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#一次創作 #嘘 #友情
「俺さ、実は昨日死んだんだよね」
「…は」
俺の家の扉の前で待伏せをしていたその男は、出会い頭にそう言った。手から滑り落ちた鍵の硬い音が、学生の通り終わった静かな通学路に吸い込まれていく。
伏せた目をこちらに向けて、思い詰めた顔の男はもう一度口を開いた。
「なぁんちゃって。ど?びっくりした?」
目の前のへらりと笑ういかにも軽薄そうな男と俺の間に、絶対零度の風が通り抜けた。大学の前にわざわざ会いに来たと思えばこれだ。 場の冷えきった空気とは裏腹に、俺の腹の底はぐつぐつと熱く煮え滾っていく。
「お前という奴は、毎度毎度本っ当に…」
「そんな怒んなってぇ」
絞り出した声に尚もへらへらと笑いながら返すその態度に、更に苛立ちが増していく。
「お前がそんなのだから”狼青年”だなんて呼ばれるんだぞ。そもそも、そういうことはネタでも何でも言っちゃ駄目だろ」
「ごめんってばぁ」
「まったく…次からはもうお前の言う事なんて信じないからな」
「…ふふ、うん」
じとりと笑顔の男を睨みつける。
「何笑ってんだ」
「えー、えへへ。それ、前も、その前も、ずっと言ってるよなぁって」
男の最初の軽薄な笑顔とは違う、純粋に嬉しそうな笑顔のせいで、段々と怒りが収まっていく。
「いいか、もうあんな嘘つくなよ」
「善処しまぁす」
「…約束しろ」
「はいはい、約束しまぁす」
埒が明かない。
「俺、一限取ってるからもう行くけど。お前は今日は三限からだっけ」
「うん、そう」
「ん、じゃあまた後でな。ちゃんと来いよ」
「えー」
あからさまに誤魔化そうとしているのが分かる。
「…来なかったら今日の焼肉奢らないぞ」
「んー、それは嫌かも。しょうがないなぁ…ちゃんと行くよ」
「最初からそう言え」
「だって…ねぇ?」
「何が『ねぇ?』だ」
時間も不味いので、いつも通りのくだらない会話を切り上げて俺は大学へと向かおうとした。しかし、男の一言で止められる。
「鍵忘れてるよ」
「あ、悪い」
男の指差す先を見てみると、男の足元に確かに鍵が落ちていた。すっかり存在を忘れていた鍵を拾い、さっと鞄にしまう。それにしても。
「拾ってくれてもいいんだぞ」
「人の物に触るのはちょっと…」
「あんなに俺のシャーペン借りパクしといてよく言えるな」
「冗談冗談。ごめんね」
「…や、別にいい」
真っ直ぐ謝られて気まずくなる。この男は嘘こそつくが約束は違えないし、根が優しい奴と知っているだけになかなかどうして信じてしまう。それで毎度毎度馬鹿正直にくだらない嘘に騙されているのだが。…いや、次こそは必ずや嘘か真か見抜いてみせる。それでこの男にぎゃふんと言わせてやる。
そう意気込んで顔を上げると、俺を見下ろす男の存外優しげな瞳と目が合った。何だか胸の奥がむず痒くなり、急いで立ち上がる。
「ほんっと君ってば、騙されやすいよね」
「…うるさい」
俺は男に背を向け、一度も後ろは振り返らずに今度こそ家を後にした。
その日、結局その男は大学には来なかった。