テラーノベル
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コンコンコンという軽いノックの音で目が覚める。そのノックは、入室の合図であり入ってよいか確認するものではない。返事を待たず、扉が静かに開く。
使用人は、手に持っているものをテーブルに置くと、こちらの方に近寄ってくる。私は薄めで目を開き、使用人の姿を確認する。
この辺りでは珍しい黒髪が、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ、柔らかく光っていた。
「お早う御座います、お嬢様。」
そう言いながら、使用人は私の顔を覗き込む。
まだ昨日の疲れが取れていないのか、体が重い。とはいえ、このまま寝続けるわけにもいかない。無理に上体を起こし、ベット背にもたれると、小さく息がこぼれた。
「ご加減がすぐれないのでしょうか?先程から顔色があまりよろしくないような…。」
「…まだ眠いだけ。カーテンを開けてくれる?」
「どうかご無理はなさらないでください。」
カーテンが引かれ、朝の光が一気に部屋に流れ込む。体に当たる陽だまりの温もりに、少しだけ肩の力が抜けた。二度寝したい衝動を振り払い、ベットを降りる。
そして、眠気を覚ますために、洗面台へ向かった。
簡単に髪を後ろにまとめ、洗面台の蛇口をひねると、透明な水が静かに落ちてきた。両手ですくった水を顔に運ぼうとして、ぴりっ、と小さな刺激が走る。眉をひそめ、手の甲を見る。乾きかけた細い傷が、朝の光に透けている。
ふと、昨日のアスファルトの冷たさが蘇る。血の色はもう滲んでいない。水は何事もなかったかのように、透明のまま流れていく。私は小さく息を吐くと、もう一度、水をすくった。
タオルで顔を拭き、手の傷はそっと避ける。このくらいの傷なら、庭でころんだと言い訳ができる。そんな事を考えながら、傷口を見つめていると、
「お嬢様?」
背後から控えめな声がかかる。はっとして、視線を傷口から離した。
「何?」
何事もなかったかのように、ジュリオと目を合わす。
「朝食のご用意が整っております。お召し上がりになりますか?」
「…少しだけ。」
そう言い、部屋から出てダイニングルームへ向かおうとすると、僅かな違和感を感じた。窓辺の小机。そこに置いていたはずのお菓子箱が、わずかに位置を変えていた。
胸の奥が、ひくりと縮む。
私は何気ないふりをして、通路を歩く。場内は静まり返り落ち着いているのに、私には騒がしく思えた。
「…ジュリオ。」
「はい、お嬢様。」
「今朝、この部屋に入ったのはあなたが最初?」
一瞬。ほんの一瞬だけ、彼女のまつ毛が揺れた。
「はい、いつも通りでございます。」
その声は穏やかで、乱れがない。普段なら安心するその声も、今は不気味に聞こえる。
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