夕食を振る舞い、食後のワインを飲む頃になっても、彼女はバレンタインの話題など何も持ち出してはこなかった。
もしかして忘れていて……いや、忘れていたのだとしたら、なぜ今日になって会おうと言ってきたんだ……。
2月14日に会いたいという時点で、今日がバレンタインだと気づいていないはずが……そこまで考えて、ワインをひと息に煽った。
どうしてこうも頭がチョコレートで埋め尽くされているんだ……。
……もしかしたら、バレンタインに何もないということは、別れ話でも告げるつもりで──
いや、そんなわけが……振り払おうと思えば思うほど、頭の中がそのことばかりに支配されていく。
もはや思考が止まらなくなって、立て続けにワイングラスを空け、どうにかそのことから考えを逸らそうとした……。
あまりにいろいろと考えすぎたために、酔いがまわるのが早まってくる。
グラスをテーブルへ置き、こうなったら私の方から切り出してみようかと彼女の顔を窺ってみた。
すると、ふいに「先生」と彼女に呼びかけられて、
「……ちょっと目をつぶってもらっても、いいですか?」
そう促された。
「目を、ですか…?」
言われるまま目を閉じると、唇に何かの感触があたった。
「もう、開けてもいいです…」
彼女の声に目を開いてみると、私の唇に彼女が押し当てているものが見えた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!