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「羽鳥帝。ありがとうございます。神剣、布都御魂《ふつのみたま》をお借りします。では、行って参ります」
「どうかお気を付けて」
短い会話。それだけで充分だった。
ちりんと、また鈴の音が鳴った瞬間には俺は迷うことなく、剣を構えて光球へと走った。
──布都御魂《ふつのみたま》は不思議な剣だった。
手のひらに圧倒的な存在感と|迸《ほとば》るような、|莫大《ばくだい》な霊力を感じるのに重さを感じない。
それどころか金属の温度、質感もなかった。
それを先ほど俺を拒んだ光球へと剣先を差し込むと、するりと光は割れた。
中は真昼のように明るく、光の洪水。この真ん中に環と土蜘蛛がいる。
俺は剣を前へと翳したまま、光の中へと飛び込んだ。
「環っ! 今、迎えに来たっ!」
声を上げながら目を細めて光の中を進む。
耳に微かにさわさわと炎が揺らめく音がする。その中に環の息遣いはないかと耳を澄ます。
眩しい光の中は金色の稲穂の中を分け入っているようで、方向感覚が狂いそうになる気がした。
だが手にした剣が、羅針盤のように俺を導く感覚があった。
それでも環の無事な姿が見えない限り、安心は出来ない。
「環、頼むから無事でいてくれ」
目を細めながら前を歩く。
環と約束した喫茶店にも行けてない。
仕事が忙しくて申し訳ない。
俺は環と話したいことがたくさんある。
環の料理をずっと食べたい。
その笑顔をずっと見つめたい。
美しい髪にもっと触れたい。
夫婦としてもっと一緒に歩んでいきたい。
それに惚れた弱みだろうか……。
今、思い出しても環の九尾の姿にはなんの違和感もなく、環の持つ側面ぐらいにしか思えなかった。
全てが愛おしくて仕方ない。
普通の男として、ありふれた普通の感情──愛する|環《妻》への想いがどっと心に押し寄せる。
こんなところで、こんな形では終われない!
「環ッ──!」
光の中で叫ぶ。
剣を前へと振るうと、目に見えない手が炎を振り払ったかのようにさぁっと視界が開けた。
その視界の中に、土蜘蛛の脚に身を寄せる環がいた。
「やっと、見つけたっ」
土蜘蛛は動かない。どちらも、まるで眠るようにその場にうずくまっているだけ。
土蜘蛛も環も俺に気付く様子はない。
俺は無我夢中で環へと近寄り、鋭い土蜘蛛の脚から素早く環を引き離した。
そのまま、片手で抱いて土蜘蛛と距離を取る。
「気を失っているのか? 環、起きてくれっ」
ゆさりと環の華奢な体を揺らす。見た目では大きな怪我はしていなさそうだった。
環の体は病院で別れたときと変わらない姿。
白い頬に桜色の唇。豪奢な金髪に耳。そして腰から生えている九本の尻尾。
腕に抱く暖かな体温と柔らかな感触。
あとは閉ざした瞳を開いて、金色の瞳を俺に見せてくれと強く願ったとき。
環の唇が微かに動いた。長いまつ毛に閉ざされた瞳が、花のように開いたのだった。
「環っ」
「あ……たかや、さま?」
「そうだ、俺だ。環、遅くなったが迎えに来た」
環と瞳が合い、微笑む。
すると環の瞳から涙があふれ、雫となって白い頬を伝った。
「鷹夜様……私たちは、土蜘蛛も、妖なんかじゃなくて、人として生まれて来たかった」
どこか夢現の声。
それに対して真剣に答える。
「俺は人として環を愛しているよ」
「──っ」
環の目が見開き、また大きな雫が頬を濡らしてゆく。
そのとき、ごそりと土蜘蛛が動いた。
土蜘蛛も眠りから覚めたように、ゆっくりと俺を見つめてから、俺が持っている剣を見つめた。
土蜘蛛は動かない。
そこに病院で見た禍々しさはなかった。
剣を前に翳したまま、静かに喋る。
「土蜘蛛。悪いが環はやれない。返してもらう。そして俺はお前をこの場で……この剣をもってお前を祓う」
剣が俺の言葉に同意するように、どくんと鼓動を打った。
「…………」
土蜘蛛はじっと剣を見つめている。何も言わない。
土蜘蛛からすると、この剣は自分の命を断つ死神の鎌に見えたのかも知れない。
「俺はお前の命を奪う。だが、お前の魂の安寧を子々孫々祈ろう。祠を建て祀り、決してお前を忘れない」
杜若家当主として妖は祓う対象であるのには違いない。しかし妖が心を持っているなら、無下に扱うべきではないと思った。
「あ、アぁ……」
土蜘蛛の顎から安堵の声が漏れて、その大きな瞳から大粒の涙が溢れた。
俺はそれを見て、人間が涙を流しているのと同じように受け止めた。
「……土蜘蛛。安らかに眠るといい。この剣はお前の魂を、安らかな場所へと導いてくれる」
そしていつしか、輪廻転生の果てに人に生まれ変われる。そんな気がした。
剣を前に突き出して、そのまま天高く掲げる。
環が俺に縋りながらまた涙をこぼして呟いた。
「土蜘蛛。一緒に逝けなくて、ごめんなさい。私、鷹夜様と生きたい……!」
環の声に土蜘蛛はゆっくりと首を横に振った。まるで「もういい」と言っているように見えた。
そしてまた土蜘蛛は瞳を閉じて──静かに「ありガトう」と言った。
それが剣を振り下ろす合図。
俺は無念無想。
心の静寂を保ちながら布都御魂《ふつのみたま》を振り下ろす。
その瞬間、剣先から光が溢れた。
あっという間に、目の前が朝焼けよりも眩しい光に包まれる。
煌々ときらめく世界。これが布都御魂《ふつのみたま》の力。
この剣はかつて荒ぶる神を退けた。剣に宿る性質は、ありとあらゆる物を断ち切る力と、再生の象徴。
きっと土蜘蛛の魂を導いてくれるはず。
そんな願いを託して叫ぶ。
「土蜘蛛、さらばだ」
俺の声に反応するかのように、剣先から生まれた光の渦は大きくなり、ざぁっと心地よい波音を立てるまでになった。
その光の渦に、俺も環も土蜘蛛も光に呑まれていく。全てが純白。これが神の力。
光の音は心の奥へと響いてゆく。
片手で強く環の体を抱きしめる。
視界が一分の隙もなく純白に染め上げられると、俺の意識も真っ白な光に呑まれていった──。
114
駄作
#三角関係