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「もー!温泉は素晴らしかったけど、あれじゃ台無しよ!シトリン、わたし明日も温泉に行くからね!」 召使いの突入騒動の後、再度男達を追い出してから入浴したのだが、折角の良い気分も台無しになってしまったソラヤは、ラヴァリン王都に戻った後も、ずっと膨れっ面をしていた。
ソラヤが帰るまでにはまだ日数があるので、また行けばいいと言い出してくれたのは、不幸中の幸いではある。
「ごめんなさい。私が大声を出したせいだわ……」
「シトリンは悪くないわよ。悪いのはデリカシーの無いあいつらよ!」
怒っている事を加味しても、あんまりな物言いだ。ソラヤは、感情がストレートに出るタイプではあるものの、この様子を見ると、召使い達の今後が危ぶまれてならない。
「召使いさん達は、ソラヤを守るために入ってきたんだから、あんまり悪く言わないであげて。私からのお願いよ」
ソラヤの召使い達は、別にデリカシーが無いから突入してきた訳ではない。主人の事を第一に思っての行動をしただけだ。
結果的に、配慮に欠ける行動になってしまったが、それを咎めるのは酷というもの。
シトリンがあまりにも悲しそうな顔をするものだから、ソラヤも矛を収めざるを得ない。
「むー……分かった。注意はしておくけど罰は与えたりしないから、そんな顔しないでよ」
「良かった。ありがとうソラヤ」
シトリンの憂い顔が消えて、代わりに安堵と喜びの笑顔が浮かんだのを見て、ソラヤもふっと肩の力を抜いた。
「それはそれとして、まさか竜神様が女性だったなんて、すんごいビックリしちゃった」
「私も、今日まで思ってもみなかったわ。先入観って怖いわね」
二人とも、竜と言ったらグレンヴァル山の赤竜しか見たことがないから、比較対象が無く、雌雄を見分け方なんて知るはずもない。
「竜神様が山の麓に住んでて、温泉もそこにあれば、こんな誤解をする事も無かったかもね」
「………そうね」
ソラヤの言に、シトリンはやや間を置いてから答えた。
全ては、誤解から始まったのだ。
山での事故を、竜による蛮行だと思い込み、そこに立ち入る事を禁じた。
だから、あれほど優しい竜と交流もせず、その性別さえも知らぬままに過ごしてきた。
麓に温泉があれば、事故も起こらず、誤解も起きず、平和に共存していた事だろう。
ソラヤの何気ない言葉に、過去の過ちを責められたように感じ、罪悪感がシトリンの胸中に押し寄せてきた。
人と竜神様が袂を分かつ事になった原因は、シトリンにあるわけではないし、交流を再開させ、誤解が解けるきっかけを作ったのは彼女なのだが、それでも、過去の歴史に罪を感じてしまうのだ。
「シトリン、どうかした?」
シトリンの表情に、僅かに影が差したのを目敏く見つけたソラヤが、心配そうに顔を覗き込んできた。
商業国の育ちだけあって、人の機微には聡い。人の感情や思考を読む能力があればこそ、取り引きを有利に進められる。
アルタリアの王女として、そういう教育も受けているし、親友が落ち込んでいれば心配になるのが当然だ。
シトリンもそれを分かっていて、出来る限り心配をかけないように表情を取り繕っているが、少しでも綻びが出たらコレである。
「ソラヤには、隠し事はできないわね」
「そうそう、さっさと吐いて楽になる事ね」
ソラヤはまるで、罪人の取り調べをする監査官みたいな物言いをした。わざと冗談めかした言い方をして、これからごっこ遊び始めるぞと宣言してくれているのだ。
「ははー、お役人様には敵いません。全てお話いたしまーす」
シトリンも、それに応じておどけた態度を取る。ソラヤが戯けた態度で来てくれたので、心持ちもだいぶ軽くなった。
*******
「ふむふむ、人と竜が交流を絶ったのは、かつてのラヴァリン王家にある。そしてその責任は、いくらか自分にもあるような気がしてならない、と。こういう訳であるな」
ソラヤは、いつもより声を低くして、役人口調のまま、シトリンの話をまとめた。
重々しい雰囲気を出そうとしてはいるが、本人の持つ雰囲気が勝って、可愛らしい姿にしか見えない。
「左様にござりまする。もしもお役人様のおっしゃる通り、もしも麓に温泉があったらという夢想をせずにはおれませぬ」
シトリンは、自分でもちょっと固すぎるかなと感じるくらい、かしこまった口調で答えると、耐えきれなくなったソラヤが、僅かにぷっと笑いを漏らした。
「で……では、シトリン・ドゥ・サフィニアよ。罪を感じておるなら、その償いはなんとする。……んふふっ……」
ソラヤは、どうにか笑いを堪えながら尋問口調を続けている。シトリンの態度があんまりにも面白いので、これを終わらせるのは勿体ないから、どうにか続けたいのだ。
「はい、計画の最終目標は、麓に人工の温泉を作り上げ、そこに竜神様をお招きして、改めて友好の礎と成すことでございまする」
ソラヤの望み通り、シトリンは尋問ごっこを続ける。
しかし、ソラヤの笑いはすうっと治まってしまった。シトリンが語った計画が、余りにも壮大な物だったからだ。
「竜神様の入る浴槽をか?それはまこと大それた試みであるな」
竜神様のお姿は、ソラヤも初めて見て、その大きさに驚いた。そんな存在の入る浴槽となれば、想像を絶するほどの大きさになることだろう。
それを作るための資金、資材、人員などなど、想像しただけで途方も無い規模になるのは、容易に予想出来る。
「その通りにございます。しかし、それが成せるのは、当分先の事になりましょう。故に、まずは竜神様への感謝の印として、グレンヴァル山では取れぬ古今東西の美味を献上いたす所存に………」
シトリンは、そこまで言うと何故か言葉を切った。
「シトリン?」
怪訝に思ったソラヤは、ごっこ遊びの口調を止めて呼びかけた。
先程のように、影の差すような様子は無いが、何かしらの問題に思い当たった事だけは確かだ。
「忘れてた………」
「忘れてたって、何を?」
「竜神様と始めてお会いした時………」
「始めて会った時?」
「事業が軌道に乗ったら、果物や料理をお住まいまで届けると約束していたのに、今の今まで忘れてたのよーーー!!!!!」
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ruruha