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(でなきゃ責任感の強い羽理が、二日も続けて休みたいだなんて言わないはずだもん!)
もしかしたら、屋久蓑部長相手にこんなに強気に出てしまったのは、会社で聞くより彼の声が気持ち緊張しているように感じられたからかも知れない。
(いやいやいや! だからって油断は禁物よ、仁子!)
何せ相手はあの機械仕掛けみたいな印象の、鬼部長様だ。
間違いなど犯そうものなら、論破されて完膚なきまでに叩きのめされてしまう懸念がある。
屋久蓑大葉という男――。羽理と一緒にいるときにはほわりと身に纏う空気感が和らいでいる気がするけれど、それはあくまでも恋人への特別仕様かも知れない。
そう思って気を引き締めた仁子だったのだけれど、このところ屋久蓑部長の雰囲気が変わってきているのを肌で感じているのもまた事実なのだ。
以前は業務上で用事がない限り、他の社員のことなんて眼中にない感じでスルーだったのが、結構な頻度でフロアに顔を出すようになった。
それじゃあ、とすれ違う際「おはようございます」と声を掛けてみれば、驚いたように「おはよう」と返って来るようにもなった。
これまでは、せいぜい偉そうにうなずく程度だった屋久蓑大葉を知っている仁子からすれば、かなりの変化だ。
あれが、全部親友羽理のお陰だと気が付いたからだろうか。
つい【羽理の友人枠】と言うことで、ちょっぴり気が大きくなって〝虎の威を借る狐〟になれそうな気がしている仁子なのだ。
そうして、もしかするとその〝威〟は〝魔王=屋久蓑部長〟対策としては、無敵装備かも知れない。
『あ、いや、すまん。あの後……その、い、色々……あってだな……』
だってその証拠に、仁子の言葉に屋久蓑部長がしどろもどろになっているではないか。
そうしてまた出た、色々!
「もう、二人して『色々』って一体何なんですか! あの子、昨日早退した時は体調的には何の問題もなかったはずなんですよ!? 部長も……羽理と一緒にいらしたならその辺、ご存知のはずですよね!? なのに何を色々やらかしたら休まないといけなくなっちゃうんですか!」
『あー、うん、まぁ、色々は色々だ……。悪いが少々障りがあるから全部は話せん。……けど……何かキミにも心配掛けてしまっているみたいで……その、お、俺のせいでホント、申し訳ない……とは思ってる』
屋久蓑部長の言葉に、仁子はグッと携帯電話を握る手に力を込めた。
(あー、これ絶対、部長ってば羽理を……)
ひとつ良からぬ邪推をしてしまったけれど、それはひとまず置いておくとして確認しておきたいことがある。
「今、部長、確かに『俺のせい』っておっしゃいましたよね? それってつまり……」
昨日、羽理は帰り際、仁子に泣きそうな顔で言ったのだ。
「自分から誘ったくせに羽理との約束を破ったのは部長だったってことで合ってますか? 羽理、すっごく落ち込んでたんですけど……ちゃんとフォローした上で今一緒にいるんですよね!?」
最初、仁子は羽理のセリフを倍相課長がランチの約束をすっぽかしたことだと思っていたのだけれど、課長に聞いてみたら違ったから。
羽理を傷付けた真犯人は誰だろう?とずっと気になっていたのだ。
それが屋久蓑部長だと言うのなら、彼には羽理の心のケアをする責任がある。
それをおろそかにして、もしなし崩し的に破廉恥な行為に及んで体調まで崩させたんだとしたら、羽理の友人として黙っているわけにはいかないではないか。
「どうなんですか?」
黙り込んでしまった屋久蓑部長は有罪に思えた。
『ああ、法忍さんの推察の通りだ。俺が全部悪い。けど――』
そこまで言うと、屋久蓑部長が小さく吐息を落としたのが分かった。
『その辺も含めて昨夜羽理とはちゃんと仲直りした。その上で――』
***
「プロポーズをしてOKをもらったんだ。法忍さんには羽理の友人として、どうか温かい気持ちで俺たちのことを応援して欲しい」
大葉がいきなりそんなことを口走ったから、痛む腰をさすりながら猫型テーブルにもたれ掛かっていた羽理は、「はぅぁ!?」と変な声を上げて身体を起こした。
途端、「イタタタタ……!」とうずくまる羽目になったけれど、実際問題それどころじゃない。
「ちょっと大葉!」
大葉を呼んで携帯電話をひったくると、羽理は「仁子っ、……い、い、い、今のっ!」と何とか誤魔化そうとしたのだけれど。
『ちょっと羽理ぃー! プロポーズって何なのぉぉぉぉっ!』
当然と言うべきか、仁子からそんな雄叫びを聞かされてしまう。
「あ、あのっ、そ、それは……えっと……」
羽理が仁子の勢いに押されていたら、大葉に再度携帯を奪われた。
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