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終電が近づく金曜日の夜、渋谷駅のホームは人でごった返していた。
加奈はスマホを手に持ったまま、ふと風の冷たさに肩をすくめた。隣に立つ涼太は、何か言いたげに口を開いては閉じ、ただ黙っていた。
「もうすぐ、電車来るね」
加奈がつぶやく。涼太は小さくうなずいた。
「……加奈。今日、ちゃんと話そうと思ってた」
電車のアナウンスが流れる。彼の声は、それにかき消されそうに小さかった。
「俺、転勤になったんだ。大阪。来週から」
加奈は目を見開いた。その表情に、驚きよりも、どこか予感していたような静けさがあった。
「……そうなんだ」
沈黙。
「加奈と出会えて、本当に良かった。毎日が楽しかった。けど、このまま中途半端に付き合い続けたくないって、思ってた」
「……うん。わたしも、なんとなく、そんな気がしてた」
電車のヘッドライトがトンネルの向こうから見えた。
「ありがとう。大好きだったよ」
「うん。わたしも」
そして、最後の電車がホームに滑り込む。
涼太は乗り込み、扉が閉まる直前、加奈の方を一度だけ見た。
加奈は笑っていた。目には光るものを浮かべながら。
その夜、ふたりは恋人ではなくなった。でも、確かに恋をしていた。