翌日
今日はなんとなく外に出たい気分だった。
日本についてのレポートを書くのはなんとなく面倒に感じた。いつもはそんなことがないはずだったが何故か無性に外に出たくなった。
もう6月だというのにまだ鶯が鳴いてる事に気付いた。
「お前も婿入り出来ないのか?」
なんとなく鶯に聞いてみた。
「婿」で思い出したが昔自分がお見合いをした事を振り返ってみた。
まだ14だと云うのに名前も聞いた事のない貴族の令嬢と地獄の様な時間を過ごした記憶がある。自分自身あまり話すのが得意ではないと云う自覚はあったが、あのお見合いを通して僕は他人と話す事を避ける様になった。多少話せるとは思っていたがまさか会話がないまま2時間過ごすとは思ってもみなかった。
案の定先方から断りを入れられお見合い云々の話は無くなった。それ以来家族もお見合いだの結婚だのの話はしなくなった。
「あれは情けだったのか…?」
なんとなく昔の事を振り返ると懐かしくて故郷を思い出した。
川の辺りに映えている桜の木に寄り掛かりながら雲の流れを眺めた。たまに鯉が水音を立てる他、特にこれといった音も聞こえない。故郷に比べて澄んだ綺麗な空気が美味しい。草の匂い川の匂い色んな自然の香りがするのは昔なら考えられ無かったものだ。
「…ずっとこのままがいいな」
「何がですか?」
「うわっ」
「うわっとはなんですか!」
いきなり背後から話しかけられて体が小さく跳ねた。「なんですか」じゃないだろう。そりゃあ誰しも急に背後から話しかけられたら驚くだろうに。驚かない人がいたらそれはそれで怖いわ。
「何がこのままなんですか?」
「なんで貴女がここに居るんですか?」
「質問に答えて下さい!!」
「独り言です。」
「だから…違うんだけど…!!」
言われた通り答えたのに何か彼女…幸江さんは不満げな表情を浮かべた。
「なんでここに居るんですか?」
「通りすがりです。通学路なんですよこの川沿い。」
当たり前の様に横に座る幸江さんが不思議だった。女の子なんだからよく分からない男の人…ましてや外人の横に座るだなんてよろしくない気がした。
「ところで家何処なの?」
「貴女が知ってどうするんです?」
「だーかーらー!興味本意だって!他意は無い!!」
「…襲撃でもするんですか?」
「違うって!! 」
「……」
キラキラ光る大きな黒い目で期待の眼差しを向けられたら言う以外選択肢が無い様な気がした。
「はぁ…矢島豆腐屋の右隣りの家です。」
「へぇーあそこだったんだー!」
ところで何故急に敬語が外れた?ついさっきまで敬語だったのに…
「私はねー、神社から左に3件挟んだ家!大っきいから分かりやすいと思う! 」
自分の記憶を掘り返しながら3件隣を探した。
「お屋敷じゃん…」
あ、つい敬語が…
「あーー!!!!敬語外れたー!!!! 」
「うるさいです」
「やったー!」
何をそんなに喜ぶ事なのか。少し敬語が外れただけだと云うのに。相変わらずよく分からない人だ。
「これからも敬語は使わなくてよし!」
「何故?」
「なんか敬語は慣れ過ぎてて…だから、敬語無い方が自然な感じがして好きだから!」
「僕は敬語の方が好きです」
「それはそれ!これはこれ!」
「はぁ…」
「だからこれからは敬語使わない様に!約束!」
そう言って彼女は小指をこちらに向けた。
なんなのかよく分からなかったので彼女の真似をしてこちらも小指を出した。すると彼女は小指を絡めて歌い出した。
「指切りげんまん_____」
「?」
よく分からないまま歌が終わるのを待った。
「指切った! 」
「切った?」
「あれ?知らなかった?約束するときによくやるんだよ」
「はぁ」
僕は自分の指をまじまじと見つめて歌を思い出していた。
家に帰ると今日の事を振り返った。
ふと机の上のレポートに気がついた。
書かなければいけないのは重々承知だが、なんとなく書く気になれない自分がいた。
「今日はもういいか…」
少し予定が狂ってしまったけど後悔はなかった。
また幸江さんに会えないかそんな心の隅で彼女を楽しみにしている自分がいた。