テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
猫見くんだ
猫見くんは猫っぽい。
気まぐれで気分屋。授業中にぐっすり眠っていたかと思えば、急に先生を唸らせるような鋭い指摘をする。かと思えば、鉛筆を転がして一人で遊んでいたり。
声をかけると気のない返事をされることもあれば、ふっと優しく笑ってくれることもある。
その笑顔を見るたびに、胸が少しだけざわついた。
――ガタン。
不意に大きな音がして、驚いて横を見ると、猫見くんが私の机に自分の机をくっつけてきていた。
何事もなかったかのように片肘をつき、眠そうな目をしている。
私はびっくりした
――ガタン。
再び机を寄せ私の机を窓際へと押しやってくる。
思わず目を丸くして猫見くんを見つめる。
彼は不敵な笑みを浮かべ、いたずらっぽく目を細めた。
そして低く、わざと挑発するように口を開く。
「……何だと思う?」
からかっているのか、本気なのか。
掴みどころのないその声音に、胸がざわつく。
「ええと…」
「ひなたぼっこ?」
「今日…日差しがぽかぽかだよね。気持ちよさそう。」
締まりのない顔でふわっと笑うと、猫見くんはさらに机をぐいっと押し寄せてきた。
「もっとこっちにやって」
そのまま、ぴったりと机をくっつける。距離が一気に縮まって、息が止まりそうになる。
けれど、次の瞬間――彼は何事もなかったかのように目を閉じ、すやすやと寝息を立て始めた。
……無防備すぎる。
ぽかぽかの日差しの下、隣ですやすやと眠るその姿に思わずつぶやいてしまう。
「……ね、猫だ……」
先生が教室に入ってきた。始業のベルが鳴る。
黒板にチョークが走る乾いた音が響く中、隣では猫見くんがまだ気持ちよさそうに眠っていた。
まるで授業の開始など存在しないかのように、日差しを浴びて穏やかな寝息を立て続けている。
……起こすべきだろうか。
声をかけるか、それとも見て見ぬふりをするか。
ほんの一瞬の迷いが、やけに長く感じられた。
「授業始まったよ」
猫見くんは、ぱちりと目を開けると大きく背を伸ばした。
「今どこやってる?」
私の教科書をちらりと覗き込み、短く確認すると「あぁ、ここね」と呟き、机からノートを取り出す。
ペン先が滑るように紙を走り、スラスラと問題を解いていく。
パタン。
軽い音を立ててペンを倒すと、猫見くんは私のほうにノートを差し出した。
「多分、今日ここ当てられるよ。」
「え……?」
思わず声を漏らしたその瞬間――。
猫見くんの予言通り私は先生に問題を当てられ息が詰まった。
慌てて猫見くんのノートを見て、なんとか答えを口にする。
「……正解。」
事なきを得て、胸をなで下ろした私の横で、猫見くんは微笑みながら小さく私にぴーすして見せる。
猫見くんのおかげで助かった……。
けど、なんであんなふうに分かったんだろう。
――猫の、野生の勘ってやつ?
胸の中でそんな風に呟きながら横目で彼を見た。
猫見くんは何事もなかったかのように、頬杖をついて鉛筆を転がしている。
やがて授業が終わると、彼は机を離し、元の定位置に戻った。
もう日向ぼっこは満足したのだろうか――そう思ったが、窓の外を見ると、いつのまにか柔らかな日差しは消えていた。
「猫見くん、ありがとう」
思い切って声をかける。さっき助けてもらった礼を伝えたくて。
けれど、返事の代わりに――。
ぐぎゅるるる。
静かな教室に、彼のお腹の音が響いた。
「……お腹すいた」
気まずそうに頭をかくでもなく、猫見くんは平然と呟く。
その自然体に、思わず笑いがこぼれそうになった。
すんすんと匂いを嗅ぐ。
「もしかして、にぼし持ってる?」
にぼし臭がしただろうか? 自分でも改めて嗅いでみるが、しっかり封がしてあるから匂いはしない。
「……はい、どうぞ。さっきのお礼」
おずおずと差し出したのは、小袋に入ったおつまみ用のにぼし。それを見た猫見くんの顔が、ぱぁっと明るくなる。
「またお腹が空いたら、問題解いてあげるよ」
そういたずらっぽく笑いながら、彼はご機嫌な様子でにぼしを受け取った。
「……」
どうやら、食事中は話さない主義らしい。
にぼしの香りが教室に漂えば、周囲の迷惑になるかもと思い、窓を開ける。
外から心地よい風がふわりと通り抜け、教室の空気がゆるやかに流れる。
そっと目を閉じて、その風を肌で感じた――その瞬間だった。
「危ない!!」
猫見くんの鋭い声が教室に響く。
それと同時に、私の目の前が真っ暗になった。
「ここは、、」
「……起きたか?」
シャッ、とカーテンが開き、柔らかな光が差し込む。
ベッドの横に猫見くんが座り心配そうな顔で、そっと私の手に触れる。
「どこか痛い?」
その声は思いのほか優しくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。きっと、ずっとそばについていてくれたのだろう。
彼の話によると、外からサッカーボールが飛び込んできたらしい。
とっさに猫見くんがかばってくれて、なんとかボールは弾かれたものの――私は驚いて、そのまま気を失ってしまったらしい。
「どこも痛くないよ。昨日夜更かししたから、そのせいかも」
そう言うと、猫見くんは「ふぅん……じゃあ、もうちょっと寝たら?」と呟くと少し強引に肩を押し、私は再びベッドに寝かされた。
お言葉に甘えて、もう一眠りしようか――そう思った矢先、猫見くんの視線がじっとこちらを見つめていて、なんだか落ち着かない。
「猫見くんは教室戻らないの?」
「俺もちょっと寝よっかな」
そう言うと、ベッドの端に頭を置いて目を閉じた。
「……猫見くんも夜更かし?」
「いや、たっぷり8時間寝た」
寝すぎでしょ!と心の中でツッコミを入れかけたが、
すでに彼は穏やかな寝息を立てていた。
目を覚ますと、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。
「猫見くんは……」
まだ少しぼんやりとした頭でベッド横の椅子に目をやる。
けれど、そこに彼の姿はもうなかった。
やっぱり帰ったんだ、と小さくため息をつき、掛け布団を直そうと手を伸ばす――
が、引っ張っても布団が動かない。
「……?」
首を傾げて足元に目をやると、
そこには、掛け布団を下敷きにして丸くなった猫見くんが眠っていた。
「猫見くん!?」
思わず大きな声が漏れる。
猫見くんはのそりと身を起こし、眠たげに目を擦る
「……やば、夕方じゃん」
もうとっくに帰ったものだと思い込んでいたから、
心臓がばくばくと音を立てていた。
「……ずっとここで寝てたの?」
「なんかここ、居心地良くてさ……。もう体調、大丈夫そ?」
大きなあくびをしながら猫見くんがベッドの端に座り直すと、ギシッと鈍い音が鳴った。
「うん。もう大丈夫だよ」
「そ。じゃあ俺、帰る」
そう言うなり、ぴゅっと身をひるがえして逃げるように保健室から去っていく
何もなかったはずなのに、
心のどこかが妙にざわついて、頬に熱がこもるのを感じた。
……いや、猫見くんが授業サボったんだから、いけないことしたのはたしかだ。
うん、二人でサボってしまったんだ――そんなことを思いながら、私はひとり保健室に残された。
「ねぼう?」
「ん。」
短い返事が返ってくるだけで会話は途切れてしまった。
それからすぐに教室に先生が入ってきて授業が始まる。
猫見くんは眠いのか、ずっと机に伏したままこちらを見ない。
何だか少し距離を感じる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!