テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
139
646
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ貓丸
春の柔らかな風が校庭の桜を揺らしていた。
高校へ入学してから二週間。
音夢実瑠は、生徒会選挙の立候補用紙を見つめていた。
「本当に出るの?」
友人に聞かれ、実瑠は小さくうなずく。
「学校を良くしたいから。」
その返事は真面目そのものだった。
実瑠は昔からそういう性格だ。
友達は少ない。
人付き合いも得意ではない。
けれど、自分がやるべきだと思ったことには全力だった。
そして迎えた生徒会選挙当日。
体育館の壇上には現生徒会長が立っていた。
二年生の浜瀬一斗。
学校中で有名な生徒だった。
成績優秀。
運動もできる。
先生からの信頼も厚い。
そして何より。
とにかくモテる。
女子たちは一斗が話すだけで黄色い声を上げていた。
「次は一年生立候補者代表、音夢実瑠さん。」
名前を呼ばれる。
実瑠は壇上へ向かった。
緊張はしていた。
けれど逃げる気はなかった。
マイクの前に立つ。
静まり返る体育館。
実瑠は深呼吸した。
「私は、生徒一人ひとりが過ごしやすい学校を作りたいと思っています。」
まっすぐ前を見る。
自分の言葉で話す。
準備した原稿なんて見ない。
ただ伝えたいことだけを話した。
演説が終わる。
会場から拍手が起きた。
壇上の脇に戻った時だった。
「よかったよ。」
隣から声がした。
振り向く。
浜瀬一斗だった。
「え?」
「演説。」
柔らかく笑う。
「すごく堂々としてた。」
突然のことに実瑠は固まった。
近くで見ると余計に整った顔をしている。
女子が騒ぐ理由もわかった。
「ありがとうございます。」
実瑠はそう返した。
それだけだった。
一斗は少し笑う。
(普通、もう少し会話続くんだけどな。)
その時の実瑠は知らない。
この先、自分が何度もこの人を困らせることになるなんて。
⸻
選挙の結果。
実瑠は見事当選した。
放課後。
初めて生徒会室へ向かう。
ドアを開けると、一斗がいた。
「お、来た。」
「失礼します。」
「そんなに緊張しなくていいよ。」
「緊張してません。」
「してる顔だよ。」
していない。
少なくとも実瑠はそのつもりだった。
しかし周囲から見ると、明らかに顔が固かったらしい。
生徒会活動は想像以上に忙しかった。
行事の企画。
予算管理。
アンケート集計。
書類作成。
毎日のように仕事がある。
それでも実瑠は楽しかった。
何かに本気で取り組める場所だったから。
そんなある日。
放課後。
実瑠は大量の資料を抱えていた。
視界がほとんど塞がる。
すると。
「危ない。」
資料がふわりと軽くなった。
見ると一斗が半分持っていた。
「自分で持てます。」
「知ってる。」
「なら返してください。」
「嫌です。」
「なんでですか。」
「手伝いたいから。」
意味がわからない。
しかし結局、一斗は職員室まで運んでくれた。
「ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
笑顔。
実瑠は首を傾げる。
本当に変な先輩だと思った。
⸻
夏。
文化祭準備が始まる。
生徒会は毎日大忙しだった。
気づけば夜まで学校に残ることも増えた。
その日も実瑠は作業を続けていた。
時計を見る。
午後七時。
周囲には誰もいないと思っていた。
「まだ帰らないの?」
声がした。
一斗だった。
「浜瀬先輩こそ。」
「会長だからね。」
当たり前のように隣へ座る。
「無理しすぎ。」
「してません。」
「してる。」
即答だった。
そして机の上にミルクキャンディが置かれる。
「差し入れ。」
「ありがとうございます。」
「会長になるなら体力も必要だよ。」
「会長?」
「実瑠ならいつかなる気がする。」
その言葉に実瑠は少し驚いた。
まだ一年生だ。
考えたこともなかった。
けれど。
「なれると思いますか?」
「うん。」
一斗は迷わず答えた。
「絶対なれる。」
その言葉が妙に嬉しかった。
⸻
秋。
体育祭。
生徒会は運営側として走り回っていた。
昼休みもまともに取れない。
実瑠は睡眠不足だった。
ふらりと視界が揺れる。
「あ……」
足元がぐらつく。
倒れる。
そう思った瞬間。
腕を掴まれた。
「危ない。」
一斗だった。
「顔色悪い。」
「平気です。」
「平気な人は倒れそうにならない。」
そのまま保健室へ連れて行かれる。
ベッドへ座らされる。
「少し休んで。」
「仕事が。」
「後でやる。」
珍しく強い口調だった。
実瑠は黙る。
「自分を大事にしなよ。」
その言葉が胸に残った。
⸻
冬。
クリスマス前。
学校中の女子が浮かれていた。
もちろん理由は一つ。
浜瀬一斗。
机の上にはプレゼントの山。
告白の手紙まで混ざっている。
実瑠はその光景を見ながら呟いた。
「大変ですね。」
「何が?」
「モテるの。」
一斗は苦笑した。
「そうかな。」
「そうです。」
「好きな人からはもらえないけど。」
「そうなんですか。」
実瑠は心底不思議そうに首を傾げた。
一斗は笑うしかなかった。
(俺の好きな人、お前なんだけど。)
⸻
春。
二年生。
生徒会選挙。
卒業を控えた一斗から、会長の座を引き継ぐ日が来た。
「よろしく、次期会長。」
正式に会長バッジを渡される。
実瑠は少し緊張しながら受け取った。
「頑張ります。」
「知ってる。」
一斗は笑う。
「実瑠なら大丈夫。」
その言葉は、一年前と同じくらい心強かった。
だけど。
その時の実瑠はまだ知らない。
この先。
転校生が現れ、
自分の知らなかった感情と向き合うことになることを。
そして。
ずっと隣にいた副会長への想いに気づくことになることを。
コメント
1件
わあ、青春だなあ…!実瑠ちゃんの真っ直ぐなところがすごく好感持てました。一斗先輩の「手伝いたいから」って台詞、あれだけで彼の優しさが伝わってきましたね。最後の転校生の伏線も気になります…続きが読みたいです!