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第一章 屋上で…… 前編
朝の教室。私、柊 ナナの隣の席には高嶺の花、瑠夏ちゃんがいる。
瑠夏ちゃんが私の隣の席に座った瞬間、空気が少しだけ柔らかくなった気がした。
「瑠夏ちゃん、おはよう!」
瑠夏ちゃんは鞄を机に置いたまま、窓の外を見ていた視線をゆっくりと私に移した。
「……おはよう。」
いつもの瑠夏ちゃんらしい素っ気なさだったが教科書を取り出す指先がほんの一瞬止まっていた。
周囲の生徒たちがちらちらとこちらを見ていた。
高嶺の花の瑠夏ちゃんが朝の光を受けて煌めく姿はそれだけで絵になる。
男子生徒の何人かが小声で囁き合っていた。
「……今日、一限から数学だけど。予習やった?」
「あ!やってないよぉ…。」
瑠夏ちゃんはため息をつきつつも机の引き出しからプリントを一枚抜いて私の机に置いた。
「……私の写していいよ。字、汚くないし。」
その仕草があまりにも自然で、まるで毎朝こうしているみたいだった。
実際には私と瑠夏ちゃんがこうやって話すようになったのは最近のことだ。
きっかけは些細なこと。落とした消しゴムを拾ってもらった、ただそれだけ。
「……次からは自分でやりなよ。」
「うん、ありがとう瑠夏ちゃん!大好き。」
「……大げさ。」
一瞬、まばたきが増えた。それだけ。表情はほとんど変わらない。
だが耳の先端がうっすらと赤かった。
瑠夏ちゃんは何事もなかったように黒板の方を向いて
「……ほら、先生来るよ。さっさと写しな。」
チャイムまであと三分。廊下からはぞろぞろと生徒が流れ込んでくる。
その中の一人
——サッカー部のエースで女子人気の高い男子、柊 類が教室に入ってきた瞬間、数人の女子が黄色い声を上げた。
類はまっすぐ瑠夏ちゃんのところに歩いてくる。
「天宮さん、おはよ!今日の放課後、ちょっと話したいことあるんだけど……いい?」
——またか。クラス中の空気にかすかな緊張が走った。私は知っている。
これが何度目の「話」なのかを。
「ダメ!今日の放課後は私が瑠夏ちゃんと遊ぶ約束してたから。」
噓だ。本当はそんな約束一ミリもしていない。
教室が一瞬シンとなった。類の笑顔が凍りつき、瑠夏ちゃんも目を見開いて私を見つめている。
「……は?そんな約束――」
「は?姉貴は関係ないだろ。俺は天宮さんに……」
類が食い下がろうとした瞬間、担任がガラッとドアを開けて入ってきた。
絶妙なタイミングだった。
「はい、席につけ。出席とるぞ。」
類は舌打ちを噛み殺しながら自分の席へ戻っていった。その背中がやけに悔しそうだったのは言うまでもない。
瑠夏ちゃんは私をじっと見つめたまま、何か言いたげに唇を動かしたが、結局何も言わずに前を向いた。
瑠夏ちゃんはノートの端に小さな字で
―――『放課後の件、あとで話がある』
と書いた。
『いいよ(^^♪』
授業が始まった。数学の教師がチョークを走らせ、黒板に二次関数のグラフが描かれていく。
教科書のページをめくる音、シャーペンのカチカチという音。
平穏な午前中が過ぎていった。
——そして昼休み。
瑠夏ちゃんは弁当箱を持って立ち上がり、屋上への階段を指さした。
「……行くよ。」
二人で屋上に出ると、五月の風が心地よく吹き抜けた。
他に人はいない。
フェンス際の日陰に腰を下ろした瑠夏ちゃんは、卵焼きを箸でつまんだまま動きを止めた。
「……さっきの、なに。」
声は静かだったが、どこか探るような響きがあった。
「……約束なんてしてないでしょ。なんであんなこと言ったの。」
瑠夏ちゃんは箸を弁当に戻して、横目で私を見つめた。
「……私を助けたつもり?」
「んー…瑠夏ちゃんが困ってたから、かな?」
「困ってない。……いつものことだし。」
嘘だ。最近の瑠夏ちゃんは明らかに疲弊していた。
毎日のように繰り返される告白、好奇の視線、勝手に持ち上げられる「高嶺の花」というレッテル。
それを「いつものこと」で片付けるには、瑠夏ちゃんの横顔は少し冷たすぎた。
「……ナナってさ、変だよね。」
言葉だけ聞けば悪口だ。でも瑠夏ちゃんの声にはとげがなくて、むしろ不思議なものを見るような色が混じっていた。
瑠夏ちゃんに好き好き言ってくる人間は珍しくない。でも私のそれは、他の誰とも違って見えたらしい。
「他の子はさ、下心が透けてるの。顔がいいから、とか、スタイルがいいから、とか。……でもナナはそういうんじゃないの?なんで?」
「下心?私は確かに瑠夏ちゃんのことは好きだけど…?」
「ほら、やっぱり好きなんじゃん。」
からかうような声。けれど嫌がっている様子はなかった。
瑠夏ちゃんは風で乱れたスカートの裾を直しながら空を見上げる。
「……ナナは正直だね。好きって言葉、簡単に言えるの、ちょっと羨ましい。」
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