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俺の彼女

1 - 第一部 乙女篤子/#01-01.そんな馬鹿な

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2024年10月30日

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「実はおれ、彼女出来たんだ」


突然の夫の告白に、眼前が白く染まる。――人間、本当に驚くと本当に声も出せないんだなと、このときのわたしは悟った。夫のお気に入りの高級ソファーに腹を下にして寝そべり、マッサージを受けていたはずのわたしは、夫を振り仰ぐと目で退くよう促し、ソファーから飛び降りる。


「色々とおかしいんだけど、……先ず」わたしは夫をきつく見据え、「彼女ってなに。誰。てか久々にマッサージするのとか、それカミングアウトするための餌……だったわけ? 信っじらんない!」


立ったままの夫は、「質問は一度にひとつにしてくれないか?」


はあ、とわたしはため息を吐いた。元々クレイジーなところのあるひとだと思ってはいたが、ここまでとは……。めでたく結婚生活が十年を超えた頃に、このカミングアウトですか。はいはい。ひとまずわたしはソファーに座り、……てかこのソファー本当座り心地いいな。革張りで給与三か月分を叩いただけのことはある。


「不倫がご法度とされるこのご時世において、不倫をしようと思った経緯について……お聞かせ願えれば」


すると夫は顔を歪め、


「原因はおまえが一番よく分かっているだろう」


――おお。刺さるね。確かに。娘の円《まどか》が生まれて一年後に、わたしたちは『レス』になった。というか、最後に夫に誘われてそんで、いやいややってやって、それで終わり。以降、わたしは夫に背を向け続け、触るなオーラをぷんぷんに漂わせるようになった。うちにはテレビが二台あって、わたしはわたし用のテレビを見、背中合わせで夫が夫のテレビを見る。食事はダイニングで一緒にとるが。会話をするのはそのときくらい。仮面夫婦とまで言うと大げさだが、ひとまず、わたしたちは、子どもを通じてしか会話の成り立たない夫婦へと一歩前進した。


「つまり、……性欲処理の相手が欲しい。だから、彼女を作った、と……」


「いや。それだけじゃない。精神的な拠り所なんだ、彼女は……」夫は、自身が熱心に手入れをするソファーに座ろうとはしない。まるでなにかを乞うているかのようだ。「家庭内で解消出来ない鬱憤を、彼女が出来ることで晴らせるのなら、お互いそのほうが、精神衛生上いいだろう?」


――いや。浮気を告白されるほうがよっぽど精神的に毒ですけど?


と言わず、わたしは質問を選ぶ。「……相手の子、いくつ?」


「二十八」


「……十歳近く離れてんじゃん」とわたしは笑った。そうでもしないと正気を保っていられないと思ったからだ。「ジェネレーションギャップ絶対あるでしょ。話、噛み合ってんの?」


夫はこの質問には答えなかった。「おれとしては……そうだな。きみのことも、円のことも、いままで通り、大切にしつつ、彼女との付き合いも……続けていきたいと思っている」


「……いつから?」


「一ヶ月前くらいに。寝た」


わたしは立ち上がり、夫の頬を引っぱたいた。そして――黙って洗面所に向かい、歯磨きをすると、娘の寝室に入り、布団に入った。


暗い天井を見つめ、ひとり、考える。――神様仏様。どうしてわたしをこんな目に遭わせるのですか。いったいわたしがなにをしたというのでしょう。――レス。不干渉。夫を構えない……そんなの、世の誰しもが経験するステージのひとつでしょう? 日本は世界一レス夫婦の多い国なんですよー。

許す? 別れる? ――実家に帰る? いやいや。この暮らしを手放すなんて考えられない。わたしも夫もそこそこ収入はあるし、ここ、花見町《はなみちょう》での分譲マンションでの暮らしを気に入っている。デパートもアーケードの商店街もあるし。便利でそこそこ庶民的、ある程度セレブ向けの暮らしも提供してくれているし……。


となると、――黙認? ははっと笑えた。隣で娘が寝ているのでわたしは口を手で押さえる。――いったい。


なにがどうなってこうなってしまったのだろう。どう間違えて、こんなことに――。


悲しいのに、涙すら出なかった。夫との関係はとっくに――冷めている。そのことに、気づかないふりを続けていた。そう、娘がいるときは会話をするから――娘のことで会話をするから、それでいいのだと、思い込んでいた。でも――わたしはきっと、間違っていたんだ。

わたしは布団を抜け出て、冷たい廊下をはだしで歩き、夫の寝室へと向かった。娘が幼い頃からママと眠っており、ひとりでは眠れないので、ベッドのある娘の寝室に、シングルの布団を敷いてわたしは寝ている。一方、夫は空き部屋だった奥の部屋に夫婦用だったクイーンサイズのベッドを持ち込み、自分の部屋にしている。


ドアをノックすると返事があった。「……入るよ」


「どうぞ」


ベッドで身を起こした体勢の夫。こんな非常事態にも関わらず、彼は例のごとくラノベを読んでいた。――おいおい。妻を不幸のどん底に叩き落しておいて、読むのがラノベかよ――とわたしは絶叫したくなった。けども、わたしは笑顔を作り、


「……彼女が出来たことで、自分にゆとりが生まれるのよね……」わたしはここ最近の夫の変化を思い返していた。そういえば、前よりも円に話しかける回数が増えたように思う。「あくまで。あくまで……円を一番に思ってくれるのだったら……だったら」


わたしは夫を見据えて告げた。


「彼女でもなんでも、好きにするがいいわ」


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