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「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ。……うーん、やっぱ格好つかないかな。」
息を呑んだ。180を優に超えているであろう長身に、黒く美しい装束。
彼に流れる霊力も、その蜂蜜のような瞳も、全てが私のものだなんて信じられなかった。
燭台切は、みんなの前でも光忠って呼んでって言うけど、お兄さんたちも下の名前、光忠なんだから誰を呼んだか分かんなくなっちゃうよって毎回却下してたっけ。
その度に貴方は、「そういえば君は兄さんたちのこと知ってたね」って楽しそうにわらってた。
近侍に任命したときもそうだった。
彼が来るまではお母さんの所から連れてきた子に頼んでいたけれど、
彼が出陣に力を入れたいっていうから、燭台切にお願いしたんだったっけ。
その時も、大きな身体に見合わない幼気な笑顔をこちらに向けて嬉しそうな声色で「やってみせるさ」なんていうから、可愛くて私までわらっちゃったんだ。
そう、あれは今日の夕飯の時。
――卵焼き、甘い。
甘かった。不自然に、口に入れた瞬間の卵のやさしい香りがほんのりするはずのそれが、むせるほどの甘さと置き換わっていた。
あれが罠だったのだろう。今ならわかる。
深夜3時15分。鳴り響くサイレンと、激しい痛みで目が覚めた。
襲撃だ。大将に毒を盛ってから弱った所をねらうって見込みか。
敵ながら用意周到で、いい性格している。
さて、本丸を襲撃をされた所で我々審神者にできることは限られている。
うちの本丸は私闘を真剣で行うことを禁止してなかったので、抜刀許可を出したりといった手続きも無し。
陣形の指示も普段から任せっきりだったので、それもわざわざ指示する必要はないだろう。
この襲撃が記録として残るように本部に連絡してしまえば終わりだ。
あとは普段の戦と同じく、体育座りで隊長の戦果報告を待つだけ。
ぐらりぐらり揺れる視界とどくどく波打つ心臓がうるさい。
吐き気と、頭痛。
手のひらを眺める、ぐー、ぱー、できないことはないが明らかに動きが鈍くなっている。
これは昔に勉強させられた毒の症状と一致していて、
もっとちゃんと話聞いておけばよかったな。後悔先立たずってこういうことだろう。
症状が出てしまっては解毒剤も対して効かないだろうし、ていうかこの毒って解毒できるやつだっけ?
とにかく、見習いのときに母から聞いたぼんやりした薬学知識ではこれが手遅れということしか分からない。
これから死ぬというのにやけに流長だし、落ち着いてるなと私も思う。
本丸を持ってから二年、家に恥じぬ戦績を残せていたと思う。
それはつまり、沢山の物を切り捨ててきたということだ。他ならぬ私が。
審神者見習い向けの教本には、
「刀剣男士はただの兵器ではない。意思を持ち、会話し、判断し得る存在である。
しかし彼らは審神者の命令体系の下にあり、従属者として行動する。
その行動によって発生した一切の戦果および犠牲は、審神者の名のもとに記録される。」
なんて一節がいちばんはじめの方に書いている。
つまり、彼らの殺しは審神者である私達の罪となる、ってことらしい。
そうだ。私がこんなに落ち着いているのは行き先が決まりきっているからなのかもしれない。
こんな事いったら彼は怒るだろうか。それとも、笑うだろうか。
「――燭台切」
その声は私が思うよりずっと弱々しく、心臓がバクバクと音を立てるのが部屋に虚しく響くばかりで、肝心の彼はいつもみたいに「光忠って呼んでね?」なんて言いに来ることも無かった。