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第三章 愛憎相半
4日目
若井は鏡館の窓から差し込む薄い朝日を浴びながら疲れた目をこする。綾華の失踪、 大森とのキスと藤澤の警告。
たった3日間の出来事が頭をぐるぐると巡り、眠りは浅かった。身体は疲労で重く、フリーライターとしての観察力だけが彼を突き動かしていた。バッグには1日目に綾華の部屋の鏡の裏から奪い取った日記が収められている。
10年前の失踪事件、「鏡に閉じ込められた」と記されたその言葉が若井の心に冷たい影を落としている。
大森が食堂に現れ、静かにコーヒーを差し出した。
「よく眠れた?」
大森の灰色の瞳はいつも通り穏やかだが、どこか遠い光を宿していた。若井はコーヒーを受け取りながら、大森の微笑みに心が揺れる。一昨日の廊下でのキス、首筋に触れた唇の感触が丸1日経った今でもまだ残っていた。だが、藤澤の「大森は危険だ」という言葉が頭を離れず若井は無意識にバッグの日記を握りしめる。
「高野はどこだ?」
若井は話題を変えた。このゲームの主催者、高野の派手な笑顔が昨日の冷たい目と重なる。綾華の失踪を「演出」と笑い飛ばした高野の態度が、若井の不信感を煽っていた。
「まだ部屋にいるんじゃないの?」
大森は肩をすくめたが、その声には微かな緊張が混じっているのが見える。
若井は大森の瞳を覗き込み、何かを探す。愛か、嘘か。それとも、10年前の秘密か。
朝食後、参加者が集まるはずのホールに高野の姿はなかった。若井、藤澤、大森の3人だけが、静寂の中で顔を見合わせた。
よりにもよってこいつらかよ……
そんな考えが若井の中で芽ばえる。
藤澤の顔にはいつもの自信に満ちた笑みが浮かんでいたが、左手の傷痕を無意識に隠す仕草が若井の目を引いた。
「高野、遅いな。まさかゲームの演出で消えたとか?」
藤澤の声には皮肉が滲んでいた。
若井は黙ってホールを見回す。壁の鏡が、3人の姿を無数に映し出していた。
鏡の表面は古びてひびが入り、まるでこちらを嘲笑うようだった。
ふと、ホールの隅にある階段を見ると近くに赤黒い染みが落ちているのに気付く。
「…血?」
若井の声が空気を振動する。
大森が素早く近づき、染みを確認した。
「ゲームの演出かもしれない。落ち着いて、若井」
そういう大森の声には普段の落ち着きが欠けていた。若井はバッグから日記を取り出し、乱雑にページをめくる。
「10年前もこの館に血痕があったって書いてある。こんな偶然、あり得るか?」
藤澤が近づき、大森の上から日記を覗き込む。
「若井、まだそんな古い紙切れにこだわってるの?真実を知りたいなら、俺に聞きなよ」
藤澤の目は、若井を捕らえるように鋭かった。若井は藤澤の傷痕を再び見る。
あの刃物で切りつけられたような痕が、10年前の事件と繋がる直感が抑えきれなかった。
「高野を探そう」
若井は決断した。このゲームは綾華の失踪に続き、本物の事件に発展している。
取材者としての直感が、そう告げていた。