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(って、これからお前大変だぞ、頑張れよって時に坪井だからな。 あいつクソだろマジで)
八木はハンドルを無意識にキツく握りしめ、脳裏に浮かんできた坪井に舌打ちをする。
人間なんて、損得勘定の上で成り立ってるものだと思っているし、どいつもこいつも、もちろん自分が一番可愛い。
(俺も含めてな、人間なんてそんなもんだ)
だから、先ほどまで目の前で見ていた真衣香の姿と声がどうしようもなく心に絡みついて。
離れてくれなかった。
「はー、ビビるっての。あんな女、いるもんなのか」
思い返し、吐き出した。
(いや、ねぇだろ普通。 罵る言葉の一つや二つあっても……まさかあんなズタボロにされた相手気遣わない)
相手が坪井だということ、また真衣香のゼロに近いだろう男への耐性、経験値。
そして倒れた真衣香を運んだ後現れた、坪井への態度。
総合的に考えて、高確率で真衣香に非は無い。何もわからず、わからないままドン底に落とされたはずだ。
そんな彼女の……
流す涙、表情、震えながらも優しい声。
ずっと見ていたいと、熱く締め付けるような感情が八木の身体を支配して動作を止めさせた。
自分でも信じられない衝動だった。
自分の、この身体のどこから湧き上がってきてるというのか。
(に、しても。 俺のことは置いといて、わかんねぇのは坪井だな)
真衣香の不調を聞きつけて飛んでくるくらいだ。特別に思っていることは間違いない。
八木は仕事柄、各営業所とのやりとりが多い。すなわち咲山との関わりもそれなりにあった。坪井との関係も、もちろん滲み出る言葉の端々から知っていた。
(ありゃ完全に坪井の方は気持ちなかっただろうし、何なら遊びだろうし。咲山も知ってて割り切ってたろ、内心は知らんが)
そうだ、坪井からは他人への執着も興味も感じない。
いや、感じなかった。
そう思い返せば、高柳のいつかの愚痴も大いに納得がいく。
『はは、今回俺的には期待の新人が来たんだけどね。 いいところと同量に欠点があって困っている』
困っているようにはさほど見えない、意地の悪い笑みを浮かべていた。 そんな過去の映像に内心愚痴る。
(いやいや高柳さん。 同量どころじゃねーだろ。 アレ、欠点とかのレベルじゃねぇし。 脳内どっか切れてんじゃね?)
そうこう考えるうちに、車は目的地に辿り着いた。
地下の駐車場におりて、停車させる。
「どーすっかなぁ」と、自分に問いかけながらシートベルトをはずし、タバコを取り出し火をつけた。
煙を深く吸い込んで、吐き出す。大概は、そんな一連の流れの中でとっ散らかった感情にも道筋ができていく。
しかし、今日はどうにもまとまらない。
真衣香の前で感じた衝動と、坪井への怒り。
不必要に相手を傷つける人間には虫唾が走る。そんな八木にとっての“気に食わない人間“に傷つけられた女に対する同情なのか。
そうだ、と思えたなら、解決万歳だ。