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【過去】
クロッカー 〜 酒場 アポリア亭にて 〜
酒場アポリア亭。ケトロの町で唯一の酒場。ここの酒場のロックウィスキーは絶品だ。氷はここから西にあるペレンラ山脈付近にある天然氷が使われている。
「おーい! クロッカー、ここだ!」
カウンターの席で手を振る友人カールを見つけて、儂は彼の隣の席に腰をかける。
「ずいぶんと遅かったな? 待ちくたびれたぞ?」
「やれやれ、もう先に飲んでおるのか」
カールのグラスにはアルコール濃度の高い蒸留酒が入れられていた。香りでわかる。既に彼は何杯も飲んでいるようだ。
「飲み過ぎは体に毒じゃぞ」
「はは、クロッカー。お前さんは機械人形だからわからんだろうが、俺達人間は人生という時間が限られているんだ。その限られた時間で飲める酒も限られてる。なら、今のうちに沢山飲んでおきたいってもんだ」
「その分寿命も縮まるって知っておるか? 儂を基準にお主の人生を語るでないわい」
「がはは! それもそうだな!? マスター! もう一杯!」
カールはグラスに入った蒸留酒を一気に飲み、おかわりを頼んだ。儂も彼と同じ蒸留酒を一杯頼んでぐっと飲み干した。管の中を濃度の高いアルコールが通るのがわかる。
「……お前さんに、聞きたいことがある」
「ん? なんだ?」
儂はグラスに映る自分の顔を見ながら、カールにある質問を投げた。
「何故、死体の数を偽った?」
「……死体ぃ?」
「とぼけるでない。儂を舐めてもらっては困る。孤児院の現場に散乱した食器が、死体安置所にある子供と三人の修道女の数と一致しなかった。お主は始め、死体は全部で十五人と言った。だが、実際は十八人。残りの三人の子供、あるいは大人。生き残りがおるはずじゃ」
カールは酒を自分で注ぎ、また一気飲みをする。こちらに視線も合わせずにグラスの中に入っている蒸留酒を見つめていた。
「ほーん? それで?」
「今、儂の弟子が襲撃されたリベールト孤児院を調べておる。<あるもの>を取りにな?」
「……ほう?」
余裕の表情。何も見つからない、という自信でもあるのだろうか。ポーカーフェイスというわけでもない。酒の力のせいなのか儂にはわからなかった。
「あの三人の修道女。彼女たちは本物の修道女ではないな? 儂が見たところ、あれはそう……売人、と言ったところか。髪の色を変えたり、濃い化粧。そして、タバコなどを吸っているところを見ると相当な金銭が裏で回っているとみた」
「ハッ、そんなの今のこの時代ではありえないことでもないだろ? 身分を偽ったやつが姿形を変えて新しい人生を送ったって、いいだろう?」
「……そうじゃな。だが、その売人をこの国に招き入れたのは紛れもない。お前だ」
戦争が起こっているこのご時世。町に入国するには必ず、その町の偉い町長や保安官を通さなければならない。この町の町長はどうなのかはわからないが、目の前にいるこの男。カールはこの町の一番偉い保安官だ。彼女たちの身分を知っておきながら、この町に置くことを許したのだ。
「……確かに、俺は保安官としてやってはいけないことをしたかもしれん。だが、それとお前が追ってる事件とは何の関係がある? 俺がビヴォと何の関係があるってんだ?」
「……ボロを出したな。カール」
「あん?」
「儂は、お前に一度もビヴォの話をしたことがないぞ」
「……ああ、くそ。酒のせいだな」
カールにはビヴォの事は一度も話したことがない。ビヴォの名前を出さずに敢えて、保安官やカール達の前では「犯人」と呼んでいた。保安官に、ましてや人間に魔人の存在を話したところで信じてもらえないと思ったからだ。
「それに、あのチケット。宿の女将はお遣いの子が持ってきたと言っておった。儂とエーヴェルがいる宿の場所を知っておるのはお前さんと、案内してくれた保安官だけだ」
あの日、宿に届いた手紙とビヴォのチケット。何故お遣いの子があの手紙を宿に持ってきたのか。宿に泊まっていると知っているのは宿を紹介してくれたカールと、案内してくれた保安官のみ。それなのに、手紙が届くのはおかしいのだ。
「まだあるぞ、あの路地裏の存在を知っているのは儂とエーヴェル、そしてビヴォの三人。それなのに、タイミングよくあの人数の保安官たちを動かせるのは一番偉いお前さんしかおらん」
カールはまた酒を一気飲みすると、ふう、と一息ついた。懐から一本の巻きたばこを取り出し、マッチで火をつけて吸い始めた。やがて、観念したのか何も言わなくなった。
「何故じゃ……、カール。お前さんのような男が何故?」
「……なぁ、クロッカー。お前さんのような心のない機械にはわからないだろうよ。過ちを犯しちまった人間を、すべてをなかったことにしたいという後悔の気持ちがよ」
「嗚呼、わからんな。何せ、人間はすぐ腐るからのう」
「薄情だな。慰めの言葉もないってか……」
「カール、今ならまだ」
カールは火のついたタバコを素手でぎゅっと握り潰す。すると、宿で作ったペンデュラムが激しく揺れ始めた。
「もう、遅い」
「カー……」
タバコを握った手から黒い血が溢れ出した。儂がその場からすぐに離れると、カールの座っている席を中心に、床と天井から黒い血が雨のように降り注がれた。黒い血を浴びながらカールはゆっくり口を開いて詠唱した。
「……躍れ、ビヴォ」
キャキャキャキャキャッ!!
不気味な声が店内に響き渡る。客人は慌てて店の外へと逃げて行く。床に酒瓶が音を立てて落ちる。ペンデュラムが激しく揺れ続ける。黒い血がカールの前に集合すると、それは姿形を現した。
「イッツショー・エクスキューショナぁああああ!!!」
「ビヴォ!」
呪文を唱えようと片手を出した時、床に大きな穴が突然現れた。浮遊する術を唱えるまでもなく、儂はその大穴に吸い込まれるように落ちた。
「カール!」
「じゃあな、クロッカー。最期にお前さんと酒が飲めてよかったよ」
高笑いするビヴォに、その場から去ろうとするカール。儂はなんとか地上に戻ろうと手段を考えているが間に合わない。このままではカールもビヴォも捕らえることができない。そう思っていた時。
「風凪(かぜなぎ)!」
何処からか小さい竜巻のような風の刃が無数に飛んできた。コントロールこそできていないものの、何個かビヴォに当たっていた。ヒュンと風を切るような音とともにビヴォの指が数本切れた。
「いでえええええ!?」
痛がりながらビヴォが片腕を押さえ、指が切り落とされた手を見つめている。こちらから視線が逸れているこの瞬間に、ペンデュラムについている紐に術をかける。伸びた紐が天井についているシャンデリアを掴むと同時に術を解除すると、紐が元の長さに戻る反動で穴から出ることができた。
「だ、誰だ!? 僕ちゃんの、指を、切ったやつわぁああ!?」
ビヴォの指を切ったのはもちろん儂でもなければ、カールでもない。では、誰か。第三者、というべきその人物はゆっくり酒場の中に入ってきた。
「随分と早かったのう?」
「邪魔さえ入らなければもっと早く到着しましたよ、先生?」
「お、おおおおお前は!? クロッカーの弟子ぃ!」
酒場に入ってきたのは、不敵な笑みでビヴォとカールを見ている弟子のエーヴェルだった。