テラーノベル
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はやちゃんが恋を自覚してから、数週間。
……もちろん、そんなことを、このときの俺は知るはずもなかった。
知っていたのは、最近、はやちゃんが少しだけ変だということ。
ただ、それだけだった。
⸻
最初に気付いたのは、名前だった。
少し前まで、当たり前みたいに聞こえていた声。
「柔太朗」
「柔、これ」
「柔太朗、行くよ」
何気ない呼び声。
ライブ中も、楽屋でも、移動中も。
一日に何度も聞いていたその声が、いつの間にか少しだけ減っていた。
代わりに増えたのは、
「あのさ」
「これ」
「ちょっと」
名前のない呼びかけだった。
最初は、忙しいからかな、と思った。
ドラマの撮影が続いていたし、寝不足なんだろうな、という顔をした日も多かった。
だから、疲れているだけなんだろう、と。
それ以上、深く考えることはなかった。
けれど、
ライブリハーサルの日。
あの日だけは違った。
暗転したステージ。
白い作業灯が落とされて、視界が黒く染まる。
その暗闇を切り裂くように、
「……柔太朗!」
名前を呼ばれた。
迷いなんて一つもない声だった。
振り返って目をこらすと、焦った顔のはやちゃんがいて。
次の瞬間、体のすぐ横を平台を運ぶスタッフが横切る。
「気付かなかった、ありがとう」
と、その一言で全部終わった。
危なかったね、と笑って、仕事が再開して。
その日も、何事もなく終わった。
……終わったはずだった。
それからまた、少しずつ。
「柔、こっち」
「柔太朗、スタッフさん呼んでる」
「柔太朗、それ忘れてる」
何事もなかったみたいに、前と同じように。
俺の名前を呼ぶ声が戻ってきた。
だから、あの日感じた小さな違和感も
気のせいだったんだと、そう思うことにした。
⸻
「柔太朗、」
楽屋の奥から声が飛ぶ。
見ると、ヘアセットしてもらっている最中の勇斗と鏡越しに視線が合う。
「ん?」
「悪いんだけど、そこのペットボトル取って」
「はいはい」
投げると、はやちゃんは片手で受け取って、さんきゅ、といつもの笑顔で笑った。
その顔を見て、
あ、戻った。と、何となく思う。
何が戻ったのかは、自分でもよく分からない。
でも、最近ずっと、少しだけ変だった空気が、また元に戻ったような気がした。
眠りひめ
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「どした?」
視線に気付いたはやちゃんが笑う。
「あ、ごめん」
「俺、何か付いてる?」
「いや、何でもない」
首を振ってそう言うと、そ?と笑って、ペットボトルの蓋を開ける。
その横顔を見ながら思う。
やっぱり、はやちゃんは、はやちゃんだ。
よく笑って。
よく気が付いて。
誰かが困っていると、自分のことみたいに動いてしまう。
スタッフさんが重そうな荷物を運んでいたときも、気付いたら一番最初に駆け寄っている。
リハ終わりに後輩が一人で残っていたら、当たり前みたいに隣へ座っていた。
誰かが元気ない日は、「大丈夫?」なんて大げさには聞かないくせに、気付けば隣で笑わせている。
そういうところを、すごいなあ、と昔から思っていた。
グループのことを話すはやちゃんは、誰より楽しそうで。
その笑顔を見るたび、この人は本当にこの場所が好きなんだな、と思う。
だから。
最近少しだけ変だったのも、
きっと忙しかっただけ。
…そう思っていた。
コメント
1件
**はる。:** あーもう、じわじわくるやつだ…! 柔太朗が「はやちゃんははやちゃん」で片付けちゃうの、まさに鈍感主人公のそれでしょ。でも呼び方の変化とか、暗転の中での「柔太朗!」って叫びに焦りが混じってたの、完全に恋の自覚した後のバレバレ行動じゃん…! それに気づかず「戻った」って思ってる柔太朗の平和ボケがもうね、じれったいしかわいい。続き、絶対に気づく展開にしてほしい…🔥