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#短編
水底 ずい
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「せーんせ! これちょっと見て!」
貸出カウンター内の小スペースで作業をしていると、すぐ脇にある図書室倉庫から一人の女生徒が入ってきた。私は口元に人差し指をあてながら険しい顔をしてみせるも、その手に持つ七中卒業アルバムに開いた口が塞がらなかった。
「うわ。倉中さんってば、こんなものどっから持ってきたの」
「図書室倉庫です!」
倉中と呼ばれた女生徒は得意満面に答えながら、指で挟んでいた頁をこちらに見せてきた。
「図書委員の特権は、カウンター内の図書室倉庫に入れることですね」
「本が沢山読めることじゃないのね……」
「それもあります!」
女生徒に見せられた頁には、まだ幼さを残した私が面倒くさそうな表情で写っている。もう十五年近く前になるだろうか。キツい顔には違いないが、今に比べれば随分と可愛い。
以前司書教諭と担当教科の仕事を行なっていたところ、パソコンをがたがた打ち鳴らす姿がまるで鬼神のようだと言われた。そんなの、ある時期の職員室ならどの教員もそうなのに。ふん。
「わあ。先生の名前、繋っていうんですね」
「なんだか男の子みたいでしょう? 繁って漢字に似てるから余計よね」
「そうですか? 自分は名前が古臭いんで、羨ましく感じちゃいます。てか、この茶色い髪の女の子凄く可愛いですね」
女生徒が半ば興奮気味に指し示すと、そこには屈託のない顔で笑う中学時代のりっちゃんがいた。写真の下には六堂読と書かれ、久しぶりに見る彼女に寂寥感が頭をもたげ始める。
私は渡された卒業アルバムをそっと机に置くと、彼女の写真を優しく撫でた。
「りっちゃんはね、先生が一番仲の良かった女の子だよ」
懐かしいねえと私が笑うと、倉中さんは「先生のそんな顔、初めて見るかも」と驚いていた。確かになかなか笑わないのは反省点のひとつかもしれない。
「そういえば、先生」
「ん?」
「何かオススメの本ってありませんか? 最近なかなか惹かれる本がなくて」
オススメ、ねえ。私は卒業アルバムを小脇に抱えると、椅子から立ち上がって図書室倉庫の扉を開ける。
私が卒業した数年後には文芸部専用の部屋が作られた為、今ではただの図書室倉庫となって久しい。間取りも本棚も当時の面影を残したまま、本来の用途として使われている。「これ、結構面白いよ。半世紀近く前の部誌になるけど」そう言い、私は教科書程の厚みがある一冊の本を手渡した。
「『ヨモツ日記帳』?」
表紙と裏表紙を交互に見やりながら、だいぶ掠れて読みづらくなったタイトルを口に出す。倉中さんは慎重に頁を捲りながら、最初の数行を読んでいるようだった。
「持ち出し禁止だから、読むときはこの部屋限定だけど、どう?」
「面白そうですね! 今読んでもいいですか?」
「下校時刻までには先生に渡してね」
倉中さんは図書室倉庫に設置されたテーブルセットに腰掛けると、最初の頁を捲り始める。私はその向かい側に座ると、先程の卒業アルバムをゆっくりと見始めた。古い、古い記憶が蘇る。
あの日以降、りっちゃんは行方不明になってしまった。図書室倉庫には彼女の鞄だけが転がり、『ヨモツ日記帳』は何故だか私のロッカーに紛れ込んでいた。彼女はきっと、この本に連れられてしまったのだろう。
おじさんの悲願とはいえ、一番大事な友だちがいなくなって私の世界は消えた。それでも、りっちゃんがいなくなることを、私は最初から分かっていたのだ。
七種繋という名の通り、私はこの本を繋いでいかなければならない。おじさんの死亡記事を入れたのが当時十八だった父であるように、りっちゃんの記事を入れたのは私だ。
彼女はきっと私を許さないだろう。
「そういえば、先生の弟さんがもうすぐ七高に赴任してくるんでしたっけ?」
「そう、私と入れ替わり。でもこれはオフレコだから内緒ね」
「先生が異動するのは寂しいなあ」
「縁があれば、いつか会えるものよ」
本の後継は三歳下の弟、繋護に任せることにした。父には猛反対されたが、叔父の遺志を汲んだこと、そして数年置きに生徒を怪異に喰わせたことで、あちら側との垣根はだいぶ低くなった。文句を言われる筋合いはない。
今だって、この本に女生徒を喰わせようとしている。この本は既に『本自体が怪談と呼ばれる本』であり『読むと異界に連れられてしまう』、絶対に最後まで読んではいけない本だ。
まあ、あとは去年子どもの産まれた繋護が上手く繋いでくれるだろう。私は再び懐かしむように、りっちゃんの写真を撫でた。
「先生にとって、本当に大事な人なんですね」
「ええ、とっても。もうすぐ会えるから楽しみなの」
私は片肘をつきながら、にっこりと笑ってみせる。彼女は私を許さないだろうが、私が怪異に飲まれて向こう側で会えば、りっちゃんは私を頼らざるをえない。
りっちゃんは元気にしているだろうか。あの熱のない喋り方をする彼女が恋しい。もうすぐ会えるんだもの。ああ、はやく彼女に会いたい。
コメント
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うわああああ…最終回、エモすぎて言葉にならない😭💕 「もうすぐ会えるから楽しみなの」って先生の笑顔、めっちゃ怖いけど切ないよ…!りっちゃんに会うために自分から怪異に飲まれる覚悟、重すぎて泣ける。『ヨモツ日記帳』の後継を弟に託すシーンも、先生の冷徹さと優しさが混ざってて鳥肌立った。 繋先生の15年分の想い、がっつり心抉られた…。永久保存版です、ありがとうございます😭🌸