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『山の写真』
あれは中学二年の秋、部活の練習が終わった帰り道のことだった。
もう日はとっくに落ちて、校舎の裏手にある山の稜線が、濃い墨を流したように黒く染まっていた。いつもは何とも思わないその山が、なぜかその日に限って、妙に気になった。引き寄せられるように、スマホを取り出して山の方角にレンズを向けた。
「何か写るかもな」
そんな軽い気持ちで、シャッターを切った。
その場では何も異変は感じなかった。山は静かで、虫の声すら聞こえなかった気がする。ただ、少しだけ空気が重たかった。
家に帰って、撮った写真を確認したのは夜の10時過ぎ。
画面を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。
空に、女が浮かんでいた。
長い黒髪、真っ白な装束。地に足はついていない。
手には死神のような黒い鎌を持ち、その周囲にはうっすらと赤い光が渦巻いていた。
どこかを見つめているその目は、はっきりとこちらを向いていた。
「え? なにこれ…」
すぐに数人の友達に見せた。けれど、反応は半々だった。
「うわ、マジでいるじゃん…」と青ざめる者。
「は? どこ? ただの山じゃん」と笑う者。
なぜか、“見える人”と“見えない人”が分かれたのだ。
翌朝、怖くなって写真は削除した。スマホからも、クラウドからも。
でも、それで終わりではなかった。
その日以降、「見えた」と言った友人のうちの一人が、突然部活を辞めてしまった。
別の友人は、「夜中に部屋の窓の外に誰か立っていた」と怯え、数日後に引っ越した。
もう一人は事故に遭い、今でも片足を引きずっている。
そして自分は――毎年、写真を撮った日の夜になると、夢の中であの女に出会う。
赤い光が漂う空を、白装束の女が浮かんでいる。ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
そして、鎌を持った腕を振り上げた瞬間――目が覚める。
目を開けた自室の天井には、誰のものでもない黒髪の一本が、いつも落ちている。