テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
MOMO🩲
ひな
104
けだま15号🍓🐾໊
6,356
夕鳴
128
空の軋みは止んだ。
だが。
誰も安心してはいなかった。
旅僧は焚き火の前に座っている。
眠れない。
理由は一つ。
「菫」
あの名前だ。
あの夜、聞こえた名前。
佐衛門ではない。
葛城でもない。
菫。
旅僧は向かいを見る。
佐衛門は、いつも通りだった。
刀の手入れ。
無表情。
平常運転。
だからこそ、余計に気になる。
「葛城殿」
「何だ」
少し迷ってから。
旅僧は口を開いた。
「菫とは」
静寂。
焚き火が爆ぜる。
佐衛門の手が止まった。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
そして。
「知らん」
短い返事。
旅僧には分かった。
嘘ではない。
本当に知らないのだ。
だが。
何かが引っ掛かっている。
佐衛門自身も、それが何なのか分からない。
その時だった。
お師さんが酒を飲みながら、ぽつりと言った。
「似てるな」
旅僧が振り返る。
「何がです?」
妖怪は佐衛門を見る。
長く。
懐かしそうに。
「泣き虫だった頃に」
静寂。
佐衛門の眉が動く。
「誰がだ」
「お前だよ」
即答だった。
旅僧は思わず吹き出しそうになる。
佐衛門は露骨に嫌そうな顔をした。
「嘘つけ」
「本当だ」
お師さんは笑う。
「すぐ泣く」
「すぐ拗ねる」
「すぐ喧嘩する」
旅僧は想像してみる。
出来ない。
全く出来ない。
今の佐衛門からは、欠片ほども想像出来なかった。
その時。
墓守が小さく笑った。
「本当だ」
佐衛門が振り返る。
「木刀で俺を殴ったこともある」
旅僧が固まる。
「え?」
「しかも顔を狙ってきた」
お師さんが大笑いする。
佐衛門だけが顔をしかめた。
「知らん」
「覚えてない」
そう言いながら。
佐衛門の胸の奥には、僅かな温かさが残っていた。
知らないはずなのに。
懐かしい。
そんな感覚だった。
その時。
風が吹いた。
封印札が揺れる。
旅僧が取り出す。
新しい文字が浮かんでいた。
血のように赤い。
『六』
静寂。
第六封印。
ついに。
次の欠片が動き始めた。
だが。
札を裏返した旅僧は、息を呑んだ。
今まで無かった文字。
そこに記されていたのは。
『花を探せ』
風が止む。
お師さんが顔を上げる。
墓守も。
佐衛門も。
全員が札を見る。
花。
旅僧は、ふと佐衛門を見る。
先ほどの「菫」という名が、頭をよぎった。
佐衛門は札を見つめたまま、ぽつりと言った。
「花なら、そこらに咲いてるだろ」
旅僧は頭を抱えた。
こういう時だけは。
本当に、この人らしい。
コメント
1件
うわ、今回もすごく良かった…「菫」って名前、めっちゃ気になる…🥀 佐衛門が「知らん」って言った時の間とか、お師さんが「泣き虫だった頃に」って言った時の空気感がたまらなかった。今の無表情な佐衛門からは想像できない幼い頃の話、めっちゃ気になるし、ちょっと笑っちゃった笑 そして最後の「花を探せ」。もうここで「菫」が頭をよぎる旅僧の心情、すごくわかる。なんかもう全部繋がってる感じがする……次、読みたいです。本当にありがとうございます🌙