冬季休暇が終わり、今日からまた学園での日々が始まる。
ルシンダは一月ぶりの教室に入り、自分の席に腰かけると鞄から教科書を取り出した。そして、それを机にしまおうとしたところで、机の中に手紙が置いてあることに気がついた。
冬季休暇に入る前は、机の中は空にしていたはずだから、おそらく今朝置かれた手紙だろう。
封蝋や差出人の名前もなく、封筒にはただ「ルシンダ嬢へ」と宛名だけ書かれている。
(私宛? 何の手紙だろう)
特に警戒することもなく手紙を手に取り読んでみると、そこにはルシンダを思う心情が、少し乱れた筆跡でしたためられていた。
君のことが朝も夜もずっと頭から離れない。
名前も名乗らずにこんな手紙を書いてすまない。
自分は君に相応しくないと分かっているが、
こんな形ででも気持ちを吐き出してしまいたかった。
いつも君を見ている。
誰のものにもなってほしくない。
想いと嫉妬ばかりが募って毎日が苦しい。
手紙を読み終えたルシンダは困惑した。これは一体どういう手紙なんだろうか。
一瞬、ラブレターかとも思ったが、マンガでよく見たラブレターは「好きです。付き合ってください」とか「放課後、体育館裏で待ってます」などと書かれているものだったから、これは違う気がする。
(もしかして、恋パラのイベントと何か関係があったりするのかな?)
差出人も書いていないし、すぐに返事を求められている訳ではなさそうだ。
とりあえず、放課後になったらミアに聞いてみよう。そう考えて、ルシンダは手紙を鞄にしまった。
そして放課後。ルシンダは例の手紙を渡してミアに尋ねてみた。
「今日机の中にこんな手紙が入ってたんだけど……。原作のイベントと関係があるのかな?」
手紙を読んだミアは盛大に顔を引きつらせた。
「何これ、重っ……。『いつも君を見ている』って、ストーカーみたいじゃない。こんなの恋パラのイベントにはないわよ」
「あれ、イベントじゃないんだ。じゃあ一体何なんだろう……」
「文面からするとラブレターなんでしょうね。重くて怖いけど」
「えっ、これもラブレターなの? 好きですとか、体育館裏への呼び出しも書いてないのに?」
ルシンダが心底驚いた表情で聞き返す。
「あなたのラブレターの知識、偏ってるわね……。文面を見たら、ほぼ間違いなくラブレターだと思うわよ。一方的に想いをぶつけているだけみたいだけど」
「これもラブレターなんだ……。でも、本当に私宛なのかな?」
「ルシンダ嬢へって書いてあるんだから、確実にあなた宛でしょ。差出人は不明だけど、机の中に入ってたのなら、おそらく学園の関係者でしょうね」
「私を好きそうな人なんて、全然心当たりがないけど……」
「突っ込まずにスルーすべきか……。でもまあ、彼らなら匿名でこんな手紙なんて送らなさそうだし……」
目の前の友人の鈍感さにミアが呆れていると、ルシンダがぽつりと言った。
「……この手紙、なんだか苦しそうで心配だな」
「えっ、あなたこんな手紙もらって気持ち悪いとか怖いとか思わないの?」
「うーん、脅迫状みたいなのだったら怖かったかもしれないけど、これはそんなに」
「……はぁ、あなたは本当に危機感がないんだから……。とりあえず、この手紙のことはあなたのお兄さんに伝えておくわよ。前世のほうの」
「分かった。……ごめんね」
「いいわよ。そうだ、あなたにもこれを渡しておくわ」
ミアが鞄から四角い手鏡のようなものを取り出して、ルシンダに渡す。
「これ、私が作ったの。前世のスマホみたいなものよ。この魔石のところに魔力を流すと、私と通話できるから。動画も送れるのよ」
「えっ、スマホ!? すごい! ミア天才!」
ルシンダが褒めると、ミアは満更でもなさそうな顔をして言った。
「私も一応恋パラのヒロインですからね! ……まあ、何もないとは思うけれど、何かあったらいつでもこの魔道具で連絡してちょうだい。あと、あんまり一人でふらふらしないこと」
「うん、分かった。……ふふ、ミアってなんだかお姉さんみたい」
「それはそうよ。私、前世ではあなたより一回り年上だったもの」
ミアが衝撃の事実を明かす。ルシンダは驚きすぎて、もらったばかりの魔道具をうっかり取り落としそうになってしまった。
「ええっ、そうだったの!? すみません、てっきり同年代だと思ってタメ口で話しちゃってました……」
前世ではずっと年上だったのかと思うと、自然と言葉遣いも敬語になってしまう。
「今は同い年なんだから、そんなこと気にしなくていいわよ。敬語もやめてよね。じゃあ、この手紙についてはユージーンに知らせておくから、あなたは安全に気をつけるのよ」
「……うん。ありがとう、ミア」
そうして話を終えた後は、ミアが馬車まで送ってくれた。
正直、そんなに危険なことが起こるとは思えないのだが、自分の身を案じてくれるのが嬉しかった。
「やっぱり、友達っていいな」
実は一回りも年上だったのには驚いたけれど、ミアと仲良くなれてよかった。
同じ世界に転生したのがミアでよかった。
屋敷へと向かう馬車の中で、ルシンダはそんなことを思った。
◇◇◇
次の日の放課後。
ルシンダは生徒会室で険しい顔をした五人の人間に囲まれていた。
「ミア嬢から話は聞いたよ。手紙を見せてもらえるかな、ルー」
ユージーンが笑顔で話しかけると、ミアもそれに同調した。
「私もみんなに見てもらったほうがいいと思うわ。やっぱり不安だもの」
ルシンダはいくらなんでも大袈裟ではと思いながらも、生徒会室に漂うただならぬ雰囲気に気圧されて鞄から手紙を取り出した。
「これがその手紙ですけど……」
おずおずと机の上に置くと、ユージーンがそれをパッと手に取って読み上げた。
読み上げるときの声がもの凄く低く冷え切っていて、なんだか怖い。
クリスも珍しくイライラした口調で吐き捨てた。
「なんだこの手紙は」
「名前も名乗らずに気味が悪いですね」
「机にあったのはこの手紙だけか? 他に何か怪しいものは?」
アーロンとライルも苦々しい顔をしている。
「受け取ったのはこの手紙だけです。……あの、ごめんなさい。そんなにみんなが怒るなんて……」
みんなに険しい顔を向けられ、なんだか申し訳ないような気がしてきて、ルシンダは頭を下げて謝罪した。
「ルーは悪くないよ」
「そうよ。あなたに怒ってるんじゃなくて、あなたがおかしな男に狙われているんじゃないかって、みんな心配してるのよ」
「そ、そうなんですか……?」
「当たり前ですよ」
「心配するに決まってるだろう」
先程まで怒ったような表情だったアーロンとライルが、気遣わしげにルシンダを見つめる。
自分を思いやってくれる言葉に心が温かくなるのを感じていると、クリスが考え込むように言った。
「……学園は危険だ。差出人が分かるまで、ルシンダは屋敷に閉じ込めて僕が守ろう」
「いえ、王宮のほうが安全でしょう。近衛騎士を護衛につけ、一日中監視します」
「うちの”影”に差出人を調べさせようか。後始末は任せてほしい」
クリス、アーロン、ライルの三人が真剣な顔で訴える。
さも当然のことのように言っているが、あまりにも過保護だし、なんとなく物騒なことを言っている気がする。
「あの、ちょっとシリアスな手紙をもらっただけですよ……?」
互いに同調してどんどんヒートアップする三人を前にオロオロしていると、ミアが溜息をついた。
「はあ、あなたたちも重いわよ……。ちょっと、ユージーン会長から言ってやってください」
ユージーンはミアの要請に心得顔でうなずくと、おもむろに口を開いた。
「ルーは我が公爵家で預かるのがいいと思う」
「ちがーーーう!!」
生徒会室にミアの声が響き渡った。
その後、ミア主導の下できちんとした話し合いが行われ、ルシンダは登下校は必ずクリスに付き添ってもらい、学園では同じクラスのミア、アーロン、ライルと一緒に行動して、決して一人にならないということに決まった。
「色々落ち着かないかもしれないけど、差出人が分かるまで我慢してね」
「うん、みんなを信じてるから大丈夫。ありがとう」
ルシンダがはにかんだ笑顔でお礼を伝えると、ご機嫌になったユージーンがちゃっかりルシンダに抱きつこうとして、また一騒動あったのは別の話である。
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