テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その日は酷い雨だった。
僕が営むボロい店の屋根を、大粒の雨が滝の様に叩きつけている音に耳を傾けながら、隣人から修理を依頼された小さな魔道具にバネを取り付け、ネジをはめる。
その時だった。
ヒュルルル、と何かが降下してくる音に連れ、ガシャーンという耳をつんざくような硬質な衝撃音が僕の店を揺らした。かれこれ築80年。爺さんの代から続くジャンク屋、カラスの止まり木が悲鳴を上げ、机の上のネジたちが一斉に宙に舞った。
店内に満ちているオイルと埃の匂い。そこに、あまりにも場違いな焦げた匂いが入り込んできた。
「っ! 何が起きたんだ? 空から何か…降ってきたのか?」
僕は持っていた精密ドライバーと、地面に落ちたネジを机に置いて、裏口から庭に出て行った。
庭に出ると、そこには数時間前までなかった巨大なクレーターがぽっかりと開いていた。
煙が立ち込めるクレーターの真ん中。そこには、侵入者というにはありえないほど可憐で、それでいて決定的に人間ではない何かが寝そべっていた。
月明かりのように淡く輝く白磁のような肌。
背中からは、複雑な歯車が嚙み合ってできた奇跡のごとき真鍮製の美しい翼が無残にも真っ二つに折れた状態で生えていた。
そして何より僕の目を奪ったのは、彼女の胸元だ。服が裂けた隙間から見えるそこには心臓の代わりに、眩く輝く巨大な蒼白の水晶がぴたりとはめ込まれていた。
水晶――核の奥では、星雲のような光の渦が、まるで呼吸しているかのようにぴかぴかと明滅している。
「あ………う。…ぅ」
その物体…いや、少女がゆっくりと顔を上げた。
彼女の瞳は、人間の物とはまるで構造が違っていた。
カメラのレンズのような幾重にも重なる多層構造のガラス球で僕の姿を捉えると、カチカチと小さな絞り音が鳴り響く、おそらく、ピントを合わせているのだ。
「個体名……未確認。バイタル、低下。………動力源の、供給を、要請します」
少女はそう言うと、力尽きたように全身を弛緩させた。
胸の水晶が不安げに明滅し、その光がみるみる弱まっていく。
「お、おい……!」
呼びかける間もなく、少女の体が傾いた。
僕は慌てて駆け寄り、その体を咄嗟に支えた。
彼女の体は、驚くほど冷たい。…いや、それだけじゃない。酷く重い。
その重みと感触は、彼女の体が肉ではなく、重厚で無機質な未知の鉱物で構成されていることを物語っていた。
見ただけで分かる。
この少女は人間じゃない。
そして僕の知っているどんな機械でもない。
それに、一目見れば誰にだって分かる。明らかに壊れている。
けれど、彼女の体に使われている鉱物は、幼い頃から鉱石や金属を触ってきた僕ですら見たことがなかった。
おそらく、彼女を修理できる人間など、この世界には存在しない。
もし、彼女を王立研究院へ連れて行けばどうなるだろう。
解体されるかもしれない。
あるいは、もっと酷い目に遭うかもしれない。
だからといって、僕に何ができるわけでもない。
──それなのに。僕はなぜか、彼女の肩を必死に抱き上げていた。
すると、彼女の胸から伝わる規則正しい振動が僕の腕に流れ込んできた。
それは鼓動というよりも、さながら精密時計の刻む微細かつ繊細な旋律のようだった。
壊れている。けれど、まだ止まってはいない。
その事実だけで十分だった。
僕は彼女を引きずるようにして店内に運び込むと、自分のベッドに彼女を寝かせた。
その後も何度か胸の水晶の明滅を確認したが、止まる気配はない。
気づけば外は白み始めていた。
翌朝、僕が開店準備をしていると、カウンターの奥から、ガリッ、ボリボリというおよそ不穏な音が聞こえてきた。
硬い何かをすり潰しているような、僕にとってひどく不快な音に、頬を冷や汗が伝う。
「…おい。まさかとは思うが…」
93
421
31
#いろいろ
里芋
16
僕が恐る恐るカウンターの裏を覗き込むと、そこには昨日拾った少女が、僕が三日三晩徹夜して修理していた旧型の魔導銃を、まるでトーストでも食べるみたいに頬張る姿があった。
「あ……。おはよう、ございます。マスター」
彼女は口の端に、弾倉に装填していた弾丸の欠片と思しきものをくっつけながら、無表情に、けれど、どこか申し訳なさそうに頭を下げながら言った。
多層構造の瞳がぐるぐると回転し、僕の顔を隅々までスキャンする。その視線に、僕は自分のプライベートに無断で踏み込まれていることを感じ、妙な気恥ずかしさを覚えた。
「…おはよう。なあ。切実なお願いなんだが、その魔導銃、今すぐにでも吐き出してくれ。それ一つで、何食分の価値があると思ってる」
「不可、です。マスター。すでに胃…いえ、変換路にてエネルギーに変換されてしまいましたので。……大変、美味でした」
彼女がコクンと喉を鳴らした。
どうやら彼女の主食は、パンや米などではなく、魔力を含んだ金属らしい。
僕は思わず膝から崩れ落ちかけた。だがなんとか立ち上がり、彼女の様子を観察した。
そして、言葉を失った。
彼女が魔導銃を一口食べるたびに、胸の水晶の輝きが一層増し、昨夜見たときはボロボロだった肌の擦り傷が、まるで霧が晴れるかのように消えていくのだ。
自己修復機能。しかも、現代の魔道技術をはるかに凌ぐレベルの高度なものだ。
「…なあ。名前を教えてくれないか? 昨日は名乗る余裕もなさそうだったしな」
なんとか立ち直って聞くと、彼女は自分の胸の水晶を、節くれだった機械の手でそっと指さしながら言った。
「形式番号:ARーKADIAARーKADIA。ですが、この名称は長くて実用的ではありません。ルカと呼称することを推奨します」
「ルカ、ね。……僕はレン。見ての通り、この街の片隅でガラクタを修理して食い繋いでる、ただの修理屋だ」
ルカは僕の言葉を聞くと、首をカクンと傾けた。その動作に合わせて、背中の壊れた真鍮の翼が、キィと悲しい音を立ててパシィッと小さい火花を散らした。
彼女はそのまま、僕の作業机の上にある汚れた工具箱を不思議そうな顔で見つめると、再び僕に向き直って言った。
「…疑問を、述べてもいいですか? レン」
「あ、ああ。別にいいけど、なんだ?」
「レン。どうしてあなたは、私を解体しようとしないのですか?」
そんな質問に、腰を抜かしかけた。
ルカの言っていることはすなわち、どうして自分を殺さないのかと問っているのとまったくの同義だからだ。
「私の体を構成する物質の40%は、現在の人類には精錬不可能な未知の合金です。私の体を解体、もしくは売却を行えば一生遊んで暮らせるだけの金貨になるはずです。それなのに、なぜあなたは私に手を出そうとしないのですか?」
なるほど。確かに至極まっとうな疑問である。
そこには恐怖も期待もなく、ただ効率的ではない判断を下している僕への計算ミスを指摘するような響きだけが存在していた。
ただただ静かにこちらを見つめながら返答を待っているルカに僕は言った。
「解体してほしいんなら、お生憎様。僕は修理屋だ。解体は好きじゃない。それにな」
僕は腰を下ろして、ベッドに座っていた彼女のひび割れた真鍮の翼にそっと指先を触れた。瞬間的に、彼女の方が跳ねる。
金属特有の冷たさが僕の指先を焦がす。けれどもその奥からは、彼女のコアが発する熱がじんわりと伝わってくる。
「その翼。元通りとはいかないだろうけど、直せそうだからな。言っちゃえば、職人の意地だよ。……ただ、食った機械の代金は働いて返してもらうぞ。いいな?」
ルカはしばらくの間、僕をじっと見つめて動かなかった。
多層レンズの奥で、光の粒が忙しなく点滅する。彼女の中の膨大なデータの中で、処理が行われているのだろう。
やがて、彼女の胸の水晶が先ほどよりも少しだけ深い、温かみのある青色に染まった。
「………了解しました。レン。私は高性能です。掃除、洗濯、荷運び……貴方の睡眠時の心拍数と呼吸の監視まで完璧に遂行してみせます」
「最後のだけはやめてくれ。怖いから」
ルカは、怖いという単語に反応したのか、少しだけ動きを止めてから、「失礼しました。レン。訂正します」と付け加えてから僕の手を取って、ルカが言った。
「24時間365日。誠心誠意貴方に尽くさせていただきます」
「やめろ。もっと酷くなってるから」
その瞬間、がーん。と言いたげな軽い衝撃が、僕の手を握るルカから響いてきた。
指先は硬く、関節が曲がるたびに小さくカチ、という音がする。けれど、その握る力は壊れやすいガラス細工を扱うかの如く、とても優しかった。
窓の外では、昨夜までの嵐が嘘のように晴れ渡り、轟音とともに魔導機関車が煙を吐いて走るいつもの灰色の空と街が広がっている。
人外のルカと、ただの修理屋の僕。
噛み合わないはずの僕たちの歯車が、音を立ててゆっくりと廻り始めた。
「……ところでレン。お腹が、空きました」
「…は、さっき銃丸ごと食ったばっかだろ? あれで足りなかったのか?」
「あれは前菜です。メインディッシュには、もう少し高密度の……例えば、あそこにある超硬合金のスパナを要求します」
「あれは僕の商売道具だ! 絶対に食べるな! いくらはたいて買ったと思ってる!」
…訂正しよう。僕たちの新しい日常は、どうやら前途多難らしい。
コメント
1件
うわああ新連載キターー!!😭💕 雨の夜に空から降ってきた機械少女×修理屋の出会い、もうこの設定だけで胸熱すぎる…!! 「なんで解体しないの?」ってルカが首かしげながら問うシーン、こっちまでドキドキしたよ…。んでレンが「直せそうだから」って職人魂で答えるのが渋くて男前すぎる…!! でも最後にスパナ食べようとして怒られるの草w これからの2人の歯車生活が楽しみすぎるよー!!🔥