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「おめでとうっリュウト!」
「おめでとうございます、リュウトさん!」
「おめでとう、リュウト」
「ますたーおめでとう〜」
四方から祝福の声が降り注ぐ。
華やかな金色の紙吹雪が舞い、花びらが空を埋め尽くしていた。
白い石造りの大聖堂、その中央に伸びる深紅のレッドカーペット。
左右の席には見知った仲間たちや街の人々がぎっしりと並び、笑顔でこちらを見つめている。
……なんでだ?
正面、祭壇の前には、神父――ルコサさんが立っていた。
「ほら、君の結婚式なんだからシャキッとしないと」
「結婚式……」
そうか、今日は――。
「おめでとう!リュウトさん!妹ちゃん!」
俺とアオイさんの結婚式!
扉の向こうから、パイプオルガンの荘厳な旋律が響き渡る。
ゆっくりと開かれた扉の奥から、純白のヴェールに包まれた花嫁が現れた。
「あぁ……綺麗だ」
その姿は、まるで祝福そのもの。
一歩、一歩と、花嫁はゆっくりと俺の方へ歩み寄る。
すれ違う参列者が、花びらを手に微笑みながら見守っていた。
そして――。
______そこで夢が途切れた。
「リュウトさん、起きてください」
「…………ここは……」
「何寝ぼけてるんですか! リュウトさん!」
聞き慣れた声――アカネ?
視界に映るのは、よく知っているベッドと天井。ここは、いつも外で使っている魔法のテントの中、俺の部屋……。
確か俺は……!
「!?」
「リュウトさん?」
慌てて自分の手足を確かめる。
傷ひとつない肌、あちこちに残る筋肉痛。それは確かに“生きている”痛みだった。
「……俺、生きてる……」
「フフッ、そうですよ。やったんです、私たち」
――やった。
俺たちはついに、すべての元凶――魔神を……倒した。
「あ、あれ?」
気づけば視界が滲んでいた。
生きていた喜び、成し遂げた達成感、いろんな感情がごちゃまぜになって、涙が止まらない。
「はは……男なのに、涙なんて」
そんな俺を、アカネは何も言わず、そっと抱きしめてくれた。
「いいんです。男だって……泣いていいんですよ」
「……そっか、アカネ」
「はい」
「……しばらく、そうしててくれ」
「はい」
声に出さず、俺はアカネの胸に顔を埋め、落ち着くまで泣き続けた。
………………
…………
……
「……もういいぞ」
「はい♪」
アカネはそっと腕をほどき、俺は乱れた髪を指で整える。
そして深く息をつき、状況を聞くことにした。
「他のみんなは? ここは……俺たちがいつも使ってるテントで間違いないよな?」
「はい。ここはいつものテントですよ。他のみんなはリュウトさんより先に目を覚まして、外でお祭り騒ぎです♪ ジュンパクさんが、“喜びがあるうちに盛大に祝うのが一番だ”って言い出して、私たちは交代で看病してたんですが……もうその必要はありませんね」
「フフッ……ジュンパクさんらしいな。……でも、怪我人とか出てないのか?」
「安心してください。なんと、クロエさんとたまこさんも来てくれていたんです。二人が中心になって、みんなを治癒してくれました」
「おぉ! まさか六英雄と神の使徒が!」
それはすごい。あの二人の治癒魔法は、他の魔皮紙の治療と比べても桁違いだ――まさに次世代。
……ん? ということは……。
「六英雄が来たってことは!」
「あ、気付きました? フフッ、もちろん来てますよ」
「っ!」
俺はベッドから勢いよく飛び起き、支度を始めた。
「ほらほら、急がなくても大丈夫ですよ。……と言いつつ、私も含めてみんな、妹ちゃんに会ったら一斉に押し寄せててんやわんやになってましたけど」
「そりゃそうさ! あの人の声を聞けるなら、みんな話したいに決まってる――っと!」
急ぎすぎて靴を履くときにバランスを崩した。
「おっと、危ないですよ」
アカネが支えてくれる。
「……ありがとな、アカネ」
「ん? いきなりどうしたんですか?」
「いつも支えてくれて」
「フフッ……お互い様です。なんならこれから一生支えてあげてもいいんですよ?」
「ハハッ、それは遠慮しとくよ。俺には心に決めた人がいる」
「…………そうでしたね。冗談ですよ」
……知っている。アカネは、冗談じゃない。
それは、恋をしている俺が一番わかっている。
みやも、少し違うがあーたんも、俺に向ける感情はわかっている……。
それでも、俺は好きなんだ――何も色を感じなかった俺に、色を与えてくれたあの人が。
「いや、何でもない。……さて! しんみりしちまったな。早く行こう!」
「はい!」
テントの扉を押し開けると――そこは、まさにお祭り騒ぎの渦中だった。
「おぉ……」
長く並べられた大きな机には、香ばしい匂いを放つ肉の塊、湯気を立てるスープ、色鮮やかな果実……見ただけで腹が鳴るご馳走がずらりと並んでいた。
その周りでは仲間たちが酒杯を掲げ、笑い声と歌声を交わしながら、勝利の夜を全身で味わっている。
「すごいな」
「はい♪ 今回はこれだけの大規模戦闘だったのに、死人はなんとゼロ! みんな心の底から勝利を祝っています」
「ゼロ!? ……すごい」
死人は覚悟していた。だからこそ、この数字は信じられないほどの奇跡だ。
「確かに……これなら心の底から喜べる」
安堵とともに、俺の腹がぐぅと鳴る。
「フフッ、腹ごしらえしてからでも遅くありませんよ。それに――」
「?」
そのとき、お祭りの中から「あーーーっ!」という大声が響いた。
振り向くと、ホワイト団の一人がこちらを指差して叫ぶ。
「グリード王国の英雄、リュウトさんだ! みんな、リュウトさんだぞ!」
瞬く間に視線が集中し、歓声と足音が一気に押し寄せる。
「あ、はは……」
「やっぱりこうなりましたか……」
「やっぱり?」
「ヒロユキさん達も同じでしたよ。私たちのことは噂で広まってますから……要するに、有名人です」
「なんだそりゃ」
「フフッ、ですよね」
悪い気はしない。俺は歓声に囲まれながら、勝利の余韻を味わった。
――まさか、この場にいる者たちの中に、一人だけ“色が付いていない”人間がいることに気付くのは、もう少し先の話だ。