ! 変なカメさんよ!』
『なんか嫌がってるよ!? そんなの拾っちゃいけません! 元の場所に返してきなさい!』
突然現れた縦に長いその生物を見て、ネフテリアとアリエッタは大慌てでエルツァーレマイアに駆け寄った。
『えー、せっかく拾ったのにー』
「『ママ』、めっ!」(ここは僕がママを説得する! デキる大人な所をみんなに見せれば、きっとまた撫でてもらえる!)
何度も撫でられ、その幸せな気分を覚えてしまったアリエッタは、自然とそれを求めるようになっていた。順調に精神年齢が下へと成長している様子である。
しかし説得が必要なのもまた事実。アリエッタが叱り始めた事を察したネフテリア達は、一旦様子を見守る事にした。その結果、
「ごめんなさい……」
女神エルツァーレマイアは『ごめんなさい』を覚えた。
どう返事を返せば良いのか分からないネフテリアは、とりあえず乾いた笑いを浮かべている。その後ろでは、説教したアリエッタがミューゼとメレイズに撫でられご満悦。その幸せそうな顔を見た女神は、そこに自分が混ざっていない事に絶望した。
その顔を見て苦笑したパフィが、木の下にある生き物に近づき、まじまじと見つめた。
「この生き物はなんなのよ?」
「さぁ、ドルネフィラー特有の生物でしょ。ここ森っぽいし」
アリエッタによる説教が始まった時から、少し離れて大人しくしていたカメのような生き物。警戒というよりは、様子を見るように首を伸ばしたり傾げたりしている。
「わたし知ってるよ。ドルネフィラーには木みたいな生き物がいるんだって! たぶんその子だよ」
生き物の事を知っていたのはなんとメレイズだった。ドルネフィラーについて母親と勉強したというメレイズによると、森でのみ生息し、幹にある斑点模様と根本から手足と顔を出すのが特徴の、大人しい生き物だという。
「メレイズちゃん物知りね~」
「えへへ」
「あっ、そういえばそうだった。状況が慌ただしかったから忘れてた……あはは」
ミューゼとパフィから白い目で見られて、ネフテリアは目を逸らす。
うっかりといえばうっかりだが、周囲を注意深く見て頭をフル回転させ続ける中、前の場所では怖い目に遭い、エルツァーレマイアによる呑気な暴走で驚愕したりと、おかしなハプニングばかりで忘れてしまうのも無理は無い。
咳払いして強引に持ち直すと、周囲を見渡して、思い出した事を整理し始めた。
「ここはたしか『獣の森』って呼ばれている場所ね」
「獣の森? 他のリージョンみたいに発見者の名前とかじゃないんですか?」
「ドルネフィラーって普通には来れないでしょ? だから初めて来ても分かりやすいように、見たままの名前を付けられてるんだと思う」
「なるほどなのよ」
「資料によると、頭にドルミライトをつけた獣なんかがいるの。ドルミライトが森で変化した姿と言われているわ」
今も静かにネフテリア達の動向を見守っているかに見える生き物に視線を向けた。木の根元にはドルミライトが輝いているのが見える。その大人しい姿に納得し、さらに話を続けていく。
「ヴォル型やネイグ型みたいに、分かりやすい形をしているらしいの。見た事ある感じなのが多いのは、人々の夢から作られた存在なのかもしれない……って書いてあったかな」
ヴォルは四つ足の狼のような見た目の獣、ネイグは細長い蛇の総称である。他にもファナリアやグラウレスタなどでも見られる一般的な形状の獣が、ここドルネフィラーでも見られるという。基本はどれも信じられないくらい温厚で、向こうから何かしてくるという事は無い。
しかし、中には例外もいる。
「で、ここで気をつけないといけないのは、獰猛そうな獣に遭ったら絶対に接触せずに倒すか、他の夢に逃げこめって事」
「獰猛そうな獣って、どういうのがいるのよ?」
それは他の温厚な生物と見た目自体は同じだが、常にその表情は怒りや悪意に満ちているらしい。そしてそれこそが悪夢のドルミライトで、接触すれば悪夢を体験する事になるという危険な存在である。
「他の場所と違うのは、ここではドルミライトが森の獣の姿になってるって事かな。もし平原とかで遭遇していたら、石がそのまま追いかけてくる筈だから」
「それはそれで怖いですね……」
怒れる獣に襲われるのは怖いといえば怖いが、シーカーとしてグラウレスタにも行っている2人にとっては対処しやすい存在である。しかし、石が無機質に襲い掛かってくるというのは想像すらしづらく、ある意味こっちの方が怖いと思っている。
ここではその想像は意味無いと、いらないイメージを振り払い、パフィは気になった事を質問した。
「獰猛そうな獣って、あーゆー感じなのよ?」
パフィが指し示した先には、額にドルミライトをつけた大きな狼のような獣がいる。姿勢を低くし地面に爪を立てながらこちらを睨みつけていた。
「そうそう、あーゆー感じだっ…て?」
ネフテリアは二度見して目を疑った。遭遇すらしたくないと思っていた悪夢に、いつの間にか狙われているのだ。
「うそーん……」
愕然とし、思わず呟いたその瞬間、獣は地を蹴り飛びかかってきた。