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#人外
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翌朝、僕を揺り起こしたのは、規則正しい金属音だった。
時計の秒針のような、カチ、カチという規則正しい、どこか落ち着く音。
目を開けると、鼻先数センチのところにルカの多層レンズの瞳があった。
彼女は僕の顔を覗き込みながら、瞳の中の絞り羽を忙しなく動かしてピントを合わせている。
「……おはようございます。レン。現在時刻は午前6時32分。あなたの心拍数および血圧は、覚醒に伴う正常な上昇を示しています」
「…昨日。寝ている間何もするなって言ったはずなんだが?」
「………そうでしたか?」
「視線を逸らすな。こっち向け」
「いえ、視線回避行動ではありません。窓の外の鳥類を観察していただけです」
そこまで言い終えると、僕はベッドから身を起こす。
僕がベッドから降りると、何かを思い出したようにルカが口を開いた。
「…そういえば」
「? どうした?」
「レンの住居は効率的です」
「なんだって? 効率的?」
僕は思わず聞き返した。ここが効率的だなんて今まで一言たりとも言われたことはなかったからだ。そもそも、こんなおんぼろの小屋に立ち寄ってくれる人なんて、そう多くないから、小屋について評価されたことすらなかった。
「はい。空気中の魔力濃度の平均値が小屋の外より高いです」
「……そうか?」
「特にあちらの棚の周辺は快適です」
そう言ってルカは、錆びた機械の部品や、折れたネジやボルトが所狭しと放棄されていたスペースを指さした。
やはり、ルカは魔力を帯びた金属に何かしら反応しているらしい。
ルカはそこまで言うと、すっくとベッドの縁から立ち上がった。
彼女の動きには、予備動作というものがない。関節が駆動音を立て、最短距離で目的の動作へと移行する。
そのあまりに効率的で、生命感欠けた動きを見るたび、僕は彼女がこの世界の理から外れた存在であることを突き付けられる。
「それよりルカ。やっぱ、その恰好はどうにかしないとな」
僕は顔だけ振り返ってルカにそう指摘をした。
彼女が着ているのは、墜落の衝撃であちこちが裂けた出所不明のドレスだった。
背中からは折れた真鍮の翼が覗いているし、肩口からは人間のものとは思えない関節機構が丸見えだ。
極めつけは胸元だった。
裂けた布の隙間から、心臓の代わりに埋め込まれた蒼白の水晶が隠しようもなく露出している。
こんな姿で街を歩けば、五分もしないうちに騒ぎになるだろう。
下手をすれば通報されて、王立研究院に連れて行かれる。
これではまるで、「私は貴重な遺物です。どうぞ捕まえてください」と看板を掲げて歩いているようなものだった。
「いいか? ルカ。父さんの話の受け売りだが、この街は欲深いやつらでいっぱいだ。お前みたいな出所の分からない高価な機械が見つかれば、すぐに解体屋か王立研究院行きだ」
「解体…。それはダメです」
ルカは即答した。
「私の体は、レンに直してもらう約束なので」
胸の水晶が、まるでその言葉を肯定するように赤く明滅した。
ルカの言葉に僕は頷き、子供に諭すように言った。
「なら、僕の言うことを聞け。これから街に行く。お前の翼を隠す服と、……お前の飯を仕入れるためにな」
僕はルカに、倉庫にあった一番大きな古びた外套を着せた。
厚手の生地で翼の突起を強引に隠し、フードを深く被せる。彼女の肌は陶器のように滑らかだが、幸いなことに遠目からは色白の少女にしか見えなかった。
そして問題は、彼女が歩くたびに鳴る関節の駆動音だった。
カチ。
キィ。
カチ。
…これで街に出れば、誰もが振り返る。
「なあルカ。もっと静かに歩けないのか?」
「了解。静音歩行モードに移行します」
その言葉と同時に、ルカがなんらかの内部処理を行ったらしい。途端に先ほどまでの歯車の様な音は消えた。
代わりに、彼女の体内からウィィィィンという、細かなモーターの回転音が漏れ聞こえるようになった。
「すみません。レン。墜落の際に、静音歩行機能に異常が生じたようです。完全に足音を消しきれませんでした。これでもよろしいですか?」
幸い、あまり大きな音ではない。
ではないのだが…。
「……」
「レン?」
「なんで静音歩行モードの方が機械っぽい音するんだよ」
それだけは、どうしても聞かずにはいられなかった。
それから僕たちは街の中央市場へ向かった。
魔導機関車が吐き出す煤煙で空がどんよりと曇り、石畳の道にはオイルの混じった水たまりができている。ルカはその水たまりを避ける際、重力を無視したような完璧なバランスで跳ね、着地した。
「おい。なんだ今の」
「反重力機能です。まだ生きているか、ちょうどいい機会にテストをしたかったので」
「違う。その動きが怪しいって僕は言ってるんだ…!」
「そうでしたか?」
「そうだよ」
それからルカは鼻をひくつかせた。
何かと思いルカの視線をたどってみると、そこには錆びたネジなどの廃材が積まれた空き地があった。
ルカが僕の後ろから外れてそちらに向かって歩き出す。
「あっ、こら。ルカ!」
僕の制止も聞かず、ルカは吸い寄せられるように廃材の山に歩み寄った。
彼女は落ちていた錆びた大きなボルトを拾い上げると、まるでお菓子を吟味するように光にかざしてから、ぽい。と口に放り込んだ。がり、がり。と金属の砕ける音がたちまち響きだす。
「………鉄分88%、炭素1.2%、不純物…許容範囲内。保存状態は不良ですが、熟成されていると言えなくも―」
「食レポしなくていいから! 早く戻るぞ!」
僕は慌てて彼女の腕を引く。その腕はやはり驚くほど硬く、そして僕の体温を奪うように冷たい。
だが、ルカは抵抗せずに僕に従った。それどころか、僕が掴んだ自分の腕をじっと見つめ、また胸の水晶を淡い青色に変えている。
「レンの手は非常に高温です。……故障ですか? それとも重大な病気ですか? でしたら」
「……これが人間の体温だよ。ルカ」
「そうでしたか」
ルカは、少しだけ僕の手を見つめてから言った。
「興味深いです」
結局、馴染みの古着屋でルカの体をすっぽり包む厚手のポンチョを買い、僕はなけなしの金で魔力伝導率の高いジャンクパーツをいくつか買い占めた。ルカにとっては、これが一週間分の食料になるはずだ。
帰り道、僕たちは運河沿いのベンチで少しだけ休むことにした。
僕は露店で買った安物のサンドイッチを頬張り、ルカにはおやつとしてさっき買った魔力入りの黒鉛の歯車を差し出す。
「ほら、食え。人前では絶対に出すなよ」
「感謝します。マスター」
ルカは受け取った歯車を口元に運ぶと、小さな口を大きく開けた。
ばりっ、ボリボリ。
少女の見た目からは想像もつかない硬質な破砕音が響く。瞬間的に、羽を休めていた鳩達が一斉に飛び立った。
おそらく彼女の歯は、ダイヤモンドかアダマンタイトなのだろう。
「……うまいか?」
「はい。この歯車には、微量ながら使い古された油の風味が残っています。それが深いコクを生み出し、私の動力源に心地よい刺激を与えています」
「………お前の味覚。一度分解して調べてみたいよ」
ルカは満足げに歯車を飲み込むと、ふと顔を上げて空を見上げた。
レンズの瞳が、雲の切れ目から覗くわずかな星を捉える。
「………レン。私は、あそこから落ちてきました。私の記憶回路の一部は破損しており、自分が何のために造られたのか、なぜあんな高高度から落とされたのかが、全くもって不明です」
ルカの言葉に、僕は食べる手を止めた。
確かに、彼女は人外だ。兵器かもしれないし、どこかの文明の遺産かもしれない。それに存在がバレてしまえば、僕だって国に連れていかれる可能性がある。
彼女を修理し、一緒にいること。それがどれだけ危険な意味を持っているか、わからないほど僕は馬鹿ではない。
「…理由を思い出すのは、追い追いでいいさ。お前が何であったとしても、今は僕の店の居候だ。食った分の仕事はしてもらうからな」
ルカはゆっくりと僕の方を向いた。その表情に一遍の変化もなかったが、胸のコアだけが少しだけ赤く光った。
「了解しました、レン。私はあなたの居候として、最善を尽くします。………それでは、先ほどから私たちを後方30メートル地点にある建物の陰から監視している三人の人物の排除から始めます」
ルカの言葉に、冷たいものが背筋を伝うのが分かった。
肩越しに振り返ってみると、ルカの言う通り三人の人間(男だった)が値踏みするような目でこちらを見ている。
だが、それよりも僕は目の前にいる機械の方がよっぽど怖く感じる。
「……おいルカ。排除って具体的にどうするんだ?」
「簡易的な衝撃波による気絶、あるいは…そうですね。四肢関節を物理的に反転させることで、無力化します」
「いい手段だな。…なんて言うと思ったかよ。物騒なこと言ってないで逃げるぞ!」
「なぜですか、レン。理解できません。敵性個体はたった三名。勝率は98.7%です」
「勝率の問題じゃない!」
僕は言い終わるや否やルカの手をつかんで、石畳を駆けだした。サンドイッチが地面に落ちていくのが見えるが、気にしない。少し懐が痛むだけだ。
カチカチと、ルカの体内で戦闘モードへの移行音が鳴り響く。
噛み合ったばかりの僕らの歯車は、平和な日常を過ごす暇もなく激しく火花を散らし始めた。
コメント
1件
読み終えたわ!いやもう、ルカのキャラがめちゃくちゃ良いな。金属食って「熟成されてる」とか言っちゃう機械少女とか渋すぎるだろ。静音歩行モードで逆に機械音が鳴るの頭おかしくて笑った。レンとの温度差も絶妙で、最後の「排除」発言からの逃走劇もテンポ良かった。この世界観、続きが気になりすぎる~🔥