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青×水
深夜三時。薬の過剰摂取で現実を濁らせ、男としての自分を必死に演じ続けてきた強固な壁が、その夜、あまりにも生理的で残酷な形で崩れ去った。過呼吸と嘔吐に苦しむほとけを、いふは必死に抱きしめ、背中をさすっていた。
しかし、ほとけの震えは収まらない。それどころか、いふに支えられた拍子に、床に座り込んだほとけのズボンに、隠しようのない赤い滲みが広がった。
重苦しい空気の中、鼻をつく独特の鉄の匂い。
いふは動きを止め、ほとけの腰元から床へと視線を落とした。
🤪「……ほとけ……?おま、これ……」
その言葉に、ほとけの瞳から光が消えた。
混乱していた脳が、最悪の事実を突きつけられて強制的に覚醒する。
ほとけは自分の股間を見て、信じられないものを見るように目を見開き、そして喉の奥から獣のような悲鳴を上げた。
💎「あ……ぁ、いや、やだ……ッ!!」
パニックに陥ったほとけは、いふの腕を振り払い、狂ったように自分の身体を抱きしめて丸まった。
隠し通してきた秘密。男として生きるために、どれほど自分を殺して、どれほど偽り続けてきたか。それが、一番見られたくなかった相方の前で、最も生理的な形で露呈してしまった。
💎「見ないで……! 汚い、これ、僕じゃない……ッ! こんなもの、消えて……っ!」
ほとけは過呼吸で喉をヒューヒューと鳴らしながら、爪を立てて自分の腹部を掻きむしる。
「自分は男だ」
と言い聞かせ続けてきた理性と、容赦なく突きつけられる肉体の現実。その強烈な乖離に、ほとけの精神は完全に焼き切れてしまった。
🤪「……ほとけ、落ち着け! 深呼吸、しろ!」
いふは必死に声をかけるが、パニック状態のほとけには届かない。
ほとけは自傷するように自分の身体を打ちつけ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ただただ
「違う」
「僕じゃない」
と繰り返している。
いふは、事の重大さを瞬時に理解した。
これはただの生理現象ではない。ほとけが今までどれほどの絶望を抱え、何を代償にして自分を偽ってきたのか――その重すぎる告白そのものだった。
いふは迷わず、近くにあった毛布を掴み、ほとけの腰回りに強引に巻きつけた。
🤪「見ない。……見てないから。落ち着け、ほとけ!」
その言葉に、ほとけの動きが止まる。いふはそのまま、過呼吸で震えるほとけを背後から力任せに抱きしめた。
ほとけの背中に伝わるいふの体温は、先ほどまでの薬による冷たさとは違う、熱いまでの「肯定」だった。
💎「……いふくん、……っ、なんで、……知ってたの……?」
いふは少しだけ目を伏せ、ほとけの耳元で強く囁いた。
🤪「……ずっと、薄々気づいとったよ。ほとけが鏡を見る時の目、俺らと話す時の少しのズレ。……でも、俺は『ほとけ』っていうお前の魂が好きやから、何も言わんかった」
ほとけの身体から力が抜け、いふの胸の中で小さく崩れ落ちた。
羞恥と絶望で死にそうなほど張り詰めていた糸が、いふの言葉によって、少しだけ緩む。
🤪「……生理がくるからって、ほとけが誰であるかとか、俺らにとってのほとけがどうとか、何も変わらんよ」
いふは、震え続けるほとけの髪を優しく梳いた。
🤪「……一人で抱え込ませて、ごめん。もう、全部吐き出してええ から。……ここに、俺おるから」
夜明け前の静寂の中で、ほとけは声を殺して泣き続けた。
隠していたはずの本当の性別が、最悪の形で暴かれた夜。
けれどそれは、ほとけが
「男として、自分として」
この世界で生きるための、一番長く、一番痛い、始まりの夜でもあった。
ほとけは、いふの胸の中で、壊れた楽器のように声を漏らして泣きじゃくっていた。
喉が張り裂けるほど、嗚咽が止まらない。
💎「……っう、ぅ……っ! ああぁ……っ、ぁあ……!!」
過呼吸で酸素が足りず、手足が痺れていくのがわかる。
それでも、いふが背中を抱きしめる腕は決して解かれない。その「熱さ」が、ほとけにとっては救いであると同時に、自分が隠し続けてきた
「女としての自分」
を突きつけられるようで、パニックを加速させた。
💎「やだ……っ、もうやだ、……こんな姿、いふくんに見られたくなかった……ッ!」
ほとけは髪をかきむしり、いふの腕を剥がそうと藻掻く。
けれど、いふは力任せに抱きし続け、逃がそうとはしなかった。
🤪「やだ。離さへん。……ここで離してまったら、ほとけ、本当に消えてまいそうやから」
いふの声は、先ほどまでの冷静さを失い、ひどく揺れていた。
いふもまた、相方のあまりの崩れように胸が締め付けられているのだ。
💎「……だって、うわああぁっ……!!
僕、……ッ、ずっと、みんなのこと騙して……っ! リスナーも、みんな……っ、……嘘つき、僕は……っ!!」
自分自身への嫌悪感が、波のように押し寄せる。
身体から溢れる紅い血は、ほとけにとって
「自分という人間が嘘で構成されている」
という動かぬ証拠だった。
過呼吸で意識が遠のき、ほとけはガクガクと震えながら、いふの服を掴む指先に力を込める。爪が食い込み、布地が引きつれる。
💎「……っ、……っ! はぁ、はぁ……っ! ……死にたい、……もう、やだ、こんなもの……消して……ッ!!」
死ぬことでしか、この乖離を終わらせられない――そんな思考が、ほとけの脳を支配する。
死の恐怖よりも、この
「歪んだまま生きていく恐怖」
の方が勝っていた。
🤪「……死なせんよ。絶対にな」
いふは、ほとけの頬を両手で挟み込み、無理やり自分を見つめさせた。
涙で視界が歪むほとけの瞳に、いふのまっすぐな瞳が突き刺さる。
🤪「嘘つき? 何言っているか分からんな。……俺が毎日隣で聞いとった声、俺と一緒に夜通し語り合った夢、ステージで俺と背中合わせで歌っとった時間……あれのどこに『嘘』があるんよ!」
💎「……っ、でも、っ……!!」
🤪「体なんてただの箱! ……中身がどっちかなんて、そんなんどうでもいい! 俺が好きなんは、今、泣き叫んどるほとけなんよ!!」
いふの絶叫に近い言葉が、ほとけの耳に届く。
その瞬間、張り詰めていたパニックの糸が、ぷつりと切れた。
ほとけは膝から崩れ落ち、いふの肩に顔を埋めたまま、力を失ってその場に倒れ込んだ。
💎「……ぁ、……っ、あ……」
声にならない泣き声が、部屋の隅に溜まる。
いふは、ぐったりとしたまま涙を流し続けるほとけを、毛布ごと包み込み、ゆっくりと左右に揺らした。
眠りにつく前の赤子をあやすような、どこまでも優しいリズム。
🤪「……泣け。……喉潰れるまで泣いて、全部出せ。……朝来ても、ほとけはそこにおる。……俺が、ここに居らせてあげるから」
夜明けはまだ少し遠い。
ほとけの震えは、いふの体温が染み込むにつれて、ゆっくりと、けれど確かに収まっていった。
ただ、泣き疲れて掠れた吐息と、二人の心音が重なる音だけが、静寂の中に響いていた。
いふの腕の中で、ほとけの呼吸は激しく乱れたままだった。
過呼吸と絶望、そして生理に伴う腹部の鈍い痛みが混ざり合い、彼の身体を限界まで追い詰めていく。
「……っう、……っ!」
ほとけは、いふの胸ぐらを掴んだまま、強烈な吐き気に襲われた。
精神的な負荷が極限に達し、身体が拒絶反応を起こす。先ほど空にしたはずの胃から、今度は何も出てこないはずの苦い酸味だけがせり上がってきた。
💎「……っ、げほっ、……オエッ……! ……ぁ、……っ……!」
いふは、ほとけの身体を抱きしめたまま、すぐ横にあったゴミ箱を差し出した。
ほとけは顔を真っ赤にし、涙と涎で顔を濡らしながら、いふの腕の中で何度も何度も干乾びた嗚咽を繰り返した。
🤪「……全部出し。ほとけ、我慢せんでええよ」
いふは嫌な顔一つせず、ほとけの背中を大きく、力強くさすり続ける。
その手つきはどこまでも慣れていて、ほとけの身体の状態をすべて受け止める覚悟に満ちていた。
💎「……っ、ごめ、……ごめんなさい、……っ、ごほっ……! ……汚い、……っ!」
吐き出すたびに、ほとけの意識は白濁していく。
「男でありたかった自分」
と
「生理という抗えない現実」
の板挟みになり、ほとけの心は削り取られていく。涙を流しながら吐くという、あまりに無様で無防備な姿。それを誰よりも見られたくなかった相方に、いま全て晒している。
🤪「どこが汚いんよ。……人間なんやから当たり前やろ」
いふは、ほとけの乱れた髪を掻き上げ、額に張り付いた汗を拭った。
吐くたびに揺れるほとけの華奢な背中を、いふはただ黙って抱きしめ続ける。吐瀉物が付かないように、ほとけの身体が汚れないようにと、慎重に、けれど決して離すことなく。
ほとけは、吐き気で身体を折り畳みながら、いふの腕の中で
「死にたい」
と
「生きていたい」
の間で揺れ動いていた。
これ以上ない屈辱と、それを包み込まれる安堵。
吐くという行為は、彼の中に溜まっていた
「男として生きなければならない」
という強迫観念そのものを、少しずつ外へ排出しようとしているかのようだった。
💎「……っは、……っはぁ、……ぁあ……」
ようやく吐き気が治まり、ほとけは力なくいふの肩に額を預けた。
もう、何も言えなかった。
ただ、いふの心臓の音が、耳元で一定のテンポを刻んでいることだけが、彼をこの世界に繋ぎ止めていた。
いふは、ほとけが落ち着いたのを見計らって、手元にあった濡れタオルで、ほとけの口元と汚れた肌を丁寧に拭いていく。
🤪「……大丈夫やからな。……全部、俺が拭くから。ほとけは、何もせんでいい」
その声は、震えるほとけを溶かしてしまうほど優しかった。
自分を偽るための仮面が剥がれ落ちた今、ほとけの心には、男でも女でもない、ただ一人の人間としての「生」の重みが残されていた。
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